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みんな友達

「ふんふんふーん」


「ずいぶんお楽しそうですね。ギヨ様」


「おお。レアメアか。よくわかったな」


 誰だってわかると思う。

 レアメアは口には出さなかったが、そう思った。

 

 試験。

 ギルドマスターだというオレアンがギヨメルゼートに提示したのは、『幽霊城』と呼ばれる施設の攻略だった。

 

 レアメアには幽霊城というものがどういうものなのかよくわからなかったが、そのときのフルシェの表情を見た限りでは、ろくでもない類のものであるらしかった。


「余は知っておるぞ。そういうのをダンジョンというのであろ?

 ふふふ。胸が高鳴る。こうして幽霊城とやらが近づくのを感じるだけでワクワクしてくるな」


 ともあれ、フルシェの戦艦は、ギヨメルゼートとアゼルパインを乗せて、幽霊城に向かっていた。

 当たり前のように戦艦が私物化されているあたり、フルシェには本当に同情するところである。


 幽霊城があるのはプラムスのさらに北。いまは滅びた国の領土である。

 数十年放置されていたであろう街道は至るところから草が伸び、魔導戦艦はその上を日向ぼっこでもするように進む。


「む。あれが幽霊城か。よし、フルシェを呼んで来い」


 邪竜王は戦艦に備え付けられた大砲から這い出てくると、進行方向をじっと見た後、レアメアに命じた。

 爬虫類は閉じた場所が好きだというが、この超常の存在もそれは一緒であるらしい。冷たい鉄の感触が実にナイスとのこと。


「はい。ギヨ様。かしこまりました!」


 レアメアには城なんて欠片も見えなかったが、邪竜王の命令である。逆らってはいけない。


 レアメアはとっとっと、と戦艦のなかを走る。

 『偉大なる魔道技術』のなかをぶしつけに走り回る下等な獣人に対して向けられる視線は憎悪の感情。


「レアメアちゃんは偉いな。よしアメちゃんをやろう」


 ――というのは今は昔。いまでは邪竜王のパシリにされている少女に対する憐憫がメインである。


 それどころか、お菓子をくれる人もいるくらい。

 一応レアメアはこれでも16歳なのだが……。


「ふぁぁぁぁ……あまーい!」


 もらったキャンデーを早速口の中に放り込むと、甘い幸せの味。人間さんたちはこんなものを作れるなんてすごいと思う。


「おお、レアメア殿。ザベル将軍はいずこにおられるかご存知で?」


「レアメア様、フリッツさん知りませんか?」


 ほかにも様々な人たちが声をかけてくる。

 まだわだかまりがある人もいるけれど、間違いなくここは帝国の中でも一番兎人(ラールシェント)に対する偏見がない場所である。


 ときに戦争というのは、効率のために常識が効率化すると言われるが、まさしくそのとおり。

 勇者と邪竜王という圧倒的な脅威を前に、人類の心はひとつにまとまろうとしているのだ。素晴らしい。


 ちなみにフリッツというのは、帝国の技官に弟子入りして戦艦のメンテナンスを手伝っている兎人(ラールシェント)の少年である。


 と、そんなこんなしながら、艦橋に立ち入ると、


「オレアン。我々はもうそろどろ幽霊城に到着してしまうぞ」


 フルシェは戦艦に備えられた魔道通信機で、オレアンと話しているところだった。ヴルムトも一緒である。

 

「も、もうですか!?」


「ああ、ああ。何も言わなくてもいい。わかってる。お前が望んでいたことはよーく理解しているとも」


 レアメアが、司令室の側面に設えられたモニター――戦艦の背後を写している魔道モニターを見ると、そこには帝国四天王の一人が率いていたという1000人の職業軍人からなる軍団があった。


 ……邪竜王と勇者に完全に壊滅させられてしまっているが。


「な、なにが起きたので……?」


「フルシェ。説明してやれ。オレは絶対に嫌だ」


「お兄ちゃん、ずるい! わたしだって絶対にやだもん!」


 ついに幼児退行すらしはじめたフルシェに、ヴルムトは沈痛な面持ちでため息をついた。

 

 ――幽霊城。

 『世界』が外の世界を認識するきっかけになったと言ってもいい。

 50年前、『世界』の最北端のさらに北に現れたソレは、当時軍事大国として名高かった国家を壊滅させた。

 

 と言っても、幽霊城に住んでいる勢力が手ずから滅ぼしたわけではない。

 まるで城から漏れるように出でた魔物たちが、じわじわと真綿で首を絞めるようにして、人の住めない土地に変えていったのである。

 

 そしていまなお、北の門番として君臨している。

 おかげでいま現在は、『世界』の外に出るためには一度東から大きく迂回する必要があるのだ。

 


 もちろん、帝国としては魔獣という脅威、および迂回させられる不便さを解決しようとした。


 もともと、フルシェの戦艦と帝国四天王フレイドの軍隊は、周辺の魔物たちを退治し、あわよくば幽霊城を攻略するために用意されたものであったのだ。


---ここから回想---


「フルシェよ。前に見える連中はなんだ? 邪魔くさいな」


「ギヨ様。あれは幽霊城の攻略のために用意された帝国の軍です。なので――」


「なに! では、あれは我らのライバルなのか! 許せん!」


「――なので協力戦線を張ってはいかがでしょう? って、え?」


 ちゅどーん!


---ここまで回想---


 と、このように、幽霊城攻略を『冒険者になるための条件』と信じているギヨメルゼートとアゼルパインは、ヴルムトやフルシェが止める間もなく、帝国四天王最強の軍隊を刹那で壊滅させたのだった。


「なんだあれは! もうやだ! おうち帰る!」


「殿下! お気を確かに!」


 副官――セバルがフルシェを宥めるが、効果はなし。


(皇女ってお仕事も大変だなー)


 落ち着くまで待っていてやりたいが、レアメアにも仕事がある。使命がある。なので、おずおずと義妹に声をかける。


「あの、フルシェ様? ギヨ様がおよびですが」


 その途端、フルシェは絶望の表情を浮かべた。


「な、なんだ。今度こそとって食われるのか?」


「ギヨ様はお優しい方ですよ?」


「「絶対に嘘だっ!」」


 奇しくも皇子と皇女の声が被った。

 麗しき兄弟愛である。

 

 泣き崩れるフルシェに対し、レアメアは頭をよしよしと撫でてやった。

 獣人のなかには、まだ人間を仇敵として憎んでいる人もいるけれど、別にレアメアは嫌いじゃないのだ。

 

「うう。お義姉(ねえ)様は妾を慰めてくれるのか」


 そう。

 みんなみんな生きているんだ。(あの2人の被害者という意味で)友達なのだ。

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