22・受け入れるよ
一度口を割った日下部は、今までのことが嘘だったかのように饒舌になり、真相を語り出した。
「そもそもボクは自分が女の子であることを隠していない」
というのが日下部談。
いわく、「自分はただ男装趣味があるだけなのに、周囲が勝手に勘違いする」ということだ。
「でも、わたしには『自分は男だ』って嘘を吐いたよね? それはどういうことかな?」
包丁の切っ先を、日下部の顎にピタッと付けたまま追及する黒羽。
それに対し日下部は表情を歪ませ、
「あ、あの時はそうでも言わないと殺されそうだったからだ! 仕方がないんだ!」
「黒羽に嘘を吐くなんて、とんだ詐欺師だ。そんな男……いや、女は黒羽によって断罪させられるべきだ」
「し、篠宮っ? お前はボクの味方じゃなかったのかっ?」
「いつ僕がお前の味方になったんだ?」
勘違いもはなはだしい。
「黒羽——受け止める。こいつを殺っちゃってもいいよ」
「ありがとう。でも殺すのはもっと情報をもらってから。今殺すのは早すぎだよ、悠人君」
なんてことだ。
このような状況になっても、黒羽は大局観を見失わない。
全く。焦って事を進ませようとした僕とは、元から頭の作りが違う。
「……殺されるのは確定なのかっ?」
なんか日下部がツッコミを入れていたが、虫の囀りくらいにしか聞こえない。
「じゃあ話を進めようね。もう一つ——日下部青葉。お前の狙いはどこにある? お前は一体なにを企んでいるんだ。どうして、わたしを攻撃しようとしたの?」
黒羽が可愛く質問する。
きっと、相手が恐怖を覚え失神してしまわないためだろう。
あれ程振り回していた包丁を、今では胸元にしまって、代わりにカッターナイフを突きつけている。
それなのに——日下部はガタガタと震え、
「——お、お前が邪魔だったから……だ!」
絞り出すように声を出した。
「わたしが邪魔……?」
「そうだ! ボクと篠宮の愛を邪魔するヤツはみんな死んじゃえばいい!」
……。
…………。
はっ?
こいつ、なに言ってんだ。
「極刑ね」
僕がまだ混乱している間にも、黒羽は素早く包丁を十本取り出した。
そして、それを指の間に挟んだり、はたまた一本は口に咥えたままで日下部に罪状を読み上げた。
「んぐにやんぐにやんぐにやんぐにやんぐにやんぐにやんぐにやんぐにやんぐにやんぐにやんぐにやんぐにやっ……」
「黒羽。包丁を咥えたままだから、なに喋ってるか分からないよ」
僕は横から優しく、口に咥えている包丁を取ってあげる。
「ありがとう、悠人君。なんか喋りにくいと思ってたら、そういうことだったんだねっ」
黒羽が小さく舌を出す。
——うん、可愛い。
いつもは完璧なんだけど、ちょっと抜けているところが彼女の可愛いところなんだ。
「……一体ボクはなにを見させられてるんだ」
ぼそっと日下部が呟いた。
「黒羽——こいつを殺す前に、もう少し詳しく話を聞きたいんだけど良いかな?」
「受け入れるよっ」
「ははは、黒羽。僕の真似かい? 黒羽は面白いなあ」
「悠人君のことは三百六十五日二十四時間監視してるから、物まねくらいお手の物だよ〜」
「……ボクが殺されることはなんとか回避出来ないのか?」
さて、と。
日下部に向かい合って、
「僕のことが好きってどういうことだ、日下部青葉。僕は君に愛を向けられる筋合いはないぞ」
と尋ねた。
すると日下部はぽっと頬をピンク色に染めて、
「……入学してっ! 一目見た時から好きになったんだ! 何度か告白しようと思った……っ。でも出来なくって! 篠宮が文芸部に入部してくれるってなって、飛び上がる程嬉しかった……これがチャンスだって! ……でも、篠宮の隣には邪魔な子がいて……っ!」
恥ずかしそうにしながらも、訳の分からないことを語ってくれた。
ふむ。
実際、僕は人の愛に飢えているものだから、そういう意味では愛を向けられるのは悪いことではない。
しかし——今は黒羽という可愛い彼女もいるんだし、彼女に危害を加えるなら全く別問題となる。
つまり——。
「やっぱり極刑だな。黒羽」
「うん、分かってる」
「喋ってもやっぱ無駄だったじゃないかっ!」
黒羽は瞳を真っ黒なものとし、地面を勢いよく蹴って日下部に襲いかかった。
無論、日下部は椅子に固定されているままだ。動けない日下部を、彼女が解体するのは容易い。
血が部屋に飛び交い、凄惨でプリティーな現場が実現しようかとした時——。
「……よし! やっと解けた!」
と——日下部は叫び、包丁が目に当たる寸前で、椅子から脱出した。
よく見れば、手首がぶらーんとしているように見えた。
「ふうん、やるね。まさか手首の関節を外せるとは思わなかった」
感心したように、黒羽が喉を鳴らす。
手首の関節を外すなんて、全く、なんて女の子らしくないことをするんだ。将来は大道芸人にでもなるつもりだろうか?
「でも、まだまだだね。私は手首だけじゃなくて、肩も足も外せるからね」
……前言撤回。
関節を外せるくらい、可愛い女の子の嗜みだ。
「じゃあ始めようか。言っておくけど、わたし、あなたに負ける気ないから。悠人君をあなたに渡すつもりなんてないんだからねっ」
覚悟を決めた若き乙女は強い。
黒羽は半身を相手に向け、包丁を構えた。
日下部もハサミを取り出し、応戦する。
「バーカ! 誰が戦うか! どうして、お前みたいなヤツと戦わないんといけないんだーーーーー!」
……かと思ったら、日下部は身を翻し、素早い動きで拷問室から出て行った。
「篠宮! 明日も文芸部の部室で待ってるからねっ」
最後に、日下部は言い残していった。
「……逃げ足の速いヤツだ」
黒羽と戦わず、逃げた日下部に対して僕は呆れの感情を抱いていた。
「そうだねっ。いつかこの借りは返さないと……」
それがあまりにもみっともなく、追いかける気も失せたのか。
クルクルと包丁を回して、元の黒羽に戻るのであった。
◆ ◆
翌日の話。
僕達は田中先生のところに行き、文芸部の退部届を出した。
当たり前だ。あんな危険人物がいると分かったなら、わざわざ部活をするメリットがない。
「あーあ……もっと悠人君と部活いちゃいちゃしたかったのになあ……」
「僕もそうだよ。でも、短い間だったけど楽しかった。本読みは部活じゃなくてもしてもらいたいね」
「じゃあ帰ったら、わたしの部屋でしてあげるねっ」
「助かるよ」
六時間目の授業が終わり、最近にしては珍しく直帰しようと昇降口に向かっていた。
一階へ下る階段を、黒羽と手を繋いで下っている時であろうか。
「……退部届は破かせてもらったからね」
と。
風が通りすぎたと思ったら、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
僕は慌てて振り返る。
「どうしたの? 悠人君?」
黒羽が首を傾げる。
……いない。
いや、いないように見えるだけで実は——。
「……まあいっか」
視界に入ってこなければいいのだ。
僕の世界には黒羽さえいればいい。
それはこれからだって同じことだ。
「……ねえねえ、悠人君」
「なに?」
僕はさっき起こった怪奇現象を記憶から消し、黒羽の方へ顔を向けた。
「悠人君、わたしのこと好き?」
「ははは、なに言ってんだ。好きだよ、大好き」
「ホント? だったら、ずーーーーーーっと近くにいてね?」
むぎゅっと腕を抱かれる。
きっと新田凜や日下部青葉のこともあり、黒羽も心配になったんだろう。
僕が他の女のところへ行ってしまうかも、って。
でもそれには心配及ばない。
何故なら——僕は彼女の全てを。
「受け入れるよ」
すこし短いかもしれませんが、これでヤンデレ彼女完結です!
ここまでご覧頂いた方ありがとうございましたm(_ _)m
もしよかったら、作者ページから他の作品も読んでいただければ嬉しいです!




