17・部活でダベる時にはお菓子が定番
「あっ、そういや黒羽。最近——黒羽に本を読んでもらってから、国語の成績が良くなってきたよ」
「ホントっ?」
「うん。今日の小テストもよく出来たと思うんだ」
これも黒羽の教え方……ってか本の読み方が上手いおかげだ。
気付いたんだけど、黒羽はただ本を読むだけじゃなく、しっかり抑揚も付けまるで本の世界に迷い込んでしまったかのような臨場感を持たせる。
声も澄み渡っており、外が少々うるさくてもよく聞こえる。
特殊な訓練はしていないのに、大したものだよ。
声優顔負けの技術を持っているかもしれないね。
「それにしても……たまには甘いもの食べたいね」
「甘いもの?」
「うんっ! だって、ただ部室で本を読んでるだけじゃつまらないでしょ? お菓子とかつまみながら、悠人君と女子トークしたいよ〜」
「ははは、僕は女子じゃないよ」
「女の子みたいな顔してるし、悠人君だったら女子トーク出来るよ!」
「黒羽がそう言うなら受け入れるよ。でも女子トークってなにをすればいいんだ?」
「うーん、恋とか愛とか恋とか恋とか恋!」
「ピンク色がかって可愛らしいね」
ふむ。
女子トークはともかくとして、確かに『部室でお菓子とかつまみながら、くだらないことを駄弁る』というのは定番であろう。
昔見た深夜アニメでそういう描写があったように思える。
黒羽が欲しているんだし、今からコンビニに突っ走ってお菓子を買ってこようか?
そんなことを考えていたら、部室に到着した。
扉を開けると——。
「えっ?」
「これはなに?」
——テーブルに所狭しとお菓子が並べられていたのだ。
「どうして誰もいないのにお菓子があるんだろ?」
黒羽が首を傾げる。
そんなの——決まってるじゃないか。
「黒羽が欲しいと願ったからじゃないかな?」
「わたしが?」
「うん。黒羽は可愛いからね。黒羽が願うだけで、お菓子の神がお菓子をプレゼントしてくれたに違いないよ」
神すらも崇める黒羽。マジ天使。
「えー、そうかなー?」
「そうだよ」
「ふふん。じゃあ食べさせてもらおうかな」
黒羽が「ルンルン」と上機嫌になる。
僕はテーブルに置かれているお菓子にもう一度視線を移した。
ただコンビニで売られているようなお菓子ではない。一つ一つがちゃんとしたケーキ屋さんかなにかで買ったようにも見える。
苺のショートケーキだったり、チョコーレート。バームクーヘン。シュークリーム……甘いものがそんなに得意でない僕でも、これだけのお菓子を見たらヨダレが出てしまう。
「ん? ティーカップ?」
僕達がお菓子に手を付けようとしたら、目の前をお盆に載ったティーカップが浮いていた。
これは……霊的現象?
「悪霊退散!」
黒羽がすかさずお札を投げる。
「だから! どうして、お札をいちいち貼るのさ! しかもボク抜きで勝手にお菓子の神だとか頭がおかしいこと喋ってたし……」
ぼやぁ〜って感じで、日下部がなにもない空間から突然現れた。
その片手にはお盆が持たれている。
「どうして、日下部青葉がここにいるの?」
「いやいや! ボクも文芸部の部員だから! 忘れないで!」
「これはもしかして日下部が用意したのか?」
と日下部を鬱陶しく思いながら、質問する。
すると日下部は「えっへん」と腰に手を当て胸を張り、
「いかにも! 全部、ボクの手作りなんだからね! ご試食あれ!」
「手作り? 日下部は男のくせにお菓子を作るんだ」
「そうなんだっ! お菓子作りが趣味なんだ」
「悪い趣味してるな」
「なんで辛辣っ?」
お菓子作りなんていう女々しい趣味。しかもそれを誇るなんて……本当に日下部は変なヤツだ。
「悠人君っ。わたしもお菓子作り好きだよ。また作ってあげるねっ!」
「ありがとう、黒羽」
なんてことだ。
お菓子作りも出来るなんて。
全く。黒羽良い趣味してるよ。
日下部が「女の子だったらいいのっ?」とツッコミを入れていたが、ちょっと意味がよく分からない。
「……ボクだって女の子なのにな」
「ん? 日下部。なにか言った?」
「い、言ってないよ! ほらほら、早速お菓子を食べてよ。ここに紅茶も入れてあげたからさ」
日下部が紅茶を差し出してくる。
これはレモンティーだろうか。紅茶の仄かな香りが鼻をくすぐってきた。
「じゃあいただくよ」
「あっ、篠宮はこっちじゃダメ! 左の方を取って!」
「ふうん? 分かった」
ああ、よく見ればこっちの方が量が少ないような気がする。
量が多い方を黒羽に飲ませてあげよう、ということなのか。
こいつ、そういう気遣いも出来るということか。
ちょっとだけ見直してやる。
「ほらほら! 三ヶ森さんも飲んでよ」
「…………」
ティーカップを手に取ったものの、黒羽はそれをじーっと見て、一向に口を付けようとしなかった。
やがて。
「……よくよく考えたら、わたし。知らない人から貰った物を、口に入れちゃダメって教えてもらってたんだ。いらない」
と紅茶の入ったティーカップを日下部に返したのだ。
「え……」
驚いたように目を丸くする日下部。
しかしすぐに「いやいや!」と取り繕うように、
「遠慮しなくてもいいからさ! それに知らない人じゃないじゃん! バリバリ関係者じゃん! 篠宮からも言ってあげて……」
「黒羽。それもその通りだ。それなのに、こんなものを用意する日下部の神経を疑うよ」
「さっきから三ヶ森さんの言うこと聞きすぎじゃん!」
ふう、やれやれ。
黒羽はあれ程お菓子を欲していたのに、日下部のお手製のものだと分かると、一切手を付けようとしなかった。
危機管理がしっかり出来ている。
全く。将来、子育てすることになっても彼女になら安心して子どもを任せられるよ。
「そうだ。黒羽。今からコンビニに行ってお菓子を調達してくるよ」
「あっ、うん! ありがとっ。でも悠人君一人で行かせるのも悪いから、わたしも行くよ〜」
「それが良いかもね。二人でお菓子選ぼう」
「うんっ!」
僕達は日下部とお菓子を放置し、手を繋いで部室から出て行った。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 酷すぎない? それに、コンビニのお菓子だったら良いのかよ! ちょ、本当に行くのっ?」
後ろから声が聞こえたような気がしたけど、振り返ったらお菓子と浮遊しているティーカップしかなかった。
★ ★
「どうしてバレたんだろう……」
二人が出て行った後の部室。
日下部は計画が失敗してしまったことに対し、肩を落とす。
「これを飲めば、一発であの女を殺ることが出来たのに……」
お盆をテーブルの上に置く。
もちろん、ティーカップに注がれている紅茶はただの紅茶ではない。
中に毒物である苛性ソーダが入っているのだ。
三ヶ森黒羽の方だけだ。篠宮に渡そうと思っていた紅茶はただの美味しい紅茶。
「今度こそ……仕留めるっ!」
自分で作ったお菓子をむさぼりながら、日下部は改めて強く決意するのであった。