新たなる世界
「生きておるかー?」
アゼルパインは誰かに声をかけられ、ふと目を覚ました。
ずいぶん長い間寝ていた気がする。
気分爽快リフレッシュ。こんなにも体が軽いのはいつ以来だろう。
目をぱちりと開けるとそこには一人の少女がいた。
「おーい、生きておるなら返事をせよ」
アゼルパインに声をかけているのは、銀髪赤目の美しい少女。
年齢は15歳くらいだろうか。
フード付きの黒いローブを身にまとった、いかにも魔法使い然とした格好の幼女だ。
ローブから垣間見える真っ白な肌と銀色の髪の毛は儚げ。
だが、炎のように真っ赤な瞳から受ける印象はどちらかというと驚くほどの元気のよさだ。不健康な印象はない。
活力のある瞳と、人好きのする丸みのある顔の輪郭は、動物で言えばリスを彷彿とさせる。
アゼルパインは周囲を見回した。
朽ち果ててはいるが、ギヨメルゼートと死闘を繰り広げたあの神殿である。
そして首を傾げる。
それはそうと、自分は死んだのではなかったか。だったらどう答えたものだろう。
アゼルパインが考えていると、
「生きておるのか、と余が聞いておるのだ。さっさと答えろこのド阿呆!」
どげしっ!
少女の放った見事な踵落としがアゼルパインの腹にめり込んだ。
「ぐえー。何しやがる!? って……お前、まさかギヨか!? いや、その割にはちんちくりんだが」
喋り方や、その内に秘める凄まじいパワーは間違いない。かの邪竜王ギヨメルゼートのものだ。
だが、人型だったときのギヨメルゼートに似てはいるが、それよりはだいぶ幼い。
しかし間違いない。
いまの蹴りは、他者を足蹴にすることに慣れきった暴君の仕草であった。
「誰がちんちくりんか!? ……まあいい。
ふふん。どうだ、すごかろう! これぞ竜王にのみ許された秘術『転生』である!
本来は50年程度で転生できる予定であったが、なにぶん2人同時なので思った以上に時間がかかってしまったらしい」
「転生? オレも一緒に?」
「そうだ。約束したではないか。生まれ変わったら、一緒に世界を支配しよう、とな」
なんというやつだろう。
まさかそこまで――
「お前、本気でボッチだったのな。可哀そうに」
――まさかそこまで邪竜王が友達を欲しがっていたとは!
「誰がボッチか!?」
「普通、そんな秘術使ってまで一緒に世界征服しようと思わないやい!
やーいやーい。ボッチボッチ!」
「ぐぬぬぬ!」
邪竜王、顔真っ赤である。ちょろい。
と、転生前にボッチ呼ばわりされた恨みを晴らしたところで、アゼルパインは自分の身体を観察した。
なるほど転生というだけあって若返っているらしい。
身体的には最盛期の直前、22歳頃だろうか。ギヨメルゼートよりもだいぶ歳上に見える。
秘術というだけあって、能力はそのままに翳りはないように思えるが。
「ギヨ。思った以上に時間が経ったって言ったな? どれくらいだ?」
身体の動きを確認するように背伸びをする。
古傷がなくなったからか、むしろ以前よりも調子がいいくらいだった。
アゼルパインの問いに、ギヨメルゼートは待ってましたと言わんばかりに「にやり」と笑った。
「うむ。外を見よ」
「うん? な、なんじゃこりゃーーー!」
ギヨメルゼートが指し示した先、崩れた神殿の隙間から見る世界は……なんというか、完全に別世界だった。
向こうのほうの平地に見える街並みはアゼルパインたちが死闘を繰り広げていた時代にはただの草原だった場所だ。
だが、いまそこにあるのは大きな街!
ちょっとした街……どころではない。それどころか自分の知っている人間の首都よりも栄えているように見える。
さらには、大地には大きな整備された街道が張り巡らされ、そこを走るのは馬よりも遥かに大きな何か。
アゼルパインが驚愕するのを見て、ギヨメルゼートが楽しそうに微笑む。
「さあ、アゼルパインよ、いまこそあのときの約束を果たそう。……それとも嫌になったか?」
知ってる。こういうのツンデレっていうんだ。
心配そうに上目遣いに見やるギヨメルゼートあたまをガシガシと撫でて、アゼルパインは「にやり」と不敵に笑ってサムズアップして返した。
「知っているか。オレは約束を破らないことで有名だったんだぜ?」