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偉大なる皇女閣下と辱め

「というわけで、この戦艦は邪竜王閣下に協力することになった」


「あの、姫殿下? どういうわけでしょう?」


「どうもこうもあるか! 理由なんぞ、(わらわ)のほうが聞きたいわ!」


 逆ギレである。


「しかし、殿下。薄汚い獣人どもをこの船に……」


 しかも、あろうことかこの邪竜王ときたら、獣人を連れてきたのである!

 栄光ある帝国の戦艦に薄汚い獣人を乗せることに忌避感を覚える者は多い。


「帝国の皇女! がるるるぅ」


 さらに言うと、2者は征服者と被征服者という関係だけあって非常に険悪であった。

 2つの勢力は敵愾心をむき出しにするが。


「おい貴様ら。余がすることに文句があるのか?」


「「いえ、ございません」」


「よろしい。仲良くしろ」


 邪竜王らしい恐怖政治であった。

 

「ああ、兄上。なぜこのようなことになってしまったのでしょう!?」


 フルシェは獣人たちといっしょに乗船してきた兄皇子に尋ねた。


 帝位継承権を巡って敵対していたが、こうなれば話は別だ。

 今の状況から助けてくれるなら昔のように「おにーちゃん」と呼んでもいい気すらする。


 ヴルムト兄は、昔のようにフルシェを優しく抱きしめてくれた。


「ああ、可愛いフルシェよ。オレにもさっぱりわからん」


 なんと使えぬ兄だろう!

 フルシェは抱き合った兄の足を踏んづけた。


 心なしか、獣人どもからすらフルシェに向けて憐憫の表情が向けられている気がする。


「ところで、邪竜王様におかれましては、どちらに(おもむ)かれるご予定で?」


 問うたのは、邪竜王をもっとも恐れていた若き士官であった。


(ああ、この若者の言うことは誤ってはいなかったのだ)


 であれば評価は上方修正してやらねば……ってそんなわけあるかバカ! この脅威を知っていたならば、もっと必死に逃げろというべきであったのだ!


「目標ってこと? そんならこのまま真っ直ぐでいいよ」


 若い士官の問いに答えたのは一人の青年だった。

 ヴルムト兄が言うにはこの青年こそが伝説の勇者アゼルパインだという。


 ――勇者アゼルパイン。

 その名は人類圏において特別な名前だ。

 最強、無敵、そして誰よりも正義を愛した男。


 理想的な勇者たちの冒険と比べると、破天荒とも言える物語は賛否がわかれるが、それ故に。憧れるものは多い。

 フルシェもその戦いのサーガを聞くたびに心をときめかせたものだ。

 人によってはそれを初恋という者もいるかもしれない。


「冒険者ギルドのある大きな街ならどこでもいいんだよね。

 さっきまでいた町くらいの規模じゃ冒険者ギルドなんてないって言われちゃってさ。

 一番近いところってどこなの? っていうか、これってどこに向かってるの? ねえ、そこの士官さん」


「ハッ! この戦艦は邪竜王の存在を確認し、必要であれば打倒したのち、ヴルムト皇子の捜索をおこなう予定でありました!」


 アゼルパインに声をかけられた下士官が、直立不動で敬礼を返して答える。


(バカ! なんで正直に言っちゃうの!?)


 ギヨメルゼートとアゼルパインが、フルシェのほうを見て笑みを浮かべた気がした。


 あ、これ死んだ。絶対に死んだ。

 

 真っ青になったフルシェの顔にアゼルパインの手が迫る。

 ああ、まさかこんなところで死ぬとは。

 こんなことなら、先週献上されたフルール・ド・シュエットのケーキをホールひとつ食べればよかった!

 (わらわ)はなぜ、ダイエットなどと言ってメイドたちに譲ってしまったのだろう!?


 フルシェは目をつむった。

 兄上。先に黄泉で待っております!


「……っ!」


 だがどれだけ待っても痛みは来なかった。


「……?」


 ぷにっと


「え?」


 ほっぺたを摘まれた。

 覚悟を決めて目を開けると、アゼルパインはフルシェのあっけにとられた顔を見て腹を抱えて笑った。


「超ウっケるー。対象に倒すどころか、鼻歌混じりに制圧されちゃってどういう気分? ぷーくすくす」


「うむ。ウケるな! わはは!」


「ぐ、ぐぬぬぬ……」


 超常の存在2人に笑われて、一瞬呆気にとられたものの、直後フルシェの額に青筋が立つ。


 何が勇者か。こい何が邪竜王か。こいつらは悪魔だ。

 しかも、

 

「おい。貴様らも指さして笑え」


 この邪竜王ときたら、兎人(ラールシェント)たちにすらそんなことを命令するのだ!


「ぷーくすくす」


「ださーい」


「お姫様ってバカなの?」


「くっ、もういっそのこと殺せ……」


 それはおおよそ、帝国の皇女殿下においては初めての屈辱であった。

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