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一致団結

 幽霊城に向かう魔導戦艦の司令室。

 司令室のなかには主だった面々――ザベルやヴルムト、フルシェほか、武闘派が集められていた。


 そのなかで、


「そういえば、あんたらって王族なんだよな?」


 アゼルパインの一言に、その場に集まった人間たちの背筋が凍りついた。


(また、余計なことを言い出したぞ。こいつ)


 黙りこくったヴルムトたちを見て、アゼルパインが首をかしげる。

 

「あれ、王族じゃなかったっけ?」


「帝国なので皇族ですが、い、一応……」


 ハイともイイエとも言えず、ヴルムトとフルシェがふるふると首を振ると、アゼルパインは満足そうにうなずいた。


「よし。じゃあ、あんたらあれ(・・)と戦ってきていいぞ」


 言って、アゼルパインが指さしたのは戦艦の前方。


 遠くに見えるは砂煙。

 魔導戦艦に迫りくるはかつての軍事大国を滅ぼした強大な魔獣たち。

 戦艦を見るや否や、「久しぶりの餌だ」と言わんばかりに殺到してきた万の群れである。


「あ、アレとですか!?」


 ――絶対に嫌だ。

 ヴルムトとフルシェは皆を代表して『全力で拒否したいです』という表情を浮かべた。

 だが表情だけで思いが伝わり、酌量してくれる相手なら誰も苦労していないのである。


「ハイッ! アゼル様! 質問なのですが、どうしてわたしたちなんでしょうか!」


 問うたのはギヨメルゼートに抱かれたレアメアであった。

 彼女もまた、ヴルムトとフルシェたちのために必死であった。


「然り。我らが行けば一瞬ではないか」


 しゅっしゅっとレアメアの頭を撫でているギヨメルゼートもその言葉にうなずく。


 レアメアは思った。

 やった。議決権の半分を手に入れた! これで無謀な戦いをせずに済む!


 だが、アゼルパインは首を横に振った。


「あのね、ギヨ。人間界っていうのは色々面倒なしきたりで溢れてんの。強けりゃいいってもんじゃないの。

 オレは前世でいっぱいそういうのを学びました」


「ほうほう。つまりこれもその一環だと?」


「そう!

 手柄はみんなで分け合わなきゃ駄目!

 特に王族とか軍閥だとかいうのはメンツを大事にするの。ちゃんと扱ってあげなきゃ()ねちゃうの!

 面倒だけど、それが人間界の作法なの!」


「なるほど。木っ端(こっぱ)どもにも手柄をわけてやるのか。アゼルは実に優しいのう」


「(ヴルムト殿。ワシはかつてこれほど優しくない話を聞いたことがないのだが)」


「(おお。ザベル殿。奇遇だな。オレもだ)」


 彼らは改めて魔物の軍勢を見た。

 ドドドドと走ってくる中には、竜人族の祖と言われるドラゴンの姿すら見える。


 あれと……生身で?

 絶対に嫌だ。


 いったい、誰だ。勇者にクソのような作法を教えた奴は!?


「いやー、懐かしいなー。そのことを教えてくれたメリオーン王子って結局あの後どうなったんだろう?」


「……メリオーン王子?」


 その名を聞いてフルシェはふるふると首を横に振った。


 フルシェはメリオーン王子の名を知っている。

 いや、ここにいる帝国出身者であればみな知っているだろう。なぜなら英雄譚のなかの登場人物として有名だから。


 いまは亡きその王国の名をとって『ファランの悲劇』と呼ばれる、いまなお演劇において人気のあるエピソードのことである。


 ――ファランの悲劇。

 その事件は1000年前に遡る。

 魔道を極めし魔女。魔女帝を自称するサベラがファラン王国征服に乗り出し、窮地に陥ったファランは、当時すでに勇者であったアゼルパインにサベラ討伐を依頼する。


 そのエピソードはアゼルパインが順調にサベラを追い詰めたときのことである。

 追い詰められたサベラは持てる全勢力による決戦を挑むのだが、その直前、魔女帝が勇者アゼルパインが呪いをかけたのである。

 動けなくなるアゼルパイン。迫る魔女帝サベラの軍勢。

 

 その危機に対し、俊英たる『風の王子』メリオーンは時間を稼ぐために敵軍に決死の覚悟で玉砕するのである。

 呪いを打ち破った勇者はすぐさま魔女の軍勢を打ちのめし、メリオーン王子の死を涙しながら看取ることになる。

 

 英雄は英雄を知る。

 帝国の将や騎士たちにも人気の物語のエピソードである。

 

「も、もしかして、メリオーン王子が魔女帝の軍勢に単体で特攻していったのは……」


 この勇者にあおられてしまったから、とか?

 だとしたらなんという悲劇だろう!

 が、フルシェの疑問に対し、アゼルパインは不思議そうに首をかしげた。


「え? 特攻?」


「しておられないのですか!?」


「手柄を寄越せってうるさかったんで病欠ってことにしてやったんだけど、それ聞いたら逃げたらしいよ?」


「おおおぉぉぃい?! 風って言っても臆病風ぇっ!?」


 フルシェは激怒した。

 遥か過去に勇者に余計なことを吹き込んだ上に、敵前逃亡した阿呆(あほう)に激怒した。

 いままで何千人もの人間を感動させてきた名場面が捏造だったことに激怒した。

 

 フルシェも夢見る純朴な娘ではないので、完全に信じていたわけでもないが、せめてほんとに死んでたなら同情の余地があったものを!

 

 フルシェは決死の覚悟で手を挙げた。


「ハイ! 勇者殿! いまの時代はそういうのないのでサクっとやっちゃっていただきたいです!」


「ハイ! その件につきましては全力で辞退させていただきます!」


「ナンデェ!?」


「なぜなら昔、すぐに「うん」って言ったら田舎者って笑われちゃったから!

 王族からいただくものはまず断る。それが基本ってオレは王族の人から教わりました!」


 フルシェはさらに激怒した。

 くそっ! 昔の王族の連中め。余計なことを吹き込みやがって!

 いま生きていたら探し出して一族を誅滅してくれる!


「懐かしいなー。イフェリアとかちゃんと子孫が存続してるのかな?

 すっげえ高飛車で性格悪くて超嫌われてたけど。フルシェさん、知ってる?」


 ――思考が一瞬停止した。


 『黄金の美姫』イフェリア。

 一度、世界を統一した国家ムムララの王家の末裔であり、気高さと優しさを併せ持つ姫。

 その血筋の良さから当時、竜人族との戦いで劣勢だった人類の支柱を勤め上げた女性とされる。特にアゼルパインとの身分差からくる悲恋の物語は涙なくしては語れぬ。

 

 ちなみに国自体は直後にサクっと滅亡した。

 そのことをアゼルパインに伝えると「超ウケる」と言った。懐かしさも物思いもなかった。

 これ絶対に悲恋とかなかったやつだ。


「あの、フルシェ様……」


 つんつんと袖を引っ張られてフルシェが振り向くと、義姉(レアメア)がふるふると首を振っていた。


「もしかして、アゼル様に関わった国って、だいたい直後に滅亡してるんじゃ……」


「おおお……」


 ああ、なんということだろう。当代においては、我が帝国がそのターゲットになってしまったというのか。


(いや、そうはさせん!)

 

 我らには無辜の民を護るという使命があるのだ。人類を平和に導くという崇高な使命があるのだ! 皇族たるものは民の規範であらねばならぬ。


「ふはは……」


 なので、フルシェは笑った。空元気でもなんでもいい。

 絶望にひしがれるのは帝国国民のあるべき姿ではない!

 

 そうだ。我が名はフルシェ。『鬼の戦姫』フルシェ・シャペルなのだ。


 フルシェは意を決し、迫りくる魔獣の群れに真っ向から対峙した。そして覇気をもって宣言する。


「各々がた、心配めされるな。

 兄上、義姉(あね)上ここはわたくしめにお任せくだされ! 妾が何のために魔道戦艦を持ってきたと思うておられるのか!

 連携すべきフレイド殿の軍が失われようと、この魔道戦艦ヤールウァンドは魔物ごときに負けませぬ!」


「おお、フルシェ!」


 ヴルムトが感極まってフルシェを抱きしめた。

 権力闘争のために争っていたことなど、もはや頭の片隅にすらなかった。

 帝国の武の2柱が揃って、(勇者と邪竜王以外に)何が怖いものがあろう!

 

 あれくらいの魔物の軍勢、ぜんぜん平気。よゆーよゆー!

 

「総員、戦闘準備! 人間だろうが、獣人だろうが構わん! 我らが興亡はこの一戦にかかっていると思え!」


 果たして――フルシェの気概は面々に波及した。

 フルシェがマントを翻し、片手を叩く掲げる。同時に、皆が拳を天高く突き上げる。


 そうだ。これだ。

 これが『鬼の戦姫』フルシェ。フルシェ・シャペルなのだ!


 フルシェは高揚のままに言葉を吐き出した。


「我らに、勝利を!」


「「えい! えい! おう!」」


 人間も、獣人もなく。彼らが願うは勝利のみ。

 このときのまさしくフルシェは英雄の相をもった武将であった。

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