表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/22

20・恋する乙女の一撃は強烈だ

「尻尾を現した……どういうことかな?」


 日下部は振り返り、黒羽に対してニヤニヤと笑みを浮かべる。


「とぼけないで。文芸部の棚の上に、これが見つかったよ」


 そう言って、黒羽が掲げたのはなんの変哲へんてつもないスマホである。


 それを見て、日下部の表情が一瞬歪む。


「……それで?」

「あのダンボールが落ちてきたのは必然だった。わたしがあの真下にきた時、あなたは電話なりメールをするなりして、このスマホを振動させた。そして——振動の衝撃によって、ダンボールが真下へと落下。計算通りなら、わたしが大怪我を負うはずだった」


 なんと。

 そんな真相があったとは。

 さすが黒羽。

 全く。名探偵も裸足で逃げ出すよ。


「だけど計算違いが起こった——そう、悠人君がわたしが助ける、という計算違いがね」


 黒羽が持っているスマホをみしっと音が鳴るくらい握りしめた。

 計算違い——果たしてそうだろうか?

 僕にとって黒羽を助けることは既定路線だった。


 あそこで黒羽を助けられない僕は——僕じゃない。


「ははははは! よくこの真相に辿り着けたね!」


 日下部は手で顔を覆い、高笑いをした。


「ご名答! あのダンボール落下は必然だったのさ。よく気付いたね、三ヶ森黒羽!」

「最初からあなたは怪しいと思っていた。わたしに敵意を抱いているような視線……それを感じていた」

「女の子の勘、というヤツか」

「それで——どうして、わたしを狙ったの? わたしは悠人君といちゃいちゃしてるだけの、どこにでもいる女子高校生なんだけど?」

「黒羽。君はどこにでもいないよ」

「「えっ?」」


 つい僕が話に割って入ったら、黒羽と日下部が一緒にこちらを向いた。


「黒羽程の可愛い女の子はいない。黒羽程のキレイな女の子はいない。君は特別だ。だからこそ、僕は黒羽のことが——大好きなんだ」

「ゆ、悠人君……っ!」


 黒羽が手を組んで、うっとりした瞳になる。


 そう——僕は黒羽のことが大好きなんだ。

 無条件に愛を向けてくれる黒羽のことを。


「——なに、ボクがいるのにいちゃついてるんだ。見せつけてくれるねえ」


 そう言って、日下部は胸元からハサミを取り出した。


「そのハサミでどうするつもり?」


 僕から一旦目を離し、再度——警戒の色を濃くする黒羽。


「知られちゃったものは仕方ない。直接君を——殺す!」


 日下部はハサミを向け、床を蹴って黒羽に接近した。


「させないっ!」


 すかさず、黒羽も包丁を取り出して、ハサミを迎え撃つ。

 包丁とハサミが交錯し、力が均衡する。


「ふふふ。やるね。これくらいの攻撃は避けるか」


 顔と顔が引っ付きそうなくらい近付いて、日下部はニタアと不気味な笑みを浮かべていた。


「日下部青葉もやるみたいね。わたしと力が均衡きんこうするのは、新田凜しかいなかったはずなのに」


 両手で包丁を握りしめたまま、黒羽の顔が僕に向けられる。


「悠人君——」

「うん、分かってるよ」


 今では黒羽の表情を見ただけで、彼女がなにを考えているか分かる。


「——受け入れるよ。やれ」

「ありがとっ——はぁぁあああああああ!」


 黒羽が息を吐き、もう一本の包丁を取り出して日下部の心臓を狙う——。



 それから先は壮絶な戦いであった。

 どうやら日下部の武器は、禍々しいハサミらしい。

 包丁とハサミが行き交い、僕の方まで飛んできたので、ゆっくり観戦している暇もない。

 日下部青葉もなかなかの実力らしい。

 あの黒羽と互角に渡り合っている。

 僕はその様子を、黒羽が買ってきてくれた缶のおしるこを飲みながら、見ていた。

 やがて——。



「はあっ、はあっ。あなたもやるみたいね」

「君こそ」


 二人が距離を取り、睨み合っている。

 両手を膝に置かれ、肩で息をしていた。


「なんて攻防なんだ……」


 全く。僕一人だけ置いてけぼりじゃないか。

 もちろん、黒羽がピンチになったら助けに行こうとしたけど、僕なんかが加わる隙はあるのだろうか?

 そう思えるくらい、凄まじい戦いであった。


「まさかこの学校でわたしを対等にり合える人が、二人もいるなんてね」

「それはボクのセリフだよ」

「でも、もう絶対に許さない。どうしてわたしを付け狙うか分からないけど、あなたは危険人物だもんっ」


 黒羽が再度、包丁を構える。


 ちなみに、黒羽は指に包丁を挟んだりして、両手で七本もの包丁を持っている。

 さらに口に包丁もくわえ、ポケットからも包丁がはみ出ている。


「なんてことだ……」


 これじゃあ、日下部は近付いただけで手痛いダメージを被るであろう。

 全く。四方八方どこから見ても隙がない彼女だ。


「ボクだって、今回のことで確信したよ。やっぱり、君は排除すべきだ」


 そう言って、日下部はハサミをちょきちょきとした。


 日下部だって負けていない。

 なんと足で器用にハサミを操っているのだ。

 そのせいで日下部の体中から「チョキチョキ」とした音が聞こえる。


「なんてことだ……」


 頭が悪すぎる。これだけハサミを持っていても、満足に操ることも出来ないだろう。

 全く。センスのない()だ。


「いくよっ!」


 黒羽が地面を蹴り、包丁で日下部の胸を斜め斬りする。


「むっ!」


 しかし——寸前のところで日下部は後ろに避け、包丁の一撃から身を逃れた。


 とはいっても、完全に回避しきれたわけではない。


「ちっ! もう少しで捉えられたのにっ」


 黒羽が舌打ちする。


 包丁は日下部の白シャツのボタンを切り割き、前がぱかーっと開けられた状態になった。

 胸が露出する日下部。


 とはいっても、男の上半身の裸なんて見たくないから、全く嬉しくなんてないけど——。


「えっ?」


 それが目に入ってしまい、思わず声が出てしまった。



 ——日下部がブラジャーを身に付け、その胸は膨らんでいるように見えたからだ。



 どういうことだ?

 こいつには女装趣味があるのか?

 いや、だったとしてもあの胸の膨らみは説明が付かない——。


「篠宮! 見ないでっ!」


 日下部が慌てて、両腕で胸を隠す。

 頬は赤らんでおり、女の顔をしているようにも見えた。


 僕はなにがなんだか分かっていないけど——その一瞬の隙を見逃す程、黒羽は甘くなかった。


「——やっと届いた」


 ズブッ。


 やれやれ、恋する乙女の一撃は強烈だ。


 一瞬、動きを止めた日下部の背中に向かって——黒羽は体当たりをかましたのだ。

 その両手には、おそらく包丁が握られているだろう。角度的に見えない。


「くっ……っ!」


 背中を刺されたであろう日下部の体が、ゆっくりと前に倒れていく。

 そして——床へと転がり、動かなくなったのだ。


「やっと戦いが終わったか……」

「悠人君っ! やったよ! 褒めて褒めてっ」


 ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねながら、黒羽が近付いてくる。

 ウサギみたいで可愛い。


「うん、もちろんだよ——勝者、黒羽っ!」

「やったー!」


 喜ぶ黒羽の頭を、僕はナデナデするのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ