16・新しい狂気
「ん、これはなんだ?」
今日も文芸部の活動中(黒羽といちゃいちゃするだけ)。
本棚を眺めていたら、不思議なものを見つけた。
「……文芸誌?」
手に取って見てみると、表紙にはこの高校の名前とそういう文字が書かれていた。
「手作り感満載だね」
後ろから覗き込んできたのは、僕の可愛い彼女黒羽である。
黒羽の言う通り、ホッチキスで紙束が止められており、とてもお店の売り場とかで並べられているようなものだとは思えない。
「本当だ……黒羽。これなんだか分かる?」
「んー、そうだね。多分、文芸部で作ったものじゃないかな?」
「文芸部で?」
「うんっ。だって高校の名前も書かれているし……きっとそうだよっ!」
黒羽が明るい顔をして言った。
「さすが黒羽。才女だね」
僕の彼女は可愛いだけではなく、頭も良い。
これだけの証拠で事件を即座に解決してしまうとは。
全く。名探偵も裸足で逃げ出すよ。
「ふふふ、そんなに褒めてもなにも出ないですよーだ」
「それでも凄いよ。将来黒羽は警察とかになれるんじゃないか?」
「あっ、それ良いかも! わたし、テレビで残酷なニュースとか流れると嫌な気分になるし……そういう事件、わたしの力で解決出来たらなあって」
「黒羽にピッタリだよ」
虫一匹すらも殺すことを躊躇う黒羽だったら、世の中に蔓延る凶悪犯罪……そう、猟奇的な殺人事件を解決出来るに違いない。
「気になるから、中身を見てみようか」
黒羽の頭の良さを再認識したところで、僕は『文芸誌』のページを捲ろうとした。
その時。
「ちょ、ちょーっと! なに普通に見ようとしてるんだ!」
ドスッと。
横から何者かに体当たりされてしまい、ふらついてしまう。
「な、なんだ……? 黒羽がしたんじゃないよね?」
「悠人君が傷つくようなことしないよ……となると……出てこい悪霊!」
黒羽はそう叫んで、お札をなにもない空間に投げた。
すると……。
「うわっ! またビリビリするお札じゃないか!」
——額にお札を貼られた日下部が現れたのである。
「えーっと、どなた様でしたっけ?」
「酷い! ボクは日下部青葉! 君達と同じ文芸部員じゃないか!」
あっ、忘れてた。
「いつからそこにいた?」
「最初からそこにいたよ!」
「存在感が薄すぎて分からない」
「うっ……くっ! それは自覚してるから、言わないでよぉ……」
しょんぼりと肩を落とす日下部。
中性的な容姿のため勘違いしそうになるが、立派な男の子らしい。
そういえば、あの後。黒羽と『日下部青葉』という人間の素性について調べてみたが、なかなか奇っ怪なものであった。
先生に聞いてみても「日下部という男子生徒……そんなのいないと思うんだが?」と首を傾げていた。
先生にも存在を認識されていないって。
どれだけ存在感が薄いんだ。
まあそれはともかくとして……。
「日下部青葉。この文芸誌はなんなの?」
黒羽が文芸誌を人差し指と親指を掴み、日下部に問いかけた。
「えっ、一人で本読んでるだけじゃ暇だから、自分で作ったんだけど……って、なに勝手に見ようとしてるんだ! 思わず口を挟んでしまったじゃないか! 勝手に見るなよ!」
「黒羽」
「うんっ。早速見させてもらうね」
「な、なんでっ?」
なんとなく面白そうだからだ。
暴れる日下部を羽交い締めにしてる隙に(何故だか、体がプニプニして柔らかかった)、黒羽が文芸誌をテーブルの上に広げた。
「これは……本のページ?」
そこには——切り取られた本のページのようなものが、何ページにも渡って貼られていたのだ。
切り取られた本のページは一冊からではなく、全部バラバラのように見えるけど……。
不思議に思っていると、日下部が観念したように、
「ボ、ボクは……気に入った本があって、その中でも特に気に入ったページや場面は切り取ってそういう風に保存しているんだ」
「どうしてそんなことを?」
「いつでも見返せるようにするためだ。新聞スクラップと同じようなもので不思議じゃないだろ?」
日下部が恐る恐るといった感じで口にする。
「悪い趣味しすぎだろ」
思わず、僕は思ったことを声にしてしまった。
「えっ?」
日下部が目を丸くする。
「新聞だったらともかく、普通本はそんなことしないだろ」
「ど、どうしてっ?」
「うーん、なんか勿体ないような気がするし? 新聞だったら記事ごとに独立しているから良いかもしれないけど、本は続けて読まないと内容もよく分からないだろ」
「そ、そんなことないよっ! ほら、ここの部分読んでみてよ!」
日下部がとある切り取ったページを指差す。
なになに……。
『恋心は淡い月光だ。少しずつなくなっていく。恋心が満ちていけば満月。そうすれば、私の心も満たされるに違いない。でも曇っていて、月が見えない時——私は彼のことを思い、切なくて苦しくなって死にそうになるんだ』
「これがなにか?」
「キレイな文章だと思わない? こういうのを見て、心を浄化するんだっ」
「ならないね。趣味が悪い。おかしい狂ってる。こういうことはもう止めといた方が良い」
ふう。
こいつ、存在感が薄すぎて変だと思っていたけど、どうやら頭も残念なヤツらしい。
僕が日下部の行動にドン引きしていると、
「あっ。でもわたしもたまに同じことしちゃうかも」
黒羽が文芸誌を興味深げに眺めながら、そう口にした。
「えっ?」
「わたしも……小説で気に入った節があったら、切り取っちゃうな。後から見返したいし、悠人君に手紙を書く時に使えるから」
「手紙を書く時に?」
「うん。一文字ずつ切り取って、それを貼り付けたら好きな文章作れるでしょ?」
なんてことだ。
黒羽にそんな可愛らしい趣味があっただなんて。
「ほら! 同じことする人だっているんだ!」
「全く。黒羽は凄いよ。いちいち小説を探してそのページを開くより効率的だし、なにより可愛らしい」
「扱いの差!」
ぎゃあぎゃあ日下部が騒いでいたが、そんなのは無視だ。
こんな気持ち悪いものにはあまり触れたくなかったけど、好奇心に負けてページを捲っていく。
最後らへんのページに差し掛かった時であろうか。
「——! ここからはダメっ!」
とこっちがドン引きするくらい、日下部は慌てて僕達から文芸誌を取り上げた。
「は?」
「こ、ここからは……えーっと、ちょっと恥ずかしいこととか書いてあるから……」
日記とかでも書いてるのだろうか?
まあどちらにせよ、こんな趣味の悪いヤツが作った文芸誌なんて無理して見たくなかった。
「じゃあ黒羽。ちょっと時間を無駄にしちゃったけど、今日も本を読んでくれるかな?」
「うん、分かった。今日は昨日の続きから読んであげるねっ」
「ボクから見たら、君達の方がよっぽど気持ち悪……」
「「あっ?」」
「ひっ!」
僕と黒羽が視線を向けたら、何故か日下部は怖がって肩を狭くした。
日下部青葉。やっぱり変なヤツだ。
だが、こいつと接していると何故だか違和感を感じる……。
まあ良っか。今は黒羽と愛を育む方が大切だ。
いつもと同じ体勢で黒羽に本を読んでもらってると、日下部の姿はすっかり消えていた。
★ ★
二人が本を読むことに飽きて、部屋から出て行った後。
——日下部青葉はハサミを片手にぶつぶつと呟いていた。
「許さない許さない許さない許さない。もう耐えられない。あの変な女と篠宮がいちゃいちゃしてるのを見るのは……」
胸が張り裂けるくらいに痛いのだ。
チョキチョキ、と日下部はハサミを動かす。
そのハサミは明らかに工作用のハサミではなく、もっと固いものを切断する用途があるように見えた。
チョキチョキと切っているのは——変な女が映っている写真。女の首と体を切って離してやる。
「あの女の目を欺くことは出来た。だが、もう準備は整った。あの女を——殺る」
そう呟いて、文芸誌をパラパラ捲る。
開いたのは文芸誌の最後のページだ。
そこには——愛しい篠宮悠人の写真がページ一杯に貼られていた。




