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15/22

15・幽霊ですらも僕達に嫉妬する

 部室には僕達二人だけしかいなかったはずだ。

 恐る恐る物音がした方を見るが、誰もいなかった。


 当たり前だ。

 この部屋には本棚に並べられた本くらいしかない。

 だが、それはきちんと整頓されていて落ちる気配もない。


 ……ん? 整頓?


「文芸部には誰もいないのに、どうして整頓されているんだろう?」


 立ち上がって、本棚を見るとテレビで紹介されていた最新の本も置かれていた。


 先生が用意したんだろうか?

 部員一人もいないのに?

 一体誰のために?


「出てこい! 悠人君とわたしのラブラブライフを邪魔するヤツは、誰だって抹殺してやる!」


 黒羽が包丁を取り出し、ジリジリと物音がする方へ歩み寄っていく。


 しかしそこには誰もいないのだ。

 誰もいないはずなのだ。


「も、もしかして幽霊……?」


 僕がそう呟く。


「幽霊?」


 黒羽がそれを繰り返した。


「は、ははは。ちょっとおかしなこと言っちゃったかもしれないね。幽霊なんているはずが——」

「悠人君。その考え、あながち間違いじゃないかもよ」


 黒羽が今まで見たことないくらい、警戒心を高ぶらせて続ける。


「だって、わたしと悠人君のラブラブ具合は幽霊だって嫉妬するんだもん。そんなわたし達の邪魔をするのは、最早地球上には新田凜しかいないはず。そうなったら幽霊がいる……と考えるのもそんなに不思議じゃない……よしっ」


 黒羽はそう言い終わってから、包丁を直し、自分のバッグからとあるものを取り出した。


「黒羽。それは?」

「これはおふだ


 ペラペラの紙に見えるが、目を凝らしてみるともじゃもじゃとした字が書かれているのが分かった。


「どうして黒羽はお札なんて持ち歩いているのかな?」

「なに言ってんの悠人君。こういうこともあろうかと、いつも持参しているんだよ。それに……口で言っても刃で刺しても分からないヤツに対して、呪い殺すために持ち歩いているんだ」


 なんてことだ。

 準備を怠らないなんて。

 全く。黒羽はどこまで未来を見据えているんだ。


「これで幽霊を……撲殺してやる」


 お札なのに、撲殺とはちょっと意味が分からないけど、まあお札業界も広いからそういう言い方もするかもしれない。

 黒羽はお札を持ったまま、物音がする方へ近付き……。


「悪霊退散!」


 そう言って、お札を手裏剣のようにして投げつけたのだ。


 その時——信じられない光景を見た。



「ひ、ひゃっ! 一体なにをするんだっ?」



 今までそこに誰もいなかはったはずなのに。

 額に黒羽のお札が張り付いた——人間がぼんやりと現れたのだから。



「一体どういうことか説明してもらおうかな」


 と黒羽は椅子に座り、足を組んで威圧的にそう尋ねる。


「な、なんでボクが……」


 その黒羽の前には、ぶつぶつと不満を呟きながらも正座をしている小柄な少女が。

 髪は短くさらさらでクリクリした瞳が特徴的。

 制服を見る限り、どうやらこの高校の生徒らしい。コスプレとかじゃなかったら。


「し、篠宮もなにか言えよ! その女の隣に突っ立って、なに考えてるんだ?」


 少女がキッときつい視線をこっちに向け言った。


「足組んでいる黒羽って、なかなか妖艶ようえんさを感じさせるなあって」

「ボクのことはどうでもいいのっ?」


 反論する少女に「黙って」と黒羽はお札を再度投げつけた。


「というかこのお札ってただのお札なの? なんか貼られたところ、ヒリヒリするんだけど……」

「痺れ薬が塗ってるからね」

「普通に危険っ!」


 なかなかに騒がしいヤツだった。


 黒羽はその少女を怪訝そうに見て、


「さあ答えて。どうしてあなたはこんなところにいたの? そして、どうしてあなたの姿を——最初わたし達は見ることが出来なかったの?」


 問いを投げかけると、少女は不満そうにしながらも、


「そもそもボクは文芸部の部員だ! 部室にいるのも不思議じゃない! それに部室には最初からいた! 昨日も一昨日も——もっと言うと入学してからずっと! それなのに、ボクの姿に気付かなかったのは君達の方だ!」


 非難するように口にする。


「姿に気付かなかったのは……僕達の方?」


 一体どういうことだろう。

 確かに、この部室には僕達しかいなかったはずだ。

 それに——田中先生の言葉を信じると、文芸部には一人も部員がいなかったはず。

 一人もいないのに、普通に存続していることに先生は首を傾げていたが。


「あなた、いなかったよね? お札を貼られて、やっと存在を認識出来たんだから」


 黒羽がそう指摘すると「うぅ、やっぱりか……」と少女は肩を狭くする。


「ボク、昔からいつもそうなんだ……存在感が薄いって……教室にいても、誰にも話しかけられることがない……文芸部だってそうだ。ボクがいるのに、何故か部員がいないことにされて……ボクは普通にここにいるんだ……だけど、どうしてみんなボクの姿が見えないんだ……」


 存在感が薄すぎて見えなかった?


 なんてことだ。

 ってかそんなことってあり得るのだろうか。


「幽霊じゃないのか? 君は」

「幽霊じゃない! れっきとした人間だ!」


 ……まあ言い出しっぺだからなんだけど、僕も幽霊なんて信じる方じゃない。


「存在感薄すぎ……って。空気みたいな子だね」

「存在感薄いって言うな! それに空気がなかったらみんな死んじゃうんだぞ!」

「喋らないで。あなたに発言権はないから」

「ボクの方が先輩なのにっ?」

「上履きの色を見る限り、一年生だと思ったけど?」

「部活では先輩だろ! 入学の時からずっとボクは文芸部だったんだから!」


 ぎゃあぎゃあ叫いて、うるさい。

 まあ「存在感が薄すぎたから、こいつの存在に気付かなかった」という話は信じさせてもらおう。

 しかし問題は……。


「わたしは悠人君と二人っきりで部活したいの。幽霊だろうが人間だろうが、わたし達以外の人間は排除すべき」

「え、えーっと……一体なにを?」

「それに新田凜の時みたいに、女だったら悠人君をたぶらかすかもしれない。ごめんだけど、あなたには死んでもらうんだからっ」


 黒羽は胸元から伝家の宝刀である包丁を取り出し、少女を見据えた。


 それを見て、少女は正座を止めて壁際まで逃げた。


「お、おい篠宮! と、止めろよ! どうしてただ傍観してるだけなんだ!」

「止める? そんなことするわけない。行け黒羽」

「こいつも頭おかしいのかっ?」


 何故なら僕は黒羽の全てを受け入れるからだ。


「ありがとう、悠人君」


 黒羽が真っ黒な瞳をして、ゆらゆらと揺れながら少女に近付いていく。

 少女に武器はない。最早追い詰められたウサギであった。


 だが。


「ちょ、ちょっと待って! さっき女だとかなんとか言ってたけど、ボク男だからっ!」


 と少女が言って、黒羽の前進が止まった。


「男……? そんな顔して?」

「そうだよ! だからズボン穿いてるじゃないか!」

「ズボンすらも存在感薄いんだね」

「酷いっ!」


 なんと——少女だと思っていたヤツは、まさかの少年だったのだ。


 うむ。今まで気付かなかったが、確かに少女……いや少年は高校指定のズボンを穿いている。

 中性的な顔すぎて、てっきり女だと思ってしまった。


「だから見逃して? 見逃して……ください。ボクは部室の片隅で存在感消して座っているだけにするから……」


 と少年は膝立ちをして、手を合わせて命乞いをし出した。


 黒羽は助けを求めるかのように僕を見て、


「悠人君……どうすればいいと思う?」

「ん? 黒羽のしたいようにすればいいさ」

「うーん、本来なら殺すんだけど……まあ男だし……無視していれば存在感ないし」

「うんうん」

「それに、わたしって無駄な殺生しない系の女の子じゃん? こんなところで虫けらを殺したくないな……って」


 なんてことだ。

 虫一匹殺すことさえも躊躇ためらうなんて。

 全く。僕の彼女は慈悲深すぎるよ。


「む、虫けらってもしかしてボクのことなのかな?」


 ふう。

 黒羽がそう言っているなら、僕はそれを受け入れるのみだ。


 僕は少年に視線を移して、


「おい……今回は慈悲深き黒羽が見逃してあげる、って言うから見逃すが……もし僕達が部活いちゃいちゃしている時に無駄な口を挟んでみろ。黒羽もちょっとだけ怒るかもしれない」

「ううぅぅ、分かったよぉ……文芸部に最初からいたのはボクの方なのに……」

「なにか言った?」

「い、いえ! なにも言ってません!」


 聞き分けは良いヤツのようだ。

 最後に、


「あっ、そうそう! ボクの名前は日下部青葉くさかべ あおばって言うんだ。仲良く……は出来ないと思うけど、よろしくねっ!」


 ちょっとドキッとしてしまうような笑顔で、少年——日下部はそう名乗るのであった。

 日下部青葉か……同じ学年のはずなのに、聞いたことがない。


 ……あれ?

 自己紹介していないのに、どうして日下部って僕のこと『篠宮』って呼んでたんだろう?


 ……まあ考え過ぎか。

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