6・彼女と離れていても心は一緒
あれから僕は黒羽と甘い恋人生活を満喫していた。
そんなある日……。
「悠人君。少しだけお別れだね」
廊下で黒羽は僕の手を握り、寂しそうにそう告げた。
「うん……それにしても、黒羽……本当に大丈夫? 寂しくない?」
「そりゃ、寂しいに決まってるよ! でも……! わたし、頑張るからっ」
と握り拳を作る黒羽。
——黒羽は成績優秀で人望もあるため、クラスの学級委員もやっているのだ。
そして今日は学年の学級委員が集まり、クラス運営について話し合う『委員長会議』が放課後行われる。
そのため、僕と黒羽は一時間程離ればなれになってしまうのだ。
一時間も黒羽と離れることは(付き合ってからは)多分初めてなので、身が張り裂ける思いがする。
「僕も図書委員としての仕事を立派に果たしてみせるよ」
「うんっ! ……一応、もう一回聞いておくけど……あの女狐と一緒じゃないよね?」
「新田凜のことか? ははは。大丈夫。今日は僕一人だけが図書当番だから」
「だったら良いんだっ」
それに前みたいなことがあったし、新田凜も迂闊に喋りかけてこないだろう。
「黒羽こそ……本当に寂しくないの?」
「ふふん、寂しいのは悠人君の方じゃないのかな?」
「そうかもね」
「寂しくなったら、すぐに『ABYSS』でメッセージ飛ばしてねっ。委員長会議なんて、すぐに放り出して悠人君のところ行くからっ」
「黒羽の方こそ」
「うん! 分かった!」
黒羽は僕の手をブンブンと振って「じゃあね」と、委員長会議が執り行われる視聴覚室へと去っていった。
「さて……寂しいけど、僕も図書当番を頑張るか」
ただでさえ、最近サボりがちだったんだ。
たまにはちゃんとやらないとね。
それから、五秒歩くと図書室の前に到着した。
ってか委員長会議がある視聴覚室の隣の隣にあるのだ。
「これだけ近かったら、すぐに黒羽の元へと駆けつけるね」
そのことに安堵しながら、図書室の扉を開ける——。
すると受付のところで、
「やっと来たわね」
「げっ……どうして新田凜がここにいる……」
出来損ないの産業廃棄物こと新田凜が座っていた。
「なによ。私がいちゃダメなの?」
頬を膨らませる新田凜であるが、豚の真似だろうか?
「あなた、久しぶりの図書当番でしょ? 心配になったからね。私も一緒にやってあげるわよ」
「そんなのいらない。どうしてもこの場にいさせてもらいたいなら、僕に話しかけないことだ。そうすれば長生きする」
「そんなこと言わない言わない〜」
全く。相変わらず腹が立つ女だ。
どく気配もないので諦めて、新田凜の隣に座る。
「ねえねえ、篠宮君」
話しかけるな、と言ったのに座ってものの五秒で口を開いた新田凜。
「前はありがとう。私をかばってくれたんだよね?」
「…………」
「篠宮君のそういうところ好きだな。可愛い顔してるけど、いざとなったら頼りになるところっ」
「…………」
「あっ、私ね。最近『ABYSS』始めてみたんだ。良かったら、登録させてくれない?」
「…………」
「ちょ、ちょっと! なんで立つのよ!」
うるさいからだ。
本当はトイレ中以外は、受付からいなくなってはいけないんだけど、今日の図書室はいつも以上に閑散としているから大丈夫だろう。
グルグルと図書室を歩き回っていたら……。
「ん? なんだこりゃ」
テーブルの上に、明らかに手作り感満載の冊子が置かれていた。
中をパラパラとめくってみると、どうやら小説が載っているらしい。
題名は『血の贖罪』。
そこにはこう書かれている。
ああ、血が欲しい。わたしは下へと真っ逆さまに落ちていく花弁。あなたのことを考えると、目から血が流れ落ちる。
ああ——あなたの敵となる女は、わたしの毒で呪い殺してやる。
「変な小説だな」
「あっ! それ、私が書いた小説なんだ」
お前かよ!
ってかいつの間にか背後に立つな。
「私……小説が好きで好きで、それで図書委員になったんだ。だから自分の書いた小説を図書室に置いて、誰かが見てくれたらいいなあって思ってね……」
「気持ち悪いことをするな、凜」
「えっ? 今なんて言った?」
「気持ち悪いことをするな、凜——と言ったんだ」
「……嬉しい! とうとう、下の名前で呼んでくれたわね!」
いや、『新田凜』という名前は長いから、凜と縮めただけだ。
新田よりは言いやすいし、特に深い意味なんてない。
「じゃあ私も悠人って呼ぶわね」
「どうしてそうなる」
お前とはそう距離を縮めた記憶もない。
こいつ鬱陶しいなー、早く黒羽に会いたいなー、と思っていた時であった。
『ABYSS!』
スマホからそんな音が聞こえる。
「おっ……メッセージ」
僕はポケットからスマホを取り出して、届いたメッセージを見た。
『くろは:寂しい……もう我慢出来ない。会いたい……』
「……凜。悪いが、これで茶番は終了だ」
我ながら無駄な時間を過ごしたものだ。
そう言って、僕は図書室の扉へと手をかける。
「ちょ、ちょっと! どこに行くつもりよ……まだ当番の時間は終わっていない——」
「図書当番ごときよりも大事なことが出来た。後は凜が適当にやっといてくれ」
愛しい黒羽が呼んでいる。
僕は彼女の全てを受け入れようと思っているから。
彼女が「会いたい」と一言言えば、例え地球の裏側にいてもすぐに駆けつけよう。
「ま、待ちなさいよ! そんなの許さないんだからね」
「むっ、離せ」
「嫌よ。久しぶりの図書当番くらい、最後までやりな——キャッ!」
押し問答を繰り広げていると、つい足がもつれてしまう凜と一緒に転んでしまった。
「お、お前! なにをするん——だ?」
「はあっ、はあっ。悠人! もう我慢出来ない!」
僕のお腹に馬乗りになり、両手首を押さえる凜。
元々凜は身長が高いのもあって、もがいても脱出することが出来なかった。
「悠人。いただくわね」
「ちょ、ちょっといきなりお前はなにを——!」
凜の唇が迫ってくる。
おいおい、こいつなにをするつもりだ。
凜の瞳が閉じられる。
おいおい、まさかキスをするつもりじゃないよな?
助けを呼ぼうにも、ビビってしまい声が出せない。
何故なら——キスとは最高の愛情の形だと思っているからだ。
人の愛に飢えている僕に、それを向けられればどうなるか?
結論、思考停止に陥ってしまう。
「……!」
そのまま凜の顔が落下していき、唇と唇が引っ付こう——
「また悠人君を誑かしてるっ! この女狐!」
——とした瞬間、バッと図書室の扉が開けられ、外から人が入ってくる。
「く、黒羽っ?」
黒羽は髪を逆立たせて、右手には包丁を携えていた。