1・告白されたので受け入れます
僕——篠宮悠人は人の愛に飢えている。
母親からは半ば育児放棄をされ、褒められたことなんて一回もない。
友達が出来ても「なんかお前、必死すぎ」と言われて、離れていってしまう。
高校に入ってからも、それは変わらず、教室でも空気のような存在だった。
こんな僕に可愛い彼女なんて、一生出来るわけもなく——。
「好きです、付き合ってください」
……え?
「今……なんて言った……?」
聞き違いでなかったら、とんでもないことを言われた気がするけど……。
「悠人君のことが好きです。好きすぎて好きすぎて夜も眠れません。お願いします。わたしと付き合ってください」
目の前の女の子はそう言って、恥ずかしげに俯いた。
顔を真っ赤にする女の子は、文句なしの美少女だ。
彼女の名前は三ヶ森黒羽。
ええ、知ってますとも。
才色兼備。常に学年のテストはトップクラスで、まるでモデルのようなスタイルとアイドルのような愛くるしさ。
噂によると、毎日のように男子から告白を受けているらしい。
僕とは正反対の人間で、一生関わり合いのない女の子だと思っていた。
それが。
「僕のことが……好き……?」
あまりに非現実的なことを聞いたように思えて、ついつい聞き返してしまう。
「はい……悠人君のことが好き好き好き好き大好きです! お願いです! わたしと付き合ってくださいっ」
好き……好き……好き……!
それだけでも天に昇るくらい嬉しいのに、さらにぼ、ぼぼ僕と付き合ってくれだと?
そんなこと言われたら、答えは一つに決まっている。
「ああ……当たり前だよ! 喜んで!」
「ほ、本当っ?」
パッと三ヶ森さんは顔を上げて、そう笑った。
一つ言っておく。メチャクチャ可愛い。
「まさか……放課後に呼び出されたと思ったら、こんなことになるなんて……」
全く。
人生というものは分からないものだ。
「そういえば三ヶ森さん。靴箱に入っていた手紙だけど……」
「あっ! それ読んでわざわざ来てくれたんだよね! ありがとっ。もし来なかったら、拉致するつもりだったけど……」
なんてことだ。
拉致してまで僕と喋りたいと思ってくれるなんて……。
なんて良い子なんだ。
靴箱に入っていた手紙を、内ポケットから取り出す。
「どうして、手書きとかじゃなくて……新聞の文字を切り抜いて文章作ってるのかな?」
「わわわ! 恥ずかしい! 手書きだと手が震えて書けなかったから……それにそっちの方が必死さが伝わると思って……」
「ああ、そうだったのか。それに——便せんの中に入っていた髪の毛ってどういう意味があるの?」
「あっ! それわたしの髪の毛!」
成る程。
長い髪も交じっていたから、それなら納得だ。
「それと……悠人君の髪の毛も!」
僕らしき比較的短い髪も交じっていたから、全て解決だね。
「どうして髪の毛なんかを……?」
「運命の二人の髪を入れておくと……願いが叶うって聞いたから! 絶対、悠人君には来て欲しかったから……じゃないと、自前の包丁を血で汚してしまうかもしれないから」
血で……汚して……?
ああ、成る程。
きっと、三ヶ森さんは料理が得意なんだ。
もし僕が来なかったとしたら、料理でも作って僕をご飯で釣ろうとしたに違いない。
それに血で汚してしまう……って。
なんてことだ。
料理が得意なのに、自分の指を切ってしまうくらいドジだなんて……。
「全く。なんて可愛いんだ」
「え? え? え! わたしのこと可愛いって言ってくれた?」
「あっ、うん……ごめん。急にこんなこと聞いたらドン引きするよね」
「うんうん! そんなことないよっ。わたし、悠人君にそんなこと言われて……ああ!」
三ヶ森さんの鼻から血が出てる。
「ちょ、ちょっと大丈夫っ?」
「大丈夫! 血は見慣れている方だから!」
そう言って、三ヶ森さんはハンカチを取り出して鼻血を吹いていた。
そんな頻繁に料理で指を切っちゃうくらい、ドジだっていうのか。
「じゃあ悠人君、スマホを貸してくれるかな?」
「ん? 僕のスマホ?」
言われるがままに、スマホを三ヶ森さんに手渡す。
すると三ヶ森さんはポチポチと、僕のスマホを操作しだした。
「なにしてるのかな、三ヶ森さん」
「うん! これでもう大丈夫! いつでも、悠人君のメールとかトークアプリ『ABYSS』の履歴を見られるようにしたからっ」
はい、と言って三ヶ森さんがスマホを返してくれる。
「なんてことだ……」
いつでも僕の行動を把握してくれている。
つまり、それだけ僕のことを気に掛けてくれているということなのだ。
全く。
将来は良いお嫁さんになるに違いないよ。
「三ヶ森さん……本当に僕なんかで良いの?」
でも——幸せすぎて不安になってくる。
今まで僕は誰からも愛されてこなかった。
人の愛に飢えていた僕は、人の愛にどうしても過剰に反応し疑ってしまう。
だからそんな言葉が口に出てしまった。
すると、三ヶ森さんは寂しそうな顔をして、
「どうして、そんなこと言うの?」
「いや……幸せすぎて……僕なんかが三ヶ森さんと付き合えるなんて、夢のようだから」
「はうっ! そういうことだったの! だって悠人君超カッコ良いし優しいしちょっとドジなところ可愛いし人とは違ってるところクールだし体育の時間とか誰ともペアを組まないところとか自分を貫いてるって感じもするし他の女の子とあんま喋らないから浮気しないと思うしさっきだってスマホを見たら迷惑メールくらいしか来てなかったから勉強とか運動に時間を費やしてると思うし……もう! わたしはなにもかもなにもかも悠人君の全てが大好きなの!」
なんてことだ。
僕の全てを受け入れ、愛してくれるなんて。
それに早口で僕の良いところを言えるってことは、迷いがないってことだ。
つまり——それだけ彼女は僕のことを想ってくれている、ということ。
出来た彼女だよ、全く。
「それに……」
「それに?」
「あっ、うんうん! なんでもないの!」
三ヶ森さんはそう慌てて言って、花のような笑顔を咲かせた。
「でも……悠人君。わたし達が良い彼氏彼女になるために、一つだけ守ってもらいたいこと……言ってもいい?」
「ああ。やっぱりそういう約束ってのは必要だと思うしね」
「わたしのこと……受け入れてくれること。わたしがなにを言っても笑顔で返してくれることメールは一分以内に返すこと記念日は必ずお祝いしてくれること他の女の子と喋らないこと……エトセトラ。そうしないと、わたし……どうにかなっちゃいそうで!」
早口だけど、やけに悲壮感を漂わせて三ヶ森さんはそう言った。
「それについては安心してくれ。僕は君の全てを受け入れる」
「良かった!」
三ヶ森さんが僕の手を握って、ブンブンと振る。
——僕は人の愛に飢えている。
そんな僕に可愛い彼女が出来ました。
絶対に僕は彼女の愛に応えてみせる。
「じゃあ、三ヶ森さん。これからよろしく……」
「さん付けなんてしなくて良いよ! 下の黒羽って名前で呼んで」
「黒羽さん……」
「呼び捨てで!」
「く、黒羽。これからよろしくお願いします」
「こちらこそっ!」
人の愛に飢えている僕は、彼女の全てを受け入れようと思います。
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