表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/35

魔王の使徒

「面舵いっぱい! 左舷を魔獣に向けよ! 火力を集中させるのだ!」


 フルシェの指揮に、にわかに指令室が騒がしくなる。

 ある者はザベルに命令を仰ぎ、ある者はヴルムトと地図を見比べる。

 このとき、人間と獣人のあいだにあった最後のわだかまりは欠片もなく消失し、一心同体となっていた。


 地上を走る巨大な魔道戦艦が、唸りをあげて方向転換をし、魔獣たちにその牙を向ける。


「よし。火砲の準備はよいか! 

 撃って撃って撃ちまくれ! ここですべての弾薬を使い果たして構わん! 妾が許す!」


 果たして、この一斉砲撃でどれだけの数を減らすことができるか。

 被害を最小に戦うならば、少し先にある廃墟を利用した持久戦がよいか。

 フルシェの頭脳は聡明さを取り戻し、さまざまな戦術が湧いて出てくる。


 だが、


「いや、それはダメだろ」


「……なんですと(ぱーどぅん)?」


 それらの戦術はアゼルパインによってすべて水泡に帰した。


 艦橋の司令室にいる者たちすべてが表情を凍りつかせる。

 フルシェたちが顔を真っ青にして視線を集中させると、アゼルパインは照れるように指を絡ませた。


「だってほら……オレたちってばヒッチハイクしてるだけの身分だしさ。

 乗せてもらうだけならともかく、帝国に黙って火力とか勝手に使っちゃうと色々外交とか面倒そうじゃん? 常識的に考えて」


「常……識……!?」


 常識を語るやつが戦艦ジャック(ヒッチハイク)してるんじゃねえ! と思ったが、とにかくいまはそんな場合ではない。

 そんなことよりもなによりも。だって、あの軍勢に生身で挑むとかありえないし!


「アゼル殿! この魔道戦艦は妾の道具でありますし、問題ありませぬ!」


 フルシェは慌てて抗弁する。

 迫る魔獣の軍団は、真正面から立ち向かえば、帝国四天王の軍団すべてを合わせても勝てるかどうか。

 勝てたとしてもどれほどの被害をこうむるか、という数と質なのである。


「あとで弾薬代請求されたりしない?」


「しません! させません! するやつがいるなら、(わらわ)がぶん殴ります!」


「でもなぁ……」


 渋るアゼルパイン。

 絶望の表情を浮かべる人間と獣人たち。


 それを打ち砕いたのは「はい!」と手を挙げたレアメアだった。

 

「いえ、アゼル様。大丈夫です!」


(おお、義姉上!)


 フルシェには彼女こそが勇者に見えた。

 レアメアがみなの注目を浴びてごくりとつばを飲み込む。まだこういったことに慣れていないのだろう。


 しかし彼女は意を決し「なぜならば!」と演説をするように、ぐっと手の前で握り拳を作り、そして高らかに宣言した。


「黙ってればだいじょぶだからです!」


「おお!」


「確かに!」


 あの魔獣の軍勢と生身で戦わなければなんでもいい。

 もはや、この場にいる全員の知能は果てしなく低下していた。


「でも密告するやつがいるかもしれなくね?」


「ここにいる人たちのなかで、帝国に密告しようと思う人は挙手してください!」


 しーん。


 ――裏切って手を挙げた奴がいたら、ぶち殺すぞ、ふぁっきゅー!


 わだかまりが消えた、どころでない。

 ここに獣人と人間たちの間に強い結束が生まれたのである。

 絆とはこういうときにこそ、より強くなるものなのだ。


「はい! というわけでフルシェさん、やっちゃいましょう! SEN()METSU()です!」


 アゼルパインが口をはさむ前に、有無を言わさずが音頭を取るレアメア。

 ここまで来るとフルシェも心得たもの。例の2人が何かを言いだす前に、その言葉にうなずいてバッと大仰に手を振った。


「うむ! 総員持ち場に着け! 忘れるな、獣人殿たちも一緒だぞ!」


「ははぁっ!」


「……おお、レアメア様。すっかりたくましくなられて……」


 戦場に舞い降りた女神のように、手を携える二人を見て、ウサ耳将軍ザベルが「よよよ」と目頭を押さえる。


 なんと素晴らしい光景であろう!

 人間との戦いの中で命を落とされたザルトメア前国王も、きっと草葉の陰で感涙しておられるだろう! ……いろいろな意味で。


「フルシェ様万歳! レアメア様万歳!」


 純粋な好意。混じりっ気のない称賛。

 人間も獣人も。心の底からフルシェとレアメアを讃え始める。

 後の世に『人獣和解』と呼ばれる光景がここにあったのだ。



 ――だが、しかし。

 人は絶頂にあるときにこそ落とし穴に落ち込むという。

 彼らは考えるべきだったのだ。なぜ、魔獣たちが一糸乱れぬような精密な行軍をしているのかを。


「ようこそ、狭き世界の者よ」


 突如として、艦橋に声が響き渡った。


「な、何者か!」


「フルシェ様、外を!」


 言われてフルシェが艦橋から外を見る。

 そこにいたのは空からフルシェたちを睥睨(へいげい)する、おぞましい姿をした一体の悪魔。


 悪魔はフルシェたちの視線が集まったのを確認すると、ニタァっと笑った。


「我が名は『闇の剣獣』シュラク。『暁の魔王』パルパ様の配下にして四天王最強の者である」


 すらっとした出で立ちの悪魔である。

 その目は生死を軽薄に扱うであろう冷酷さで彩られ、口元は生来のものであろう、ニヤニヤと慇懃無礼な雰囲気を感じさせる。

 その全身は刃のように鋭い毛に包まれており、触れたら最後、ありとあらゆるものを切り裂くに違いなかった。


「魔王……だと?」


 『世界』の北。獣人たちの国家のさらに遥か極北に魔族を名乗る人種がいるらしい、という話は冒険者ギルドに挙がってきたことがある。

 いわく、その力は魔獣を従えるほどに強力であり、上級魔族――通称『魔王』となると単体でひとつの国家にも匹敵するとも。

 

 とはいえ、いまだ冒険者から目撃したという報告はなく、いわゆる『悪いことをするとおばけがくるぞ』というような、おとぎ話の類であると分析されていた。


(……まさか実在するとは)


「その顔を見ると、我が魔獣の軍勢の動きを悟ってこのオモチャを寄越したというわけでもないようだな。

 くく、運がいいと言うべきか悪いと言うべきか」


「なんだと!? あれは貴様の軍勢だというのか!!」


 なんということだろう! 魔族というのはあれほどの魔獣を操ることができるというのか。

 フルシェたちの驚愕の表情を見て、シュラクは空高く嘲笑を上げた。


「そうとも! 矮小なる者どもよ。しかとその目に焼き付けるがいい! 己を死へと(いざな)う死神の姿を!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ