10・夜の校舎で武器を交えよう
「はあっ、はあっ……なかなかしぶといわね」
「それはこっちの台詞……」
ナンパされ対決を終えてから、僕達は一旦学校に戻ってきた。
荷物や制服を、全部こっちに置いてきたことを思い出したからだ。
そして——夜の校舎。教室に行き、黒羽と凜は対峙していた。
「壮絶な戦いだった……」
今、思い出しても鳥肌が立ってしまう。
料理対決では黒羽の素晴らしい腕前が披露され、凜は毒物を作成し僕を殺そうとしてきた。
ナンパされ対決においては黒羽は一万人以上の男にナンパされてたと思うし、凜は二時間ただ突っ立てただけで誰にも声をかけられることはなかった。
……いや、どう考えても勝負の結果は明らかだな。
「悠人君!」
「悠人!」
「「どっちが勝った?」」
二人が僕に顔を向け、食い気味にそう尋ねる。
「ふう……答えるまでもないよ」
僕は右手を挙げ、
「勝者——黒羽!」
右側にいる黒羽にそう告げた。
「やったー!」
「ちょ、ちょっとなんでよ! どっちの対決も私の圧勝だったじゃない!」
「記憶を捏造するな、凜よ。お前が黒羽に勝てたところは一ミクロたりとも存在してないじゃないか」
ふう。
時間の無駄だった。
やっぱり黒羽は僕の彼女にふさわしかったし、凜は豚の鳴き真似でも練習していた方が有意義だろう。
「こんなの認めない……!」
しかし凜は諦めが付かないのか、
「——料理とか容姿とか、そんなの恋愛に関係ないじゃない」
「かなりの要素を占めると思うがっ?」
「ここはもう一度——実力で勝負を付けましょう」
と言うと?
疑問に思っている僕に対し、凜はスムーズな動きでポケットからペンチを取り出した。
「どちらが殺し合いに長けているか——それでどちらが悠人の『彼女』にふさわしいか決めましょう」
「お前はバカか」
クイズ番組で「一番最後に答えられた人に一億点!」という司会者よりバカだ。
それに恋愛に『殺し合い』のどこが必要なんだ。
やはり——凜は頭がおかしい。サイコパスだ。
「ふんっ。そうね。殺し合いに長けている方が、悠人君を守れるということだもんねっ。そこは私、あなたと同意見だよ」
黒羽も対抗するように、制服の内側から包丁を取り出した。
……やれやれ。
確かに黒羽の言う通り『殺し合い』という要素は、恋愛に不可欠のように思える。
さすが黒羽。
凜とは違い、物事の本質を見極める力がある。
「黒羽。僕も加勢するよ」
僕は黒羽側に立って、拳を構える。
喧嘩なんてやったことないけど、黒羽を守れるためなら僕は石にかじりついてでも凜を傷つけよう。
「ちょ、ちょっと! それは不平等じゃない?」
「なにを言っている? 僕はいつだって黒羽の味方だ」
「悠人君……心強いよ。ありがと。でも良いよ。こいつとは一対一で決着を付けたいから」
なんてことだ。
僕は黒羽の覚悟を無駄にするような真似をしようとしてたなんて。
全く。黒羽って女の子は、他の女の子と質が違うよ。質が。
「分かった……でも、危なくなったら助けに行くからね」
「ありがとう。でも大丈夫——こいつとの戦いで危険なんてないから」
「はっ。ほざけっ!」
それが開幕の合図であった。
教室の机をなぎ払いながら、二人が交錯する——。
さて。
素人目から見て、お互いの力は拮抗しているように見えた。
夜の教室。月明かりだけが二人を照らしている幻想的な光景。
そんな教室で包丁とペンチが飛び交う。
一進一退の攻防。
本来なら止めた方が良かったかもしれないけど、黒羽の全てを受け入れている僕がここで動くのはただの愚策だ。
なので、ここに来るまでに買っておいたペットボトルのお茶を飲みながら、二人の戦いを冷静に観戦していた。
十五分くらいが経過した後だろうか。
「はあっ、はあっ。なかなかやるね、新田凜」
「三ヶ森黒羽。あんたこそ」
二人は肩で息をしながら、お互いを見ていた。
制服はもうボロボロ。
体の所々から血が出ているように見える。
教室は机は引っ繰り返ったり、窓ガラスが割れていたりと、戦いの凄まじさを現していた。
「正直わたしと張り合えるような人がいるとは思ってなかった」
黒羽は胸ポケットから包丁を取り出しながら、続ける。
「今まで、わたしが包丁を出したらみんな逃げていった。だけど新田凜、あなただけは違う」
「それは私も同感。ペンチで歯を抜こうとしたら、みんな私の前からいなくなったけど……愚かなあなたはあろう事か——戦おうとしてくる」
「あなた……わたしの——」
「うん、私も同じことを思ってた」
おっ?
もしかして激戦によって、友情が芽生えたパターンか?
「「良い死体になりそう」」
うわー、やっぱ違うか。
そりゃそっか。
こんな戦いごときで「友達になりましょう」なんて口にする黒羽は黒羽じゃない。
「じゃあ……続きを始めましょうか」
「ええ」
二人が武器を構え、口元に笑みを浮かべる。
「悠人君。止めないでね」
「悠人。この女を死体にするから待っておいてね」
「……もちろんさ、黒羽。僕は君の全てを受け入れる。思う存分、暴れてくれ」
黒羽がまだ納得してないなら、僕に止める権利はない。
「……ありがとっ! この戦いが終わったら、いちゃいちゃしようねっ」
「ああ」
黒羽が再度、包丁を強く握りしめ凜に直行していく——。
「な、なにごとですかっ?」
——の瞬間。
廊下の方から声が聞こえてきて、二人の動きが反射的に止まってしまう。
「ちっ! 職員室に職員の野郎が残っていたか!」
黒羽の舌打ち、可愛い。
「……ここはひとまず休戦のようね」
「そうだね。見つかると面倒臭いし」
二人共、武器を直して帰り支度をする。
凜は荷物を持って、窓ガラスの枠に片足をかけ、
「じゃあ三ヶ森黒羽! この決着はいつか付けてあげるわ!」
とそのまま身軽な動きで、僕達の前から消え去ってしまった。
「逃げ足の速いヤツだ……」
「悠人君」
「うん、分かってる。早く逃げないとね」
そう言って、僕は黒羽の右手をぎゅっと握った。
「はぅ!」
「黒羽、とろけている場合じゃないよ。いちゃいちゃは帰ってからでも、出来るからね」
「そ、そうだねっ! 先生に見つかったら、お説教タイムがあるから帰るの遅くなるよ〜」
果たしてお説教で終わるんだろうか?
「……まあそうなったら、排除すればいいんだけど」
「さすが黒羽だね。邪魔なものは掃除する。黒羽は掃除が得意なんだね」
「うんっ!」
全く。将来は良いお嫁さんになるよ。
そのまま、僕は黒羽の手を取って凜と同じ逃走経路を取るのであった。
……翌日。
『みなさん。昨日、校舎に窃盗団が侵入したようです。そのため一年組は使用が出来なくなっておりますが、臨時として空き教室を……』
朝から全校集会が開かれ、先生達が憔悴しきった顔で僕達に説明していた。
「窃盗団だってよ。教室見たか? 引くくらい、ぐちゃぐちゃだったぜ」
「バカ。窃盗団があんなことするわけないだろ。噂によると、クマが忍び込んだらしいぜ」
「人間の血らしきものが壁に付着していたことから、犠牲者がいるとか……」
それを聞いて、周りの人がそんな噂話をしている。
——大袈裟だなあ。
そんなことを思いながら、前の方で並んでいる黒羽を眺めていた。
すると、その視線に気が付いたのか——黒羽はこちらを振り返って、
(二人だけの秘密だねっ)
と言っているようにウィンクをした。
全く。ほんっっっっっとに、僕の彼女は可愛い。