プロローグ:とある英雄たちの死
その日、人間の勇者アゼルパインと、竜人たちの支配者である邪竜王ギヨメルゼートの戦いは、相打ちという形で幕を閉じた。
「へっ。せっかく英雄になって、これからモテモテだって思ったのによ」
そう言うアゼルパインの右半身はギヨメルゼートの一撃を食らい、炭化し、崩れかけていた。
よく即死しなかったもんだな、と自分でも思う。
「ふんっ。それはこっちもだ。これからようやく存分に世界を喰らい尽くせると思うておったのに!」
脳天から真っ二つに全身を叩き割られた邪竜王ギヨメルゼートは蠢くようにして謎の音を発する。
邪竜王と呼ばれるにふさわしい真っ黒な硬い鱗を持つ竜。
初めこそ可憐な女性の人型で戦っていたが、戦闘が激しくなるにつれ、戦闘力を最大に発揮できる竜の姿に変化して戦っていたのだ。
その鱗がどれくらい硬いかというと、神様からもらった聖剣ですら戦っている最中に”ぱきーん”と澄んだ音を立ててへし折れるくらい。
現在、ギヨメルゼートの頭にチャームポイントみたく突き刺さっている剣の破片は、折れた刃を無理矢理押し込んでやったものである。
「まったくもって不快である。余がこのようなところで地に伏すことになるとは」
「なんだ、お前。もしかして負けたことなかったのか?」
「余は負けてはおらぬ! 貴様も死ぬから引き分けであろう!」
「そりゃそうだ。はー、やれやれだな」
「まったくやれやれである」
殴りあえばお互いのことがわかりあえるって言うが、不思議なもんで、人間同士に限った話ではないらしい。
互いに「はー、やれやれ」とため息をついたところで、一瞬の静寂が訪れる。
「……貴様は何のために戦うのか?」
静寂を破ったのはギヨメルゼート。
アゼルパインはわかりやすく形の残っているほうの肩をすくめた。
「オレのモットーは『人生は楽しく明るく』。
具体的に言うと酒場のねーちゃんにモテモテになりたかったのさ」
アゼルパインは勇者とか呼ばれているが、別に正義感があったわけではない。ただ単純にモテたかったのである。
具体的に言うと、酒場の姉ちゃんからのゴブリン退治のお願いが断れなかったことから事件に巻き込まれ、さらにそこから派生したどこぞのお姫様の依頼でモンスターをぶちのめしていたところ、女神様に邪竜王の討伐をお願いされていまに至る。
つまり人類を破滅から救った全ての発端は、酒場にいるキレイな姉ちゃんなのである。世の中、何があるかわからんね。
「ふはは! 奇遇だな、余もそうだ!」
いわく、ギヨメルゼートはギヨメルゼートで、力こそパワーな価値観の龍人たちの中で、挑んでくる竜人を返り討ちにしていたら、いつの間にか竜王として祭り上げられていたらしい。
それで我儘し放題にしてたら、神どころか同族にも嫌われて邪竜王と名付けられていまに至る、と。
「なんだ、てめえ。めっちゃ嫌われもんじゃねーか。はっ! ざまあ見みやがれ」
わっはっは。
アゼルパインは笑ってやった。彼は嫌いなやつの嫌がることをするのが大好きなのである。
「ええい。笑うな! 貴様だって似たようなもんではないか! 勇者という肩書なのに、たった一人で余を討伐しにくるとはボッチであろう! やーい、ボッチ! ボッチ!」
「ボッチっ言うなしっ!!
ま、そんなわけで、パーティを組んでも長続きしたこともなく、ここで寂しくでっかいトカゲと一緒におっ死ぬってわけ」
「ふふ。余とそなたは世界の嫌われ者同士というわけか」
「一緒にすんじゃねえ。こちとら人類の希望、勇者様だぞ。……けふっ」
アゼルパインの口から血がこぼれた。もはや首から下の感覚はない。生命の終わりが訪れようとしていた。
「そなた、心残りはないのか?」
「心残り? あるわけねーだろ」
この痛みも、この苦しみも、この喜びも、人類にハブられた怒りすらも。何もかも全部自分自身のものなのである。
誰にも従わずに己の良心のみに従って生きてきた。それがアゼルパインという男なのである。自己中心的とも言うが。
「あえて言うなら、結局、酒場の姉ちゃんのおっぱいを揉めなかったことがちょっと心残りかな?」
「……まことか?」
アゼルパインはふと思った。
これって、まんじゅう怖いって言ったらまんじゅうを持ってきてくれる系のアレじゃね? と。
だとすれば、言うべきセリフは『死にたくねえよ』か、あるいは『まだやり残したことがある』とかってそういうやつ?
だが、
「やっぱりねえよ。バカ」
それを思ったなら、なお言わないのがこのアゼルパイン様なのである。
「ふふふ、貴様は実に阿呆だな」
「だろ? ――ああ、死ぬにはいい日だ」
息を吐きながらアゼルは景色を見た。
アゼルたちが戦っていたのは、世界で一番高い山の山頂に作られた神殿。
ギヨメルゼートが、屈強な竜人たちをこき使って作った巨大な神殿である。竜人たちは寒いところが苦手なのに、可哀想なことである。
世界一高い山から見る朝焼けは絶景だ。死にかけということもあるが、その光はとても幻想的に見える。
超いい景色。寒いけど。
「ギヨ。オレ、お前のこと嫌いじゃないぜ。好きってわけじゃないけど」
「誰がギヨか。だが、奇遇だな。余もだぞアゼル。おっと勘違いするなよ。余も貴様を別に好きというわけではないぞ」
くつくつくつ、と死にゆく勇者と邪竜王は笑い合った。
「この世にオレとお前しかいなかったなら、もっと仲良くできたのかもな」
「違いない」
だが、それは無理な話。
人間と竜人の争いの歴史は長く、アゼルパインとギヨメルゼートという超常の存在の願いであっても、そのようなことは許されぬだろう。
「いっそのこと、ふたりで手を組んで世界を支配しにいったほうがよかったのかもな」
「それは名案である。勇者と呼ばれる男の口から聞ける言葉だとは思わなかったが」
「じゃあ、もしも生まれ変わったら」
「うむ。ともに世界を――」
後の世に竜王殺しとして伝説を残した勇者と、史上最強の竜王と呼ばれた女の戦いはこうして幕を閉じた。
――そして1000年が経った。