攻略開始
幽霊城は天然の地形を利用した、防御力の高い山城である。
何者にも汚されぬ真っ白な城壁。荘厳な装飾のされた城郭。ここまで登ってきた長い長い階段には欠けたるところもない。
およそ幽霊という言葉から連想される正反対の、美しい城郭であった。
だがしかし、その城郭からは一切の音も漏れ聞こえず、人気はない。
そのことが怪談じみた不思議な気味の悪さを醸し出している。
その城門の前。
「ここが幽霊城か」
「うむ。なかなかいい趣味をしておるな」
アゼルパインたちはレアメアとフルシェ、シュラクを引き連れてやってきていた。
「アゼル殿、お聞きしてもよいですか?」
フルシェが「はい!」と手を挙げた。
「どうして外から吹っ飛ばさないので?」
というのも、フルシェが魔道戦艦を率いてきたのはそのためなのである。
魔王なる者の居城であるという話を聞いた後は、もしや通じぬかも、と思わなくもなかったが、この2人にとっては赤子の手をひねるように容易たやすいことであろう。
その問いに答えたのはアゼルパインではなく、ギヨメルゼートのほうであった。
「これは冒険者ギルドからのクエストであろ? ならば、真正面からクリアしてやるのが道理というものである。それに――」
言ってもじもじとしながら、
「前にも言ったように、余はこのように他者にお願いされて動くのは初めてなのだ。
ふふ。世のため、人のためにクエストをこなす。なかなかこそばゆいな」
「(おい、貴様ら! 邪竜王様は本気で言っておられるのか?!)」
「(シュラクさん。あれは本気です。大真面目なときの顔です!!)」
驚愕するフルシェ以下3人をよそに、アゼルパインがギヨメルゼートの頭を撫でた。
「そんなに気負う必要はないさ。いつも通りにしてりゃいいんだよ」
「……お主にそう言われると、ものすっごい不安になるのう」
「ほら、オレってば正義の勇者様だし。さんざん依頼を受けてきたクエストのプロだぜ? 大船に乗った気でいりゃあいいさ」
「なるほど。ならばこのたびはアゼルのカッコイイところを見せてもらうとしよう。お主らもそれでよいか? 何か質問は?」
と、ギヨメルゼートが3人に話を振ってきてくれたので、今度はレアメアが「はい!」と手を挙げた。
「あの……ところで、どうしてわざわざ真夜中にくるんですか?」
時刻は丑の刻。フクロウも眠る真夜中である。
問われたアゼルパインは一瞬ぽかーんとした表情を浮かべたが、すぐにギヨメルゼートとともに「わはは」と笑いだした。
「幽霊城って言ったら夜に決まってるじゃん?」
「然り然り! 最近の若者は風情というものがわかっとらんな! 幽霊といえば夜! 太古の昔からの決まりごとというものよ!」
決まってねーよ。
レアメアとフルシェはげんなりとした。なぜこいつらはこういうところだけ無駄に仲がいいのであろうか。
さらに「他に質問は?」と問われ、「はい!」と手を挙げたのは今度は『闇の剣獣』シュラク。
「ところで、なぜ我が一緒に連れてこられているのでしょうか!?」
言われてレアメアとフルシェは手を打った。
「ハッ! そういえばなぜなのでしょう!」
「しまった! あまりにも自然にいるから忘れておった。この者は魔王の手下なのだった!」
シュラクが二人に何かを言いたそうにするが、それより先にアゼルパインはうんうんと頷きながら指をピンと伸ばした。
「いい質問だ。昔から勇者のパーティは5人かつ女性だらけのハーレムって決まっていてね」
「? ……我は一応男に分類されるのですが」
シュラクの真っ当な疑問にアゼルパインはさわやかに笑ってサムズアップ。
「異種族ならペット枠なのでOK! ぎりぎりセーフ!」
「セーフじゃないわい! 何がハーレムか! 死ねっ!」
げしぃっ。
いつものように邪竜王がアゼルパインを蹴る。
「おわぁぁぁぁぁぁ……ぁぁ……」
哀れ。勇者は階段を転げ落ちていった。
再度記述すると、ここは山城の階段を上った場所である。具体的に言うと、雲海にも近い高さ。
階段から蹴り落されたアゼルパインの悲鳴がだんだん小さくなっていくのを聞いて、シュラクが真顔で口を開く。
「フルシェ殿、さすがにあれは死んだのではないか?」
「ああ、シュラク殿。あれで死ぬようなら誰も苦労しておらぬ」
「……なんかよくわからんが、お主らも苦労してきておるのだな」
「わかってくれるか」
言って、ぎゅっと握手。
シュラクとフルシェの間に奇妙な友情が芽生えた瞬間であった。
ともあれ、アゼルパインが落ちていくのを見て、ギヨメルゼートが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん! ぼっち勇者がなんか知ったようなことを言いおって!
もうよい! お前たち、さっさと幽霊城とやらを攻略するぞ。……む。この扉、鍵がかかっておるな」
城の中へと続く扉は固く閉ざされ、押しても引いても動かぬようであった。
ならば、無理矢理打ち壊してくれる、とギヨメルゼートが力を入れようと――
『この扉を開けるにはサブクエストをクリアする必要があります』
「ひゃ! 扉が喋った!?」
「こ、この声は魔王様!」
「これは……テレパシーの魔法のようだが?」
「おい。魔族。サブクエストとは何か」
ギヨメルゼートはシュラクに尋ねたのだが、答えたのはテレパシーの声――魔王であった。
『この城の周囲にある4つの塔。
その頂上にある魔道装置を取り除くことで、この扉にかかったロックの魔法は解除されるのです』
「シュラク殿。それは真か」
「ああ、確かに緊急時には4つの塔から送られる魔力により、魔王城の入り口は硬く閉ざされるのだ。
……どうやら、4つの塔ではそれぞれ四天王と我が副官が魔力を込めておるようだ。このロックの魔法は大魔王様でも容易には破ることはできまい」
「ふーむ。なるほどそういう設定か。クエストとは存外に面倒なものなのだな。
ちなみに力づくで開けたらどうなるのだ?」
『ふっ。この『ガデル・ナ・カテナチオの秘術』が効力を発揮したならば他の方法で扉を開くことなど不可能――おい、やめろ! 扉に手を触れるな。力をこめようとするな!
そ、そうだ! クエスト失敗だ! クエスト失敗で冒険者になれなくなるぞ!』
「む。クエスト失敗か。それは困るな。しかし、4つもクリアせねばならぬとは……面倒だのう」
メキメキと歪み始めた城の扉から手を離し、扉から離れ思案にふけはじめるギヨメルゼート。
テレパシーで『ほっ』という声が聞こえたのは幻聴ではあるまい。
「ギヨ様。ここは声の言うとおり、一つずつ塔をクリアするしかないのでは?」
「だがのう。めんどいのう」
渋るギヨメルゼートではあったが、しばらく考えて「クエストならば仕方あるまい」と4つの塔を攻略しに行こうと――
「くくく。オウケィ、そういうことならオレに任せとけ。クエストのプロの実力を見せてやる」
不敵な笑い声と共に現れたのは、階段から蹴り落されて再度ここまで登ってきたアゼルパインであった。
活動報告にも記載しましたが、次回更新は11月15日予定です




