20・恋する乙女の一撃は強烈だ
「尻尾を現した……どういうことかな?」
日下部は振り返り、黒羽に対してニヤニヤと笑みを浮かべる。
「とぼけないで。文芸部の棚の上に、これが見つかったよ」
そう言って、黒羽が掲げたのはなんの変哲もないスマホである。
それを見て、日下部の表情が一瞬歪む。
「……それで?」
「あのダンボールが落ちてきたのは必然だった。わたしがあの真下にきた時、あなたは電話なりメールをするなりして、このスマホを振動させた。そして——振動の衝撃によって、ダンボールが真下へと落下。計算通りなら、わたしが大怪我を負うはずだった」
なんと。
そんな真相があったとは。
さすが黒羽。
全く。名探偵も裸足で逃げ出すよ。
「だけど計算違いが起こった——そう、悠人君がわたしが助ける、という計算違いがね」
黒羽が持っているスマホをみしっと音が鳴るくらい握りしめた。
計算違い——果たしてそうだろうか?
僕にとって黒羽を助けることは既定路線だった。
あそこで黒羽を助けられない僕は——僕じゃない。
「ははははは! よくこの真相に辿り着けたね!」
日下部は手で顔を覆い、高笑いをした。
「ご名答! あのダンボール落下は必然だったのさ。よく気付いたね、三ヶ森黒羽!」
「最初からあなたは怪しいと思っていた。わたしに敵意を抱いているような視線……それを感じていた」
「女の子の勘、というヤツか」
「それで——どうして、わたしを狙ったの? わたしは悠人君といちゃいちゃしてるだけの、どこにでもいる女子高校生なんだけど?」
「黒羽。君はどこにでもいないよ」
「「えっ?」」
つい僕が話に割って入ったら、黒羽と日下部が一緒にこちらを向いた。
「黒羽程の可愛い女の子はいない。黒羽程のキレイな女の子はいない。君は特別だ。だからこそ、僕は黒羽のことが——大好きなんだ」
「ゆ、悠人君……っ!」
黒羽が手を組んで、うっとりした瞳になる。
そう——僕は黒羽のことが大好きなんだ。
無条件に愛を向けてくれる黒羽のことを。
「——なに、ボクがいるのにいちゃついてるんだ。見せつけてくれるねえ」
そう言って、日下部は胸元からハサミを取り出した。
「そのハサミでどうするつもり?」
僕から一旦目を離し、再度——警戒の色を濃くする黒羽。
「知られちゃったものは仕方ない。直接君を——殺す!」
日下部はハサミを向け、床を蹴って黒羽に接近した。
「させないっ!」
すかさず、黒羽も包丁を取り出して、ハサミを迎え撃つ。
包丁とハサミが交錯し、力が均衡する。
「ふふふ。やるね。これくらいの攻撃は避けるか」
顔と顔が引っ付きそうなくらい近付いて、日下部はニタアと不気味な笑みを浮かべていた。
「日下部青葉もやるみたいね。わたしと力が均衡するのは、新田凜しかいなかったはずなのに」
両手で包丁を握りしめたまま、黒羽の顔が僕に向けられる。
「悠人君——」
「うん、分かってるよ」
今では黒羽の表情を見ただけで、彼女がなにを考えているか分かる。
「——受け入れるよ。やれ」
「ありがとっ——はぁぁあああああああ!」
黒羽が息を吐き、もう一本の包丁を取り出して日下部の心臓を狙う——。
それから先は壮絶な戦いであった。
どうやら日下部の武器は、禍々しいハサミらしい。
包丁とハサミが行き交い、僕の方まで飛んできたので、ゆっくり観戦している暇もない。
日下部青葉もなかなかの実力らしい。
あの黒羽と互角に渡り合っている。
僕はその様子を、黒羽が買ってきてくれた缶のおしるこを飲みながら、見ていた。
やがて——。
「はあっ、はあっ。あなたもやるみたいね」
「君こそ」
二人が距離を取り、睨み合っている。
両手を膝に置かれ、肩で息をしていた。
「なんて攻防なんだ……」
全く。僕一人だけ置いてけぼりじゃないか。
もちろん、黒羽がピンチになったら助けに行こうとしたけど、僕なんかが加わる隙はあるのだろうか?
そう思えるくらい、凄まじい戦いであった。
「まさかこの学校でわたしを対等に殺り合える人が、二人もいるなんてね」
「それはボクのセリフだよ」
「でも、もう絶対に許さない。どうしてわたしを付け狙うか分からないけど、あなたは危険人物だもんっ」
黒羽が再度、包丁を構える。
ちなみに、黒羽は指に包丁を挟んだりして、両手で七本もの包丁を持っている。
さらに口に包丁もくわえ、ポケットからも包丁がはみ出ている。
「なんてことだ……」
これじゃあ、日下部は近付いただけで手痛いダメージを被るであろう。
全く。四方八方どこから見ても隙がない彼女だ。
「ボクだって、今回のことで確信したよ。やっぱり、君は排除すべきだ」
そう言って、日下部はハサミをちょきちょきとした。
日下部だって負けていない。
なんと足で器用にハサミを操っているのだ。
そのせいで日下部の体中から「チョキチョキ」とした音が聞こえる。
「なんてことだ……」
頭が悪すぎる。これだけハサミを持っていても、満足に操ることも出来ないだろう。
全く。センスのない男だ。
「いくよっ!」
黒羽が地面を蹴り、包丁で日下部の胸を斜め斬りする。
「むっ!」
しかし——寸前のところで日下部は後ろに避け、包丁の一撃から身を逃れた。
とはいっても、完全に回避しきれたわけではない。
「ちっ! もう少しで捉えられたのにっ」
黒羽が舌打ちする。
包丁は日下部の白シャツのボタンを切り割き、前がぱかーっと開けられた状態になった。
胸が露出する日下部。
とはいっても、男の上半身の裸なんて見たくないから、全く嬉しくなんてないけど——。
「えっ?」
それが目に入ってしまい、思わず声が出てしまった。
——日下部がブラジャーを身に付け、その胸は膨らんでいるように見えたからだ。
どういうことだ?
こいつには女装趣味があるのか?
いや、だったとしてもあの胸の膨らみは説明が付かない——。
「篠宮! 見ないでっ!」
日下部が慌てて、両腕で胸を隠す。
頬は赤らんでおり、女の顔をしているようにも見えた。
僕はなにがなんだか分かっていないけど——その一瞬の隙を見逃す程、黒羽は甘くなかった。
「——やっと届いた」
ズブッ。
やれやれ、恋する乙女の一撃は強烈だ。
一瞬、動きを止めた日下部の背中に向かって——黒羽は体当たりをかましたのだ。
その両手には、おそらく包丁が握られているだろう。角度的に見えない。
「くっ……っ!」
背中を刺されたであろう日下部の体が、ゆっくりと前に倒れていく。
そして——床へと転がり、動かなくなったのだ。
「やっと戦いが終わったか……」
「悠人君っ! やったよ! 褒めて褒めてっ」
ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねながら、黒羽が近付いてくる。
ウサギみたいで可愛い。
「うん、もちろんだよ——勝者、黒羽っ!」
「やったー!」
喜ぶ黒羽の頭を、僕はナデナデするのであった。