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清く正しく美しく

「生意気言ってすいませんでしたぁぁぁっ!」


 ヴルムトたちが見守るなか、艦橋、司令室で土下座をしているは『闇の剣獣』シュラクであった。


 すらっとした出で立ちの悪魔である。

 その目は生死を軽薄に扱うであろう冷酷さで彩られ、口元は生来のものであろう、ニヤニヤと慇懃無礼な雰囲気を――


「おい。貴様、へらへら笑うな」


 げしっ。


「すいません! 生まれつきなんです!」


 それはそれは、見事な土下座であった。


---- ここから回想 ------


「ふははは、このような玩具で我が魔族に歯向かおうなど、何たる蛮勇! 何たる愚劣! (なん)た」ぴちゅーん!「ふばぁっ!?」


「おい、ギヨ! せっかく四天王が登場したんだから口上くらい名乗らせてやれよな!!」


「なんかイラっとしたからつい。いやあ、すまぬすまぬ。――って、あいたぁっ!! アゼル、貴様。余の頭にゲンコツを落すとは何事か!?」


「世の中には破っちゃいけないルールってもんがあるだろうがよ!

 四天王の名乗りは邪魔しちゃいけない。これ、世の中の常識な。わかったか(アンダースタン)

 反省してないなら、今度は(けつ)丸出しにしてぺんぺんすっぞ!」


「おい! スカートをめくるな! 本気でパンツを下ろそうとするな!」


「お、ギヨって色気のないパンツ履いてるのな」


「アゼェェェルッ!!! 表に出ろぉっ! 今度こそ本気でぶち殺す!」


 ちゅどぉぉぉぉん!


---- ここまで回想 ------


 ヴルムトたちは思わず目を()した。

 何事もなかったように道を行く魔道戦艦の、その背後の草原に広がるは、魔獣たちが無残にも壊滅した光景であった。

 

 シュラクいわく、彼がひきつれていた魔獣は、かつてここにあった軍事大国を滅ぼしたような”ちんけ”な野良魔獣ではなく、魔王軍の主力として育成されてきた最精鋭の軍勢だったという。


 そんな恐ろしいことをシュラクから聞かされた帝国(・・)皇族ヴルムトとフルシェは、黙ってシュラクの肩を優しく叩いてやった。

 なんという悲劇であろう。可哀そうに。


「ええい! 人風情(ひとふぜい)が我に同情するでないわ!」


 人間と獣人から向けられる生暖かい憐憫の視線に、シュラクがわめき――わめいて顔を真っ青にした。


「ほほう? 人風情とな?」


 一応、竜人種も人の扱いなのである。


「あの、その……ギヨメルゼート様はどちらかといえば悪魔よりも悪っぽいというかなんというか――ぶべらっ!?」


「失敬な! 当世では余はものすごく我慢して、清く正しく生きておるだろうが! なあ、貴様ら!?」


「え?」


 とつぶやいたのはアゼルパインとシュラクも含めたその場にいる全員。


「え?」


 と心底びっくりした表情で問い返したのはギヨメルゼート。


 彼らの反応の意味を理解したギヨメルゼートの額にぴきぴきとに青筋が立ち始め、


「ごほん!」


 不穏な空気を吹き飛ばしたのはアゼルパインであった。

 シュラクに向かって「ハイッ!」と手を挙げる。


「そんなことはどうでもいいんだけど、オレから質問があります! 魔王について説明よろしく!」


 なんか楽しそうな名前だな。とアゼルパインは思った。

 昔むかしのおとぎ話では勇者とよく戦うやつだ。邪竜王よりも遥かに勇者の敵らしい敵である。


「はい! 魔王閣下は、大魔王様より南の大地を侵略するよう命じられた御方でございます!

 かの大魔王様配下のなかでも16将に数えられるほどの猛者であり、同時に優れた統治者としての資質を備えておられます。

 すべての配下は完璧に心服し、忠誠を誓っておると言ってもよいでしょう」


「(忠誠を誓ってる割に、めちゃくちゃ口が軽いな。この魔族)」


「(フルシェ様。そのような無茶を言ってはだめですよ! 相手の立場になって考えてあげてください)」


 こそこそと話し合う二人を他所に、質問を投げかけたアゼルパインのほうは、疑うこともなく「うんうん」とうなずいた。


「なるほど。そういう設定なのか。現代のクエストは演出が凝ってるな」


「ふーむ。だが、アゼルよ。冒険者になるための試験で『魔王を倒す』というのは少々芝居がかりすぎではないか?

 どこぞの英雄譚でもあるまいし」

 

「そこは若い感性ってやつじゃないの? あ、でもオレの時代も似たようなもんだったぞ。どこぞの魔獣の王を倒してこい、邪神を封じろとかなんとか」


 アゼルパインとギヨメルゼートの言葉を聞いてシュラクが「は?」と目を丸くする。

 そしてフルシェたちに向かってひそひそと、


「(おい、貴様ら。やつらは何を言っておるのだ?)」


「(ああ……シュラク殿。連中は幽霊城――いや、魔王城だったか――を攻略するのを、冒険者になるための試験だと思っておるのだ)」


「試験!? 試験のために我が軍勢は壊滅させられたというのか!?」


「シュラク殿。そのように激昂しないでくれたまえ。気持ちはわかる。わかるとも。そなたは何も悪くはない。わかるわかる」


 ヴルムトたちはぽんぽんと背中を撫でてやった。

 シュラクの背中にあった刃のような毛は、ギヨに毟り取られてしまっているので撫でてやることができるのだ。


 四天王最強の男はこの光景を魔王パルパへと届けているであろう使い魔に向かって地に頭をこすりつけた。


「おお、魔王様! 不甲斐ない我を許してくだされ!」


「魔王? ああ、そこの使い魔で覗いているやつだな? いえーい。魔王様、見てるー? いまから行くから待っててね!」


★☆★☆

 

 魔王城の謁見室で。


「……」

「……」


 魔王パルパたちは完全に沈黙していた。

 信じて送り出した四天王最強の軍勢が痴話ゲンカに巻き込まれて全滅した挙句、土下座する様子を送ってくるなんて……。


 しばらくの沈黙のあと、サキュバスのサリュラがぽつりとつぶやいた。

 

「あいつら、ここに乗り込んで来るつもりですが」


 パルパはハッとした。

 このようなところで敗北し、城を喪失などしたら大魔王様になんと言い訳が立とうか!


 幸い、魔王軍の主だった面々はここにいる。

 パルパはともすれば萎縮してしまいそうになる気力を奮い立たせ、マントを翻した。


 いまのわたしは『大魔王様がその実力を認め、任命してくださった魔王パルパ』なのである。

 この双肩には己のみならず、大魔王様の誇りもかかっているのである。無様な姿を晒すことなどできようか!

 

「急ぎ、結界を張れ! 何としてでもこの城を防衛するのだ!」


 魔王城が途端に騒がしくなり始めた。

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