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8・料理に危険はつきものだ

「一つ目は……料理対決!」


 というわけで、僕達は学校の家庭科室まで足を運んでいた。

 もちろん、家庭科室の扉にも鍵がかかっていたが、黒羽がトンカチでトントントンと可愛くノックしたら開いてくれた。


 きっと黒羽の可愛さに、ドアも逆らえなかったのだろう。


「い、良いわね……面白そうね……」


 顔面のパーツが五個程足りないこと新田凜はそんなことを言うものの、どこか焦っているようにも見えた。


「降参するなら今のうちだよ? もう悠人君に近付かないって誓えるなら、指一本で許してあげる」


 黒羽の実力は手作りお弁当で実証済みだ。

 美味しいことはさることながら、体の内からポカポカ温まってくる健康的なお弁当だった。


「それは私の台詞よ。悠人と別れる、っていうなら右目一つだけで許してあげるわ」

「ふんっ。後で指がぜーんぶなくなっちゃってから、泣いても許してあげないんだからねっ!」

「勝負のルールは?」

「そうだね……料理は肉じゃが! それで最後に悠人君に食べてもらってどっちが美味しいか決めてもらう……ってのはどう?」

「それで良いわ」


 そういうわけで、二人はエプロンを着て(家庭科室にあるものを適当にパクった)、料理対決が開始。


 少々物騒な単語が聞こえてきたが、料理というものは危険がつきまとう。

 指や目がなくなってしまうことも、もしかしらそこまで珍しいことじゃないかもしれない。


「なかなか良いお肉があるね」

「じゃがいもも見つけたわ」


 お肉とじゃがいも、タマネギといった食材は冷蔵庫や棚に残っていた。

 本来、無許可でそんなの使ったらダメだと思うけど、黒羽が「そうしたい」と言うなら受け入れるのが普通だろう。

 無論、受け入れなければならないのは家庭科の先生であるけど……。


「あら、私の方のお肉……消費期限が切れてるみたい。まあいっか」


 おい。


「ふふふ……肉じゃがで悠人君のハートを鷲づかみにしてあげるんだからっ。隠し味にマムシドリンクを入れて……」


 黒羽は可愛いなあ。

 料理上手で可愛くて最高の彼女だ。


「……包丁はどうやって持てばいいのかしら? まあ使い慣れてるペンチで潰した方が早いか」


 凜よ、貴様はなにを作るつもりなのだ?

 ポテトサラダでも作るつもりなのか?


 料理対決が始まって三十秒で分かった。


 凜……お前、料理が苦手なタイプだろ?

 実際、消費期限は気にしないわ包丁は使えないわで、見ているとどんどん謎の物体が作られていくのが分かる。

 うわ、じゃがいもが紫に変色した? そのお肉、こっからでも異臭がするけど大丈夫ですか?


「うーん……悠人君、ちょっと味見してくれるかな?」


 小皿に肉じゃがの出汁を入れて、黒羽が差し出してくる。


「受け入れるよ」

「……って、ルール違反じゃないの! 悠人に付きまとうビッチ女!」


 後ろでなにやら凜がぎゃあぎゃあ騒いでいたけど、お前を受け入れる筋合いはない。


 僕は小皿を口に付けて、出汁だしを舌の上で転がしてみる。


「……! 美味しい!」

「そうっ? 良かった!」

「ちょっとピリ辛だね。舌がひりひりするよ」

「一緒に入れた媚薬がちょっと多すぎたのかな?」


 黒羽の方は問題ないだろう。


「ちょっと悠人! 私の肉じゃがも味見しなさいよっ」

「なに言ってんだ。どっちかを依怙贔屓えこひいきするわけにはいかないだろう。甘えるな」

「理不尽っ!」


 そんなわけで。

 肉じゃがの良い匂い(黒羽)と、識別不能の臭い(凜)を家庭科室に充満させながら、料理は進行していった。

 なんか凜の方の鍋からは、緑色の蒸気が立ちこめているみたいだけど大丈夫だろうか?


「出来たっ!」

「完成よ!」


 程なくして、二人が料理を完成させ、お皿に盛りつけて僕の前に置く。


「うわあ……美味しそうだね、黒羽の方は」


 王道の肉じゃがといったところで、少しニンニクの匂いが強いものの、黄金色こがねいろに輝いているように見えた。


「やったー!」

「食べなくても分かるよ。勝者、黒羽!」

「一つ目の勝負はいただきだねっ」

「ちょ、ちょっと! 食べてから判断しなさいよ!」


 凜……お前は、僕にこれを食べろと言うのか?

 と問い質したくなる程、凜の方の肉じゃがは食欲をそそられるものではなかった。


 ってか、これが料理だと信じたくない。

 肉とじゃがいもはどこいった?

 僕にはお皿にとぐろを巻いたヘビが載っているようにしか見えない。


「凜よ……これはヘビに見えるけど、僕の見間違いかな?」

「ちっちっち。ただのヘビじゃないわよ。それはハブよ!」


 なんてことだ。

 ヘビの中でも猛毒を持つハブをここでお目にかかれるなんて。

 全く。とんでもないヤツだ。


 ……って。


「僕にこれを食べろってことっ?」

「そうよ? 当たり前じゃない」

「お前はどういうつもりで、僕にハブを食べさせようとしてるんだ? それに沖縄でもないのに、どうしてハブがいる?」

「元気が出ると思ってね。ゆ、悠人には……いつでも元気でいて欲しいからねっ」


 凜よ、どうして恥ずかしそうに顔を背けるんだ。


 ……ふう。

 やっぱり勝負は食べる前に決している。


「勝者……やっぱり黒羽!」

「やったー!」

「ちょっと待ちなさいよ! せめて食べてから決めなさいよ! あっ、もしかして私に食べさせて欲しいとか?」


 そう言って、凜は器用にペンチでハブを掴み、僕の口へと近付けてきた。


「悠人、しゅきよ。はい、あーん……」


 ハブの牙が僕の顔へと接近していく。

 正常な僕なら断って、凜に怒声の一つでもくらわせてしまうだろう。


 しかし——何度も言うように、僕は人の愛に飢えている。

 その結果、凜がなにげなく口にした「しゅき」という言葉にも、体が反応してしまう。


「……!」


 動けない。

 凜の愛情を強制的に拒むことが出来なくなっている。

 操られるようにして、自分の口がゆっくりと開き——。



 ひゅんっ。



 頬を鋭利な刃が通り過ぎた。


「悠人君、悠人君? 今、そこの新田凜を受け入れたように見えたけど、気のせいかな? もしかして、浮気なのかな?」


 バッと意識が元に戻り後ろを向くと——黒羽が包丁を持って、真っ黒な瞳をこちらに向けていた。


「く、黒羽っ。違うんだ、これは……」

「——それよりも、新田凜。あなた、やっぱりこの世から消えるべきだね」

「折角良いところだったのに邪魔しないでよ」

「幸いここは武器庫だ。剣(包丁)ならいっぱいある——」

「望むところよ」


 お皿が飛び、血が交わり、二人は交錯しながらお互いの命を取ろうとしている。


 ……結局、料理対決は二人の実力行使によって有耶無耶うやむやになってしまった。

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