表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/35

冒険者ギルド

 帝国最北の街、プラムス。

 広大な人類の『世界』の最北端でもある。いや最北端であった(・・・・・・・)と称すべきか。


 『世界』の外での一攫千金を求める者たちが集まり、その人々を目的とした商人で賑わい、粗野で騒々しいが、明るさに満ち溢れている。


 彼ら『冒険者』を名乗る開拓の使徒たちはこの街より北へ旅立ち、人類の支配域の根を伸ばそうとしているのだ。

 このプラムスという街に与えられた使命とは、その人類の新たな根へ水を運び、人類の覇権を拡大することであった。


 そんな街の冒険者ギルドともなると、普通の冒険者ギルドではない。

 冒険者という名の開拓者たちを管理するため、事務所には帝国の優秀な官僚がすし詰めになっているし、未知の世界からもたらされる資源や魔獣たちの研究のために学者たちも常に目を光らせている。


 現在の帝国における最重要施設のひとつと言っても良いだろう。

 便宜上、冒険者ギルドという名がついてはいるものの、完全に別の物なのである。


 まるで砦を思わせる頑丈な造りは、いざというときに『世界』の外からの侵略者に対する最終防衛ラインでもある。もちろん、街の四方を囲む壁も同様だ。

 このプラムスという街は、まさに『世界』の外と相対するために生み出された戦うための街であるのだ。


 そのドアを、


「バーン! 頼もう! 余が冒険者になりに来たぞ!」


 その日、極北の街であるプラムスの冒険者ギルドに訪れた少女は、ばしーんと元気よく扉を開くなり開口一番そう言った。


 普段であれば、冒険者ギルドには「ああ、またか」という声が漏れたことだろう。

 夢のある冒険譚を読んだ、どこぞの世間知らずな令嬢が冒険者ギルドにやってくることなど、よくあることなのである。

 

 そう。普段であれば(・・・・・・)


「あ、新手のジョークございますか?」


 とギルドマスターであるオレアンが聞いたのは、少女の横に立つ帝国八番姫、フルシェ・シャペルおよび、帝国第六皇子ヴルムト・ミレチェンカに、であった。

 

 ギルドマスターの名はオレアン・エルメチバ。

 屈強な初老の男で、かつて帝国四天王にも数えられたほどの豪の者でもある。

 

 その最大の武勲はなんと言ってもジオル帝国がまだ弱小であったとき、当時『世界』最強の軍事大国レルテの5万の軍勢を、たった3千の兵で食い止めた『フェバル台地の奇跡』と呼ばれる戦いだろう。

 その留守を付いたオルバルト王(当時はまだ王国であった)の軍勢がレルテの首都を強襲し、再起不能なダメージを与えたことは、まだ記録に新しい。

 レルテの首都を焼き討ちにしたオルバルトの軍勢が戻ってきたとき、彼が見たのは敵の血で染まったオレアンの姿だったという。


 他にも武勲は数え切れぬほど。

 巷間にはオレアンこそがジオル帝国最強の将と言う者すらいるほどである。

 

 現在は軍権を後進に立場を譲り、ここで冒険者ギルドのマスターをしている。

 口が悪い者は、狡兎(こうと)死して走狗(そうく)()らると言うが、もともとそれほど軍権に興味のなかった男である。

 むしろ、『世界』に敵のいなくなったいま、未知の世界を目指す者の支援という夢のある仕事にみずから志願したのだった。


「残念ながら、ジョークではないのだ。オレアン殿」


 オレアンの問いに、フルシェは沈痛な面持ちで首を横に振った。

 では、いったい何なのか。

 

 というのも、さきほど街の横にフルシェの指揮する巨大な戦艦が停泊したのだが、そこから赤い絨毯が広げられたと思ったら、我が物顔で歩いてきたのがこの娘。


 しかも、『鉄血の皇太子』ヴルムト・ミレチェンカと『鬼の戦姫』フルシェ・シャペルとをひきつれて、である。


 そんな存在が、よりにもよって社会の底辺とも揶揄されることのある『冒険者』になりたいなどと言い出すなど、誰が予想しようものか。

 

「ほらほら早く、冒険者証とかいうのを渡すのだ。ハリーハリー!」


 少女はフルシェの表情に気付いていないのか、能天気にギルドマスターのいるカウンターを可愛らしくバンバンと叩き、急かす。


 愛らしい少女だ。

 歳は15歳くらいだろうか。

 深窓の令嬢を思わせるどこまで白く、ろくに傷も負ったことのなさそうな肌。

 来ている服はフリルのついた、ともすればすぐに破けてしまいそうな高貴さにあふれている。

 

 どういう連中だろう?

 連れ立っているのは10名ほどであるが、獣人までいる。フルシェ殿下ほどの方が連れ立って歩くような者には見えないが。


「オレアン。悪いことは言わん。Aクラスは保証するので、早く渡した方がいい」


 オレアンは冒険者ギルドにいる冒険者たちを見た。

 みな荒くれもので、腕っぷしのみで生きてきた連中だ。


「姫殿下のお言葉と言えど、それは通りませぬ」


 本来であれば無頼者の多い職業であるが、だからこそ、オレアンのかつての武勇に対し、尊敬し、一定の敬意を払ってくれている。

 が、それゆえに、ここでフルシェにこびへつらってしまえば、今後の冒険者ギルドの運営に差し障るであろう。

 なにせ、ここからさらに北は『世界』の外。そういった未知の世界へ挑まんとする者が集まってくるのだ。


 その利益の代表者たる冒険者ギルドの長として、帝国皇族であるフルシェに言われたからといってハイハイとは言えぬのである。


 だが、


「いいから渡せ! 命が惜しければな!」


 皇女の言葉にざわっと冒険者ギルドのなかが不穏な空気に包まれる。

 皇族が脅迫? 冒険者ギルドに?


 オレアンは失望のため息をついた。

 彼は、当時まだお飾りの総大将であったフルシェやヴルムトの副将を務めていたこともある。

 そのときに見せたフルシェという少女の気高い素質は、いずれ世界屈指の名主になるとオレアンの胸中を期待に躍らせたものであるが。

 ……どうやら大きな権力を持つということは予想以上に精神を腐敗させるらしい。

 

 オレアンはヴルムトの表情をちらりとのぞき見た。

 政敵の明らかな失態を前にヴルムトは無言、無表情。それが逆に不気味だった。


「冒険者ギルドにはギルドのルールがあるのです。

 おっと、勘違いなされるな。何もフルシェ様をないがしろにしようというわけではないのです。

 そうですな……殿下の肝いりというのであれば特例として試験をおこない、それをもって合格としましょう」


 冒険者のなかでもAクラスとなると、強いだけでは成り立たない。

 領主からの信頼や、多数の冒険者たちを率いるだけのカリスマ。そしていざというときに、街の防衛の際の一将として兵士たちの指揮を任されることもある。

 

 皇族の推薦ともなれば、領主からの信頼というところはクリアしていると言っていいだろう。

 周囲の獣人たちの様子から見ると、とてつもなく畏怖をされているようでもある。

 

 ――ならば、強さと賢さを見せてもらおうか。

 オレアンは冒険者ギルドのなかを改めて見渡した。

 Aクラス冒険者に限るなら、いまこの場にいるのは、孤高の剣の求道者『閃光のギッシェ』。100人からなる冒険者団のリーダー『黒熊のドンファン』。さらには向こうの世界から帰ってきたばかりの至高の冒険者『黄金のエルトシャン』。


 いずれもAクラスの中でも頂点に位置する者。特Aクラスとも呼ばれる者たちである。


(あるいは私自らが相手をするべきなのかな?)


 なにせ、相手は皇女殿下がエスコートする立場の相手である。事故が起きてはいけない。

 オレアンは軽い気持ちで提案したのだが、その問答すらも想定外だったのか、フルシェは顔をひきつらせた。


「バカ! 何を――」


 げしっ。

 

「フルシェ黙れ。然り然り。ギルドマスター殿の言うこと、誠に道理である」


 ざわっ。

 先ほどのよりも遥かに大きなざわめきが、ギルドの中に漏れる。


 フルシェを蹴ったのは、冒険者になりたいと言った少女である。

 

 この少女、他国の重要人物か、あるいは皇帝の隠し子かと思っていたが、それにしても度を過ぎていよう。

 ここまでコケされたならば、相手がどのような立場の者であっても無礼打ちにせねば帝国のメンツが足り立たぬ。

 鬼姫が怒りのままに少女を両断するに違いないと誰もが思い、その凄惨な光景に目をそむけ――


「え!? 従われるのですか!?」


 蹴られて這いつくばったままのフルシェが口にしたのはそんな言葉であった。

 は? と周囲の表情が凍りつくなか、今度はヴルムトが動く。


「フルシェ!」


 今度こそ、みなが思った。少女が「無礼」として切り捨てられることを。

 だが、ヴルムトが動いたのはフルシェのほうへ、だった。


(まさかこのタイミングで政敵の失態を咎めようというのか!?)


 オレアンは戦慄した。

 身内とはいえ、いや、身内だからこそ、か。

 貴族の派閥争いとは魑魅魍魎の巣くう場所と聞いているが、なんと非情なことだろう!

 

 が、ヴルムトはオレアンの想像に反して、フルシェの肩を優しく抱きかかえた。

 

「フルシェ! 大丈夫か!? からだに(さわ)りはないか!? 痛いの痛いのとんでいけ!」


「お兄ちゃん、もうやだ! わたし、おうち帰る!」


 民衆の見たのは妹を心底から気遣い抱き上げる兄と、その慰めに感涙する妹の姿。

 後の帝国の歴史に『美しい兄妹の絆』と書き残される光景であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ