勇気ある者
その日、フルシェは必死であった。
帝国最北の街、プラムス。
『世界』の外への正面玄関。間違いなく現在における帝国の最重要の街である。
フルシェがコケにされようが、名誉を失おうがそれがどうしたというのか。
すべてが終わったあと、フルシェの気が狂ったとでもして幽閉されれば済む話ではないか。
が、この街にはたくさんの無辜の民がいる。『世界』の外に挑んでいる者達を援助するための物資がある。決して滅ぼされてはならぬ。
そういう意味ではオレアンが評した通り、彼女は気高き姫であった。
ヴルムトに肩を抱かれたまま、フルシェは問うた。
「ぎ、ギヨさんは本気で先程の言葉を?」
「ん? ああ。ギルドマスター殿の言ったことか?
うむうむ。余はレアメアから聞いて知っておるぞ。こういうのを『くえすと』というのであろ?
ふふ。余は『誰かのお願いを聞いてやる』という経験があまりなくてな。少々楽しみではある」
「え? いや、しかし……あなた、ギヨさんですよね?」
「貴様、余をなんだと思っておるのだ……」
(邪悪の権化だよ)
あるいは爆裂わがまま娘でも可。
そう言えればどれほど気が楽になることだろう。
だが、この少女にそんなことを言う命知らずがこの世に――
「邪悪の権化の爆裂ワガママ娘だろ」
(いたー!)
言ったのはフルシェの隣に立つ勇者アゼルパイン。
現代によみがえった邪竜王を止めることができる唯一の男。……であるはずなのに、よりにもよって煽りまくる奴!
おとぎ話に出てくる正義漢然としたエピソードの数々は一体何だったのか。抱いていた憧れを返せ!
アゼルパインの言葉にギヨメルゼートの額に青筋が立つ。
「アゼル。貴様なんと言いおった? おい、フルシェ。いま笑いおったな!?」
「いえ! 妾は! ぜんぜん! そのようなことは!」
フルシェ・シャペルは必死であった。
直立不動。『鬼の戦姫』フルシェを知るオレアンが――いや、周囲の冒険者どももだが――驚きに目を見開くが、それどころではない。
プライドなんてクソの役にも立たぬ。オレアンや冒険者どもに誤解されようが構うものか。
とにかく、フルシェはこの街を護るために必死であった。
だが、その祈りは虚しく散った。
「どっからどう見てもちんちくりんだろうがよ! 転生前もぺったんこだったけど、やっぱり竜人のおっぱいって大きくならないの? やっぱりトカゲにはおっぱいがないから? もみもみ」
あろうことかパイタッチであった。
あろうことか、もみもみであった!!!
『勇気ある者』を勇者と呼ぶのであればアゼルパイン以上にその称号にふさわしい者はおるまい。それはイコール阿呆という意味で。
ぷっちーん。
いつものごとく、邪竜王ギヨメルゼートの血管が切れる音がした。
「アゼェェェェッル! 貴様、今度こそぶち殺してくれる!」
「やーいやーい。爆裂ワガママちんちくりん! レアメアも思うよな? な?」
「いいえ! わたしも! そんなことは! 思ってません!」
「お の れぇ……貴様には地獄すらも生ぬるい。死ねっ! 邪竜王パンチ!」
めきぃっ!
見事な右アッパーで勇者に59のダメージ。
「ず、図星だからって本気で殴ることないだろ!?」
「だったら蹴ったるわい!!」
どげしっ。今度は見事なヤクザキック。効果は抜群だ!
「ぬおお!? お、お前、股間はダメだろ!? そんな悪い奴には……正義のドロップキぃぃーック!!!」
げしぃっ。
ドロップキックにふっとばされたギヨメルゼートが、ドラゴンの突進すら受け止めるはずのギルドの壁を突き破る。
「お、おぬし……自分が悪いのに反撃などしおって……」
邪竜王はすぐに立ち上がるが、その服の正面にはくっきりと両足の跡がついていた。
「ああああ! 余のオーダーメイドドレスが!」
ちなみにお値段金貨10枚相当。一般家庭なら1年は慎ましく生きていけるお値段である。
ヴルムトの軍資金を使って、初めの街で仕立てておいたものであった。
「ぎ、ギヨさん落ち着いて! オレアン! 早くこの街で一番の仕立て屋を呼ぶのだ! 代金は妾が支払うゆえ!
いかがです。この巨人でも引き裂けぬ魔法銀の布でも使って――」
「黙れ」
びりぃっ!
邪竜王は片手でつまむと、魔法銀糸で織られた布をいとも簡単に引き裂いた。
「oh……」
それを見てフルシェは心に決めた。
これが終わったら、帝国の技術研究所に八つ当たりしにいこう。
おめーらの作った布、巨人どころか女の子に片手で破られたぞ、って言いに行こう。
ことここに至って、オレアンのほうも連中のやばさに気づいたらしい。
「ぼ、冒険者ギルド内で冒険者同士の争いは……」
「冒険者になるための試験をすると言ったのは貴様であろう! 故に!! 余はまだ冒険者ではないっ!!! ギリギリセーフ!」
「どっからどう見てもアウトだよ!」
フルシェは頭を抱えた。
だから言ったのだ!
Aクラスでもなんでも、余計なことをし始める前にさっさと認めてしまえ、と。
せめて勇者の方はこれ以上余計なことをしないでくれれば――
「くくく。オレは冒険者志望ではないので全然問題ないってことだな?」
「そっちもそっちで挑発するんじゃない!」
しゅっしゅっとボクシングスタイルで応戦しようとするのはアゼルパイン。その反省のない態度にギヨメルゼートの怒りのボルテージが上がっていく。
――そのとき、崩れた壁から拳大の石が落ちた。石は地面に落ちていた盾(先程までギルドの壁にかけられていた)へと落ちて、
「おう! やったるわい!」
カーン、とゴングが鳴った。
どげしっ! めきぃっ! ぎゃーぎゃーわーわー。
――レアメア殿! この状況をどうにかしてください! なんか泣けてきたんですけど!
――フルシェ様! 奇遇ですね。わたしも泣きたいです!
フルシェとレアメアは抱き合った。
帝国皇女、『鬼の戦姫』と恐れられたフルシェが、かつて誰かとここまで心が通じあわせたことがあっただろうか。いや、ない。
フルシェは理解した。
ヴルムト兄の言うとおり、獣人と人間はわかりあえるのだ。
少なくともこいつらに比べれば、ぜんぜんまともなのである。
――これが終わったら、妾はヴルムト兄と義姉さんの結婚を全力で祝福しよう。そうしよう。




