21・拷問のテンプレート
薄暗い一室。
「ん……? ここはどこ?」
その中で、罪深き日下部青葉は目を覚ました。
「な、なんだよこれ! どうなってるんだよ!」
両手両足を結ばれ、椅子に固定された状態——でだ。
「口を慎んでくれるかな、日下部青葉」
それを見下しているのは僕の可愛い彼女の黒羽だ。
黒羽はムチを持って、日下部をまるで獲物を捕らえたライオンのように見ている。
あまりにも美しすぎて、僕でもぞっとしちゃうくらいだね。
それでも、愚かな日下部は怯む様子なく、
「な、なにしてんだよ! ここはどこなんだ! 早くここから離せ!」
「だから静かにしろ、って言ってるんだけど分からないかな?」
ピシッ!
ムチで日下部の足下を叩く。
「ひっ!」
「それに言いたいことは一言にまとめて。どこから答えればいいか、分からないからね」
ふむ。
一発目で日下部の顔を狙わなかったのは、黒羽の優しさである。
こういう状況になっても、捕虜の相手に優しさを忘れない黒羽。マジ天使僕だけの天使。
「ここはどこ? ——って質問は簡単なこと。ここはわたしの自宅の地下だよ」
「ち、地下?」
日下部が訝しむ。
そう——。
実際、黒羽が日下部を刺したように見えたけど、本当は両手にはスマホを持ってそのまま体当たりしただけらしい。
日下部は殺されても仕方ないと思うけど、黒羽曰く「まだ死んでもらっちゃ困る」ということだった。
そして僕達は二人で日下部をここまで運んできた。
途中、電車の中とかでかなり怪訝そうな視線を向けられたが、黒羽が包丁を見せたら黙ってくれた。
「拷問室として使っているんだよ。どこの家にもあるよね。ねえ? 悠人君」
「当たり前だ。核シェルターと同じくらい、一家に一室あって当たり前と言われている」
「そ、そんな常識があってたまるか——ひっ!」
日下部が口答えするたびに、黒羽がムチで脅しをかける。
……いや、僕の家の地下には『拷問室』はないけど、黒羽が言っているのならそれが常識なんだろう。
「そしてもう一つの答え。ここから離せ? 笑止。どうして、今から拷問をかける相手を解放しないといけないの?」
「ボ、ボクを拷問にかけるつもりかっ!」
「そう。日下部青葉には聞きたいことがやーーーーーまほどあるんだからね」
そう言って、黒羽は日下部との距離を詰める。
「ちゃんと答えてくれるよね?」
黒羽が可愛くお願いしているのに、
「ふ、ふんっ! 誰がお前なんかに正直に話してやるものか」
と往生際が悪く、ぷいっと視線を逸らした。
「……はあ。悠人君」
「うん、分かってる」
黒羽とアイコンタクトをするだけで、彼女がなにを考えているのか分かるのだ。
僕は拷問室にある棚の中から、とあるものを取り出す。
「それは……爪切り……?」
「うん。これであなたの爪を切ってあげる」
後ろに回り込み、日下部の手を取って爪切りを構える黒羽。
「ははは。拷問って言うから、どんなものかとビビってたけど大したことなさそうだね。丁度爪が伸びてたから——って、いたたたたたっ?」
いきなり日下部が苦しみだした。
逃げようとするけど、体を椅子に固定されているために、バンバンッという感じで小さくお尻が浮くだけだ。
「なにをしているんだっ!」
「ああ、ごめんごめん。間違えた。爪を切るんじゃなくて、爪を取るんだった」
黒羽がグーした手で自分の頭を叩き、小さく舌を出す。
——可愛い。
いつもは凜としている黒羽であるが、ふとした時にこういうお茶目なミスが出るなんて。
全く。やっぱり僕の彼女は一番だよ。
「いたたたたたた!」
「どう? 言うつもりになった?」
爪切りで日下部の爪を挟んで、逆方向へと押す黒羽。
拷問のテンプレートとも言える『爪剥がし』を実践されてしまっている日下部であったが、
「い、言わないっ! 情報を全部吐いたら殺すつもりだろ!」
強情にも口答えするのであった。
「大丈夫。殺しはしないから」
「嘘だっ!」
「半殺しの状態で、この拷問室に閉じ込めておくだけだから。もう二度と悠人君に近付かないようにね」
「やっぱり嘘だっ?」
しばらく爪を剥がそうとしていた黒羽であったが、なかなか上手くいかないので諦め、
「……やっぱりただの爪切りだったら、爪剥がせないか」
爪切りを投げ出してしまった。
なんてことだ。
無理だと思ったら、ちゃんと損切りが出来る。
全く。黒羽はとんだ策士だよ。
「黒羽? 今度はどういう頭脳プレーで、日下部青葉を拷問するつもりだい?」
次になにが飛び出すかワクワクしながら、黒羽に問いかけた。
「今度は——この包丁で日下部青葉の目ん球を突き刺す」
胸元から包丁を取り出し、ジリジリと日下部に接近する黒羽。
「どこが頭脳プレーだ! 完全な肉体戦じゃないか!」
ああ、もう。良いところだというのに、この日下部とかいう人間はうるさいな。
ガムテープを口に貼りたいが、それでは喋ることが出来ないので悶々(もんもん)としてしまう。
「目が見えなくても、口さえ喋れれば良いよね?」
包丁の切っ先が、日下部の右目に近付いていく。
「ひっ! 本当にやるつもりか? お前がやっていることは、完全な傷害罪だぞ?」
「毒物でわたしを殺そうとしたり、ダンボールを落として頭をかち割ろうとしたあなたに言われたくない」
「本当か本当にやるのか? へっ、お前にはそんな度胸があるのか? 人を傷つけるってどういう意味か分かってるのか?」
「えっ? そんな度胸ないように思う?」
…………。
日下部が黒羽の顔を見て、しばしの沈黙。
やがて。
「……躊躇なくやりそうな気がしてきた……」
と顔を真っ青にした。
「まだ眼球には包丁を突き刺した経験がないから、丁度良いかもね。悠人君。こいつの目を壊してもいいかな?」
「受け入れるよ。やれ」
「止める人はいないのか!」
止める……人……?
僕がどうして黒羽のやることを、止めなければならないのだ。
黒羽は可愛い笑顔のまま、日下部の右目に包丁を突き刺——
「ああ、分かった分かった! 喋るから! 目は勘弁して!」
そうとした瞬間、ようやく観念した日下部が降伏した。
「最初から、そうすればいいのに」
計算通りとばかりに「ふっ」と笑い、黒羽は包丁を元に戻した。
「さあ、質問に答えて」
「……なにを聞きたいんだ?」
「どうして、わたしを傷つけ——いや、まず一つ目は『あなたは女の子なの?』ということ」
黒羽が地面に群がる蟻を見るような目つきで、日下部に問いかけた。
「あっ、あっ……」
パクパクと口を開いたり閉じたりしていた日下部。
やがてゆっくりとその口から真相が語られる。
「それは……」