9・あっち行け。去れ
「次の勝負は名付けて……ナンパされ対決!」
高校から二駅離れたところまで行き、駅から出たところで黒羽はそう告げた。
「ナンパされ対決……? 黒羽、一体どういうことなんだ?」
僕は見てるだけになるけど、やっぱり勝負の内容は気になるところだ。
「内容は簡単……この駅前はよく待ち合わせ場所に使われることが多い、ってのは悠人君も知ってるよね?」
「うんうん」
「ここにわたしとそこの魔女が立って、どちらが多く男性から声をかけられるか……それを競い合う! 時間は二時間!」
「だから私服に着替えているのか」
料理対決で惨劇が生まれ制服を汚してしまったこともあるが——現在、二人は制服を脱ぎ捨ていつもとは違う新鮮な私服姿になっている。
「どうよ、悠人。私の方がやっぱキレイでしょ?」
「わたしの方がプリティーだよねっ」
服についてあまり詳しくないが、黒羽はどっちかというとフリフリの女の子らしい服装。可愛い。
一方、奈落に落ちて最早味がしなくなった豆腐こと新田凜は清楚系。身長が高いこともあって、よく映える……って僕はなにを考えてるんだ。
ブンブン首を振って、
「黒羽に決まっているさ。勝者、黒羽!」
「やったー!」
「負けたー……って! そういう勝負じゃないでしょ!」
プンプン怒っている凜であるが、それは可愛いつもりだろうか? 僕には豚が叫いているようにしか聞こえない。
「じゃあ早速勝負開始! おいそこの魔女」
「なによ、ビッチ女」
「今のうちから、土下座して謝ったら許してあげてもいいよ? きっと、二時間の間誰からも声をかけられないと思うけど?」
「はっ! それは私の台詞よ。私が百人から声をかけられている間、あなたは近くでぼーっと突っ立っているだけ」
「囀るな」
そんなほんわかな感じで、ゲームがスタート。
黒羽と凜が少し離れたところに立って、ナンパされるのを待つ。
僕は二人の真ん中くらいにあたる場所で、ベンチに腰かけて黒羽だけを見ていた。
「へーい、そこの彼女。もしかして一人?」
おっ、典型的なナンパ男が来たな。
「うん、一人だけど……」
黒羽少しおどおどしたような表情を浮かべている。
「良かったら、俺とこれから遊ばない? ボーリング? カラオケ? あっ、まずはご飯でも食べ——」
「あっち行け。去れ」
「えっ、ちょ、ちょっと——」
「巣へと帰れ」
「な、なんだこの変な女……」
ナンパ男は少し話しかけただけで、黒羽から離れていった。
どうやらナンパされ対決は声をかけられただけで、一人とカウントされるらしい。
そりゃそっか。付いていくわけにはいかないし。
「声をかけられたら、すぐに拒絶反応を見せて男をどっかに行かせる……そしてすぐに次なるナンパ男へと体勢を整える」
つまり——黒羽は回転率を意識してるのだ。
なんてことだ。
可愛いだけじゃなく、頭も良いなんて。
全く。僕にはもったいないくらいの彼女だよ。
その後、時間は驚くくらい早く過ぎていった。
時計を見ると……わっ、もう一時間半は経過しようとしている。
時刻は八時を回ろうとしていて、空はすっかり暗くなっていた。
「今のところ……黒羽は十人の男に声をかけられたか……」
黒羽はメチャクチャ可愛い。それなのに、私服を着てるので可愛さが十倍増しになっている。
なので次から次へと、男達に声をかけられるのだ。
しかしすぐに黒羽は男達を退け、次なる獲物を誘き寄せようとする。
「これだったら、凜には楽勝かな。凜が何人に声をかけられているか知らないけど」
何故なら、凜など眼中に入っていないからだ。
左側にいるはずだけど、声すら聞こえない。耳に入ってこない。
どちらにせよ、黒羽の魅力に勝てるわけないし、あいつのことだから一人にすら声をかけられていないんだろうけど——。
「へいへい! そこの二人……俺達と遊んでいかない?」
そんなことを思っていたら、今度は二人組の男が現れた。
今までの男達よりさらにチャラく、金髪で胸元がぱかーっと開いた服を着ている。
そいつ等は二手に分かれる形で一人は(多分)凜の方、もう一人は黒羽の方へ向かっていった。
「巣へと帰れ」
「私に喋りかけないで」
凜の方へ意識がいってしまったためか、逆ナン対決で初めてヤツの声が耳に入ってきた。
どうやら、凜の方も回転率が上げる作戦だったみたいだ。
「良いじゃねえか。なあ、二人共。俺達と良いことしようぜ」
「し、しつこいっ……!」
黒羽が心底嫌そうな顔をして、男から離れようとする。
「あなたの敗因は口が臭すぎて鼻と顔が剥離しそうになる前世からモテなさそうな顔をしている去勢した猿の方がマシ頭に栄養がいってるため知能が低い足が短いために歩幅が狭くなってマラソン大会ではボロ負けする日焼けしてるところもパリピっぽくて低脳さを露呈している全てが嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌離れろ」
我ながら、惚れ惚れするくらいの罵倒っぷりだ。
だが。
「……? 早口すぎてなに言ってるか分からねえ。それに剥離ってどういう意味だ?」
こいつバカすぎて、黒羽の言ってることが理解出来てなかったー!
「そんな意味の分からねえこと言ってないで——ほら、まずはクラブにでも行く? ああ、大丈夫大丈夫。もし終電がなくなっても、俺達の家に泊めてやるから」
「ちょ、ちょっと止めてくださいっ!」
ナンパ男が黒羽の手首を握った。
その瞬間——血が沸騰し、頭に昇っていくことが自分でも感じられた。
「悠人君! 助けて——」
「悠人。助けるなら私よ!」
左右で黒羽と凜が僕に助けを求めている。
助けて——。
もちろん、僕の力では二人同時で助けることは困難だろう。
ならばここでどの選択肢を取るのが正解か——自問自答しなくても、答えは明白だ。
「止めろぉぉぉおおおおおお!」
僕は——黒羽の方へ駆け出し、ナンパ男にタックルをかましてやる。
「ちょっ……なんだ、てめえ?」
弾き飛ばされたナンパ男が、敵愾心丸出しの目線はこちらに向ける。
普段なら弱気な僕なら怯んでしまうけど、今日は守るべきものがいる。
「悠人君……! 怖かったよぉ……」
黒羽の肩を抱く。
ああ——こんなに震えてるじゃないか。
「てめえ? もしかして、そいつの彼氏か?」
「ああ、そうだけど」
「ははは! そんな冴えない顔をして、彼氏だとぉ? 嘘吐くんじゃねえ。今、俺はその子と楽しくお喋りしてたんだよ」
「そっちこそ嘘を吐くな。顔面と鼻が剥離するって言われてたじゃないか」
「剥離……? 難しい言葉使ってんじゃねえよ!」
ナンパ男が拳を振り上げる。
ぐんぐんと距離が縮まる。
——僕は今まで喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。
細腕の僕では、この喧嘩とナンパしか脳がなさそうな単細胞生物に勝つことは困難だろう。
でも——黒羽が一言「助けて」と言ったなら。
僕は黒羽の盾になろう。
例え『死』という結末が待っていようとも。
「……!」
殴られる瞬間、反射的に目を瞑ってしまう。
……でも痛くない?
恐る恐る目を開けると。
「今、悠人君を殴ろうとしたよね? もしそれで悠人君のカッコ良い顔が崩れちゃったらどうするつもりなの? 責任取れるの? ねえ、答えてよ答えてよ答えてよ! 返答次第では……殺すよ?」
「ちょ……な、なんだこいつっ? どこから包丁を取り出しやがった!」
——黒羽が包丁をナンパ男の顎に当て、脅しをかけている最中であった。
「ぬおっ! こっちの女も……ペンチで殴ってこようとしやがったぞ!」
視線を向けるまでもないが、どうやら後方では凜も応戦していたらしい。
「こいつら頭がおかしい!」
「男は男で死んだ魚の目をしてやがるし……こんなヤツ等に構っている暇はねえ!」
そんなことを言って、男共は僕達の前から去っていった。
「ふう……大丈夫だった? 黒羽」
「うんっ! 助けてくれてありがとう。やっぱり悠人君は私の騎士だよぉ……」
うっとりした瞳で僕を見上げてくる黒羽。
「ちょ、ちょっと! どうして、私を助けなかったのよ!」
「凜、いたのか。助けなくても、なんとかなったじゃないか」
「そういう問題じゃないの! 私は悠人に助けてもらいたかったの!」
僕達がいちゃいちゃしているのに、何故だか凜は怒り心頭のようであった。
こいつを助ける義理はない。
「それで……もう二時間経ったみたいだけど」
有耶無耶になりかけていたが、結局どっちが勝ったんだろう。
というより、どうやってカウントしていたのか。
「わたしは百人にナンパされたよっ!」
「私は千人!」
「わたしは一万人!」
なんてことだ。
どうやら自己申告制だったらしい。
「悠人君」「悠人!」
「「どっちが勝ったのっ?」」
…………。
やれやれ。
僕は凜の方を見ていない。っていうより、今まで存在を忘れていた。
だから正確にカウントしていなかったが、どっちが勝ったのかは言うまでもないだろう。
「……勝者、黒羽!」
「やったー!」
「さっきから依怙贔屓すぎないっ?」
というわけで。
二戦目も黒羽の勝利で幕を閉じた。