7・本気を出させてもらおう
「く、黒羽っ? どうしてここにっ?」
突然現れた黒羽に対し、戸惑いを隠せない僕。
「寂しくなって、もう我慢出来なかったから来ちゃった」
「なんてことだ! なんて出来た彼女なんだ!」
全く。僕はなんて幸せ者なんだ。
「えへへ、出来た彼女だって……悠人君に褒められちった……」
黒羽の顔がとろける。
しかしすぐに表情を引き締め直して、
「この……女狐。早く悠人君からどいて!」
「嫌よ。それに、悠人君から誘惑してきたのよ?」
「嘘を吐かないで! 悠人君はあなたのことを鬱陶しいとしか思ってないんだから!」
なんてことだ。
凜の言うことに一ミリの疑いも抱かず、僕の愛情だけを信じてくれている。
こんな黒羽だからこそ、僕は好きになったんだ。
「悠人君に仕掛けていた盗聴器から、あなたとの会話を丸聞こえなんだからね!」
ああ、納得。
どちらにせよ、二十四時間僕の声を聞きたかったということなので、結果オーライとする。
「早く悠人君からどいて!」
「嫌よ」
「じゃあ——力尽くでどかしてあげる」
キラッ。
包丁の切っ先が一瞬の煌めきを見せたかと思えば、黒羽は凜との距離を詰めていた。
「死ね!」
黒羽が包丁で一閃する。
それは洗練された動きに見え、とても一朝一夕で身に付けたものには見えなかった。
「動きが鈍いわ」
それなのに——凜は素早く僕の体から離脱し、包丁を回避する。
「そんな物騒なもの持ち歩いているなんて、本当に女の子かしら?」
「包丁くらい! 嫁入り道具として必要でしょ。がさつなあなたには分からないと思うけど」
「嫁入り道具? ふざけたことを言わないで。それに私はあなたと違って、もっと知的なものを持ち歩いているわ」
そう言って、凜は制服の内ポケットから文庫本を取り出す。
「なに? その本はまさか鉄製で、ぶん殴ってわたしの頭でもかち割るつもり?」
「そんな野蛮なことするわけないでしょ」
鉄製の本なんてあってたまるか。
凜は文庫本のページをパラパラとめくり、
「この栞があなたを殺すわ」
——ペンチを取り出した。
えっ、ペンチ?
最近の女子校生は栞代わりにペンチを使うことが、当たり前なのだろうか。
「これであなたの歯を一本ずつ抜いて上げる」
「わたしはあなたの腸を料理してあげる」
黒羽と凜が交錯。
キィンッ!
包丁とペンチが当たり、力が拮抗する。
「へえ、なかなかやるじゃない。でも私はまだ本気を出していないわよ」
「それはわたしの台詞。悠人君——リミッター外させてもらっていいよね?」
そう言って、黒羽が僕の方に顔を向ける。
彼女の全てを受け入れることにした僕はその答えは最初から決まっている。
「受け入れるよ——やれ」
「はぁぁあああああ!」
黒羽が二本目——いや、五本の包丁をどこからともなく取り出して、それをお手玉のようにして操り、凜を細切れにしようとする。
「私も——久しぶりに本気を出させてもらうわ。はぁぁあああああ!」
凜の方も負けじと五本のペンチを取り出して、応酬する。
それは凄まじい攻防戦であった。
空中で包丁とペンチが当たり床に落ちたかと思えば、すぐさまそれを二人が拾って攻撃する。
狙いは顔とか胸とかに定められていたので——間違いない。この二人、本気で殺し合いをしているのだ。
本来、殺し合いなんて真似は止めるべきだけど、僕はそれを傍観する。
何故か?
黒羽が「そうしたい」と言ったからだ。
ならば僕が口を挟む道理はない。
「はあっ、はあっ……なかなかやるね」
「あなたこそ……」
二人の肩がしんどそうに上下した。
「二人の実力は……同じということなのかっ?」
その光景を見て、驚いて僕はぼそっと呟く。
「うん、残念だけどこの女。なかなか強いみたい」
「そうね。この悠人に付きまとうビッチ女。女の子としての魅力は皆無だけど、殺し合いの力は最低限あるみたいね」
「悠人、って呼び捨てにしないで。もっと言うと、あなたは悠人君の名前を呼ばないで」
「悠人悠人悠人悠人悠人悠人悠人悠人悠人」
「本気で殺すよ?」
……それにしても、結構激しく戦ったと思うけど、心配して先生とか見に来ないのだろうか?
ってか放課後になって、まだ一人も図書室に来てないな。
図書当番の意味あるのだろうか。
「こうなったら、もっと別の方法で決着を付けよっ」
と黒羽が提案する。
「望むところよ」
それに凜がニヤッと口角を上げ応える。
「殺し合いしか脳がないあなたには無理だと思うけど……どちらが女の子としての魅力があって、悠人君にふさわしいか……それを今から対決する」
「面白そうね。でも良いの? 脳筋のあなたに不利な勝負のように思えるけど」
「それはわたしの台詞だよ。殺し合い力は取りあえず引き分けとして、もう二つの分野で勝負しよ」
「良いわよ。それで具体的には?」
「可愛さと料理——この二つであなたを叩きのめす」
「ふふふ、面白そうね。受けて立つわ。でも叩きのめされるのはあなたの方よ、三ヶ森黒羽」
「減らず口を叩けないようにしてあげるね。新田凜」
どうやら話し合いがまとまったらしい。
示し合わせたようにして、図書室から出て行く二人。
僕は頭を掻いて、受付のところにある置き時計を見た。
「……おっ、丁度図書当番の時間も終わったみたいだな」
なら僕の役割も終わったことになる。
黒羽が心配だから、勝負の行方を見に行かないと。
そう思い、急いで僕は二人の後を追いかけた。