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13・悠人君と二人だけの部活がいい

 ある日の放課後。


 もじもじしながら、黒羽が僕に近付いてきた。


「悠人君。聞いてくれる?」

「うん、もちろんだよ」


 なにやら恥ずかしそうにしてるけど……一体なにを言うつもりなんだ?

 しばらくもじもじして、俯いていた黒羽であったが、やがて意を決したように顔を上げ、


「わたし——部活に入りたいっ!」

「ぶ、部活ぅ?」


 あまりにも突拍子のないこと、そして予想していなかった言葉が飛び出して、ついつい聞き返してしまう。


「部活か……良いね。でもどうして突然?」

「わたし、気付いたんだ。まだ高校生っぽいことしてないなーって」

「なに言ってるんだ。黒羽みたいに超絶美少女で成績優秀で……まさに女子高校生の鏡みたいな子がそんなこと言って」

「はぅわ! わたしのこと褒めてくれてるんだね、ありがとっ!」


 とびっきりの笑顔を向けてくれる黒羽。

 うん。今日も絶好調に可愛い僕の彼女。


「でもね……わたし、部活動に入ってないんだ」

「うん、知ってる」

「それで……! 高校生っぽいことがしたくって! 部活に入りたいなって思ってるんだけど……悠人君はどう思ってる?」


 首を傾げて、僕の目を真っ直ぐ見つめてくる黒羽。


 そんなの——考えるまでもなく、黒羽に返す答えは決まっている。

「すっごい良いと思うよ。黒羽がそうしたいなら、是非そうした方が良いと思う」


 ——彼女の全てを受け入れることにした僕は、彼女の『したいこと』を全面的に受け入れる。


「悠人君ならそう言ってくれると思ってたよ! じゃあ行こっか!」


 うん?

 黒羽がそう言って、僕の手をギュッと握ってきた。


「職員室に行って先生に相談してみよっ。悠人君とわたしが一緒に入れるような部活がないかって!」


 僕も頭数に入ってるっ?


 ——ああ、そういうことか。


「ははは、黒羽。いきなりなにを言い出すかと思ったら、要は僕と部活に入りたかっただけだな?」

「あっ、バレちゃった?」


 と黒羽は舌を出し、ウィンクするのであった。




 そして職員室。

 僕達は学年主任でもある社会科の田中先生の前まで相談に来ていた。


「とうとう三ヶ森が部活に入りたいと言ってくれるとはな……」


 感慨深そうに田中先生が口にする。

 あっ、ちなみに『三ヶ森』ってのは黒羽の名字だ。三ヶ森黒羽。これが愛しい僕の彼女のフルネーム。


「運動神経も悪くなく、頭脳明晰な三ヶ森だったら運動系でも文化系でも引っ張だこだ。心配しなくてもいい」


 良かった。

 今は一年の二学期。

 こんな中途半端な時期に受け入れてくれる部活があるか、という心配は無用だったようだ。


「それで三ヶ森はどんな部活に入りたいんだ? テニス部か? 水泳部か? それとも茶道部とかでも良いかもしれないな」


 先生が上げた部活名に趣味と恣意が感じられるのは僕だけだろうかっ?


 その話を聞き、黒羽は人差し指を口元に当て「うーん……」と悩んでから、


「わたし、悠人君と一緒に入れるとこだったらどこでもいいんだ!」


 むぎゅっ、と僕の腕を抱いてきた。


「篠宮もっ? ……まあ三ヶ森と抱き合わせセットだったら、どこでも入れると思うが?」

「それでね、それでね! 悠人君と二人だけで部活頑張りたいんだ! 他の人なんてもちろんいらないよ。わたし達の学園に他人はいらない視界にも入って欲しくない。水泳部だったら部活中に悠人君といちゃいちゃして水着姿を褒められちゃったりして。軽音楽部だったら二人でデュオを組んでメジャーデビューまでしちゃったりして。悠人君と二人だけが良い。他に部員がいないところ。そういうところが良い」

「み、三ヶ森っ?」

「先生。つまり黒羽は『僕と黒羽以外に部員が一人もいないような部活』に入りたい、と言っているのです」


 理解力が低い田中先生のために、僕がわざわざ補足してあげる。


「部員が……一人もいないような……部活? 一体、お前等はなにを言ってるんだ……?」


 不可解なものを見る目つきになって、田中先生は当たり前のことを繰り返す。


「それだったら、新しく部活を立ち上げた方が良いんじゃないか? そもそも部員が一人もいなかったら、その部活は廃部になっている」


 と田中先生の提案に、


「新しく部活! うん、それも良いかもねっ」


 黒羽は瞳をキラキラさせて前のめりになった。


 おっ、どうやら黒羽の琴線に触れたらしい。


「それで新しく部活を作るのはどうすればいいのっ? 先生!」

「うむ。部員を最低四人集めることだ。お前等二人はいるから、残り二人だな。その後『部活申請書』を学年主任である私に提出する。それを私が職員会議でかけるから、それが受理されれば……」

「最低四人? 僕達以外に二人……? それだったら、僕と黒羽以外に部員がいるじゃないか」

「先生としてこう言うのもなんだが……残り二人は部活動にほぼ参加しなかったら良い。とはいっても、月に二回くらいは活動の実績らしきものがないと、その二人は『名義貸し』と見なし最悪廃部になってしまう可能性もあるが……」

「成る程。幽霊部員にしろ、と先生は言ってるんですね」


 肯定も否定もしない先生。

 当たり前だ。こんな抜け道、先生から積極的に勧められるわけもない。


「だってさ、黒羽。黒羽はどう思う……?」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。幽霊部員だとしても名前があるだけでも汚れる。それに月二回はそいつ等と活動しないといけないなんて、目が腐る耳が腐る脳が腐る。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」

「ふう、先生。嫌だそうです。その意見却下です」

「そ、そうか……良い考えだと思ったんだがな……」


 こんな低脳な考えしか出ないなんて、本当にこいつは大学に行って教員免許を取ったんだろうか?


 先生は腕を組み、椅子の背もたれに体を預けた。


「だったら、三ヶ森の考えは実らないな。部員が一人もいない部活なんてないし、新しく部活を立ち上げることもダメ。諦めてもらうしか——」

「嫌だ!」


 職員室全体に響き渡る黒羽の声。


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! わたしは悠人君と一緒に部活動やっちゃんだ! それで青春しちゃうんだ! そこで愛を育むんだ! わたし達の愛を邪魔するヤツは……殺すしかないっ!」


 キラリ。

 黒羽の胸元から包丁の輝きが見えた。


「なっ……三ヶ森。一体なにをするつもりなんだ? 殺すだと? おい、篠宮。お前も三ヶ森を止めろ」

「ふう。黒羽。思う存分殺れ」

「どうして三ヶ森の行動を受け入れてるんだ!」


 当たり前だ。だって僕は彼女の全てを受け入れることにしているから。


 黒羽の必死のお願いに先生も重い腰を上げたのか、慌てたようにして冊子(多分、部活一覧表的なものだろう)をめくりだした。


「早く早く。早く先生の話を聞かせて? 先生はわたし達の愛を邪魔するつもり? それとも応援してくれるの?」

「おい、そこの低脳先生。さっさと結論を出せ。黒羽が待ちくたびれているじゃないか」

「ぐぐぐっ……どうして、私は脅されているんだ?」


 冷や汗をダラダラかいて、やがて先生の手が止まり「おっ!」と冊子に顔を近付けた。


「あった! あったぞ! 部員が一人もいなくて、かつ既存の部活が!」

「えっ? 先生、ホントっ?」

「やれやれ。さっさとそれを言えばよかっただけなんだ」


 ふう、どうやら万事上手く解決しそうである。

 勿体もったいぶりやがって。やはり税金で養われている国の公僕こうぼくは仕事が遅い。これが噂に聞く『役所仕事』というヤツか。


「それでその部活って?」


 僕が尋ねると、先生は開いた冊子を掲げ、


「ぶ、文芸部! ここだったら三ヶ森の希望も通るはずだ!」




 どうやら、一度部活が立ち上げられ実績を積み重ねると、部員が四人を下回ったとしても存続が認められることが多々あるらしい。

 文芸部が学校が創立してから——五十年の歴史があり、なんとなく廃部にしてはいけない空気が漂っていたので残っていたんじゃないか、と先生は推測してくれた。


 その後、先生から文芸部に割り当てられている部室も聞き出すことに成功。


 第二校舎の三階の端。

 教室の半分くらいの広さ。

 本棚があって古くてつまらなそうな本が並べられている。


 ここが——文芸部の部室になるのだ。


「やったね、悠人君! 無事に部活に入ることが出来てっ」


 と黒羽は部室の真ん中でクルクルと嬉しそうに回り出した。


「本当だね」

「わたし達、二人だけだから他人の目も気にせずいちゃいちゃすることが出来るよっ」

「あっ、黒羽。さては最初からそうしたかっただけだなあ? 僕と部活いちゃいちゃしたかっただけだな?」

「ダメだった?」

「そんなわけないよ」


 今日からここが僕達の愛の楽園。

 誰にも邪魔をさせない。させるつもりもない。


 これからのことを想像し、つい頬が緩んでしまうのであった。

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