バック・ノクターン
「そうね!そうしましょう!」
何故、この時私はこんなことを言ってしまったんだろう、と大人になって後悔しないだろうか。
きっと、ステンドグラスを前に、サホの身体の傷を見てしまったからだろう。
今日もこのまま家に帰ったら彼はまた更に傷ついてしまうだろう。
そう心のどこかで確信していた。
これ以上、今日のように彼が傷ついて泣く事が少しでも減ってほしい、と
毎日のように私は思っていた。
「…ごめんね」
ぎゅう、と突然サホに手を握られる。
その言葉は、何に対するごめんなのか、考えるだけで返事なんて出来なかった。
涙が零れる、ポロポロと。
サホの方を見ることなんて出来なかった。
けどサホは私の方を見ているような気がした。
「大丈夫、だよ。辛い時はお互い此処に逃げよう。一緒にどこまでも」
子供の、きっと“御遊び”くらいの感覚の約束。
守れもしない約束なんだろう、でもこの時だけは守れる気がした。
「ずっと、一緒に居よう」
「うん…大人になっても、死んでしまう時も」
教会の前でこんなことを言うって、プロポーズなのかな、なんて思っていた。
きっとサホはそんな事思っていないだろう。
その場凌ぎの、きっと彼の心の逃げ場だ。
「もうこんなに暗い、今日は海も満ちて渡るのは難しそうね」
すい、と海を指差す。海の向こうには、私の家とサホの家の明りが見える。
「お父さんたち、探してるかな」
「そんなことないわ、今日は遠くへ行ってくるとメモを残しておいたもの」
「…そう、よかった」
その日の夜は2人で教会のカーテンを破って布団代わりにして眠った。
教会の床は固いし、ネズミや鳥が夜中に鳴いてうるさかったり
階段を枕代わりにして眠ったけど、起きたら頭が痛かった。
「おはよう……サホ」
すやすやと寝息を立てているサホは起きる気配が無い。
どこから持って来たのか、大きな本を一冊抱いて寝ていた。
その寝顔はもう16になる男の子とは思えないくらい幼く可愛らしい寝顔だった。
「…ん、…かあ…さ…ん…」
彼が口にしたのは「お母さん」だった。
私じゃない、お母さん…。そんなこと、分かっていた筈なのに、私の心はちくちくと痛む。
「サホ…サホ…」
ゆさゆさと身体をゆする、すると、眠そうな声を上げながら、起き上がる。
「何…?ミツル…?…あぁ、おはよう?」
ごしごし、と埃と汚れまみれのカーテンで顔をこする。
「ううん、なんでもない。…おはよう。今日は海、渡れそうだから一度帰りましょう」
「うん、そうだね。…お腹も空いたし」
また2人でゆっくり歩きはじめた。
今度は一緒に扉から出る。私たちは、他の誰も入らないように閉めて近くの石で小窓と扉を塞いだ。