冒険者というお仕事
「ふう……なんとかなったか」
魔王パルパは城内にある居室にて、安堵のため息をついていた。
一時はどうなるかと思ったが、邪竜王なる存在は案外と素直に四天王の塔を攻略してくれるらしい。
「パルちゃん。大丈夫? お顔がつかれてるよ?」
そのパルパの顔を覗き込んだのは手のひらほどの大きさの小妖精だった。
名をアニーという。
パルパとはヤンの森時代からの付き合いで、戦闘力はカケラもないが、遠い南の大地で奮闘するパルパの話し相手としてともに暮らしてきた仲だ。
「パルちゃんはさー。いっつも気を張り詰めすぎだから心配になっちゃうよ」
アニーは知っている。
パルパはとても真面目な魔族だっていうことを。だから、いまの状況はとても心配なのだ。
50年もの間、雌伏のときを過ごし、ようやく形になると思ったらこの通りである。
アニーなら不貞寝するか白旗を上げるところだけれど、真面目で優秀なパルパは決してそのような無責任なことをしないだろう。
せめて何かしてあげればと思うのだけれど。
(わたしってば無力なのよね)
パルパのベッドの横、金魚鉢よりも二回りほど大きいガラス瓶のなかがが彼女の世界だった。
せめて、
「パルちゃん、ふぁいと!」
と励ましてみるが、
「ああ。あの軍勢が壊滅するなど、大魔王様になんと申し上げればいいのだ……」
ベッドに頭を抱えてうずくまるその姿はまさに中間管理職の趣。
昨日まで「ついに念願がかなう」と上機嫌だっただけに見ていられない。
「まったくもう……」
アニーは、せめて心地よく眠れるように小妖精の特殊能力である、神秘の鱗粉『眠りの粉』をかけてあげようとし――
がぉぉぉん!
そのときだった。
けたたましい音が彼女の耳を直撃したのは。
☆★☆★
――話しは少しさかのぼる。
「いい方法……ですか?」
自信満々に言い切ったアゼルパインを前に、フルシェは嫌な予感を隠せなかった。
レアメアがぎゅっと腕を握ってきたのも同様の理由であろう。
そんなフルシェたちの気持ちを知ってか知らずか、ギヨメルゼートのほうは期待するようににやりと口元を歪める。
「ほう。アゼルよ。どうするのだ? 言っておくが、先ほど扉を壊してはダメだと言われたばかりであるぞ?」
「どこぞの蛮族でもあるまいし、扉を壊すなんてしないさ。こうするのさ! ノックノックでこんばんわー!!」
言って、アゼルパインは扉を叩き始めた。
ガインガインと、まるで金属のぶつかり合うような音が、静かだった夜の空気を一気に騒ぎ立てる。
「アゼル殿!? いったい何を!?」
すさまじい轟音に耳を塞いだフルシェが抗議混じりの声を上げると、アゼルパインはノックの手を止めた。
音に敏感な兎人のレアメアに至っては大ダメージを食らったのか、いまの数秒で地面に倒れ伏している。
だが、アゼルパインは悪びれた様子もなく、真摯な目でフルシェを見つめた。
「オレは昔、いろんな人にノックのルールについて教わりました」
「……ノックのルール?」
「ある国はノック回数3回。ある国は2回。はてさて8回なんて国もあってね。
とっても面倒だったので、当時、最高の国際儀礼を極めた人に手紙を出して聞いてみたのです」
Q.誰かのお城を訪れた際、閉ざされた城門に対して何回ノックすべきでしょうか。ローカルルールがありすぎてよくわかりません。
A.回数の決まりはありません。そのお城の主が現れたらやめるのが丁寧だと思います(笑)。
フルシェは思わず頭を振った。
たぶん、城の扉をノックするとかいうアホが現れたから適当にあしらっただけだと思う。
そもそも、閉ざされた城門とか言ってる時点で、歓迎されていないのが丸わかりである。
「というわけで出てくるまでノックし続けるのがオレのジャスティス!!
ノックしてこんばんわー! ノックしてこんばんわー!」
がいんがいーん!!
「きゅー……」
「義姉上ぇっ! 義姉上ぇっ!? ギヨ殿! やめさせてください!」
フルシェはレアメアの耳を両手でふさぎながらギヨメルゼートに直訴。
が、ギヨメルゼートは「ふっ、なかなかやりおるわい」とかっこよく笑みを浮かべた。
「どこがですか!?」
「見よ。あれほど力強く叩いているというのにあの扉、微動だにしておらぬ。あれは間合いを完全に見切っておるのだ。扉に負担をかけぬ見事な技術よ。まさに勇者にふさわしい、環境に優しいノックと言えよう」
「無駄な技術すぎる!」
「それだけではないぞ!
魔力の流れを感知してみると、魔王の居室に向かって最大限に音が届くようにもしておる!
言うだけあって、手慣れておるな。その試行回数は10や20ではきかぬと見た」
「こ、この迷惑な行為を20回以上こなしてきたと?!」
伝説にはこうある。
『勇者の来訪に際し、すべての王族は諸手を挙げて歓迎した』と。
思うに、それは降参の合図だったのではなかろうか。
「ノックしてこんばんわー! ノックしてこんばんわー!」
がいんがいん。
あまりの騒音にフルシェの気は狂いそうだ!
レアメアはとっくの昔に気絶済み。『闇の剣獣』シュラクさえも地面に跪き、頭を押さえている。
なんということだろう。このままでは勇者の手によってパーティが壊滅してしまう!
扉に優しくする前に、パーティメンバーに優しさを分けるべきではなかろうか。
(……あ、妾も気が遠くなってきた)
ここまでか、とフルシェが覚悟した瞬間だった。
『おい、貴様っ! なにをしておるかぁぁぁっ!!』
魔王である。
先ほど四天王の塔を攻略するように言ったその声は、ノックをするアゼルパインに対して怒り心頭の様子であった。
その怒りは至極まっとうであろう。なにせ現在の時刻は丑の刻。午前2時である。
『周囲を囲む塔を攻略せよ、と申しただろう!
いいか! どれだけノックしても開けてなどやらぬからな! 頼むからやめろ! アニーが死んでしまう!』
「と言っておるが?」
「甘いな、ギヨ。お前は冒険者という仕事がなんなのかぜんっぜんわかってない」
真っ当と言えば真っ当な魔王の抗議に、しかしアゼルパインはちっちっと指を振った。
ちなみの現実のノックのマナーもマナー講師が適当にでっちあげた説が濃厚だったりします。




