スタート・ファンタジア
アンナはあれから数日来なかった。きっとどこかで僕の事を見ているのだろうけれど、僕はそれに気づくことすらできない。気になる事がいくつもあるというのに、窓辺でアンナを呼んでも出てくることはなかった。
次に僕がアンナと会うことになったのは、記憶をみせられて2か月ほど経った頃の王位継承式の前日だった。久しぶりに海辺の灯台の方に行って帰って部屋に戻った時にアンナは僕の机に座っていた。別の色の小瓶を首からさげたまま。
「あら、久しぶりじゃない?元気にしていたみたいね」
ふんふん、と鼻歌を歌いながら脚をバタバタとさせている。今日はいつにも増してご機嫌だった。アンナの周りにはキラキラと別の小さな妖精を纏っている。アンナはしばらくしてこちらに一歩一歩とバレリーナのようなステップで僕の前に立つ。
最初にあったころは僕の腹ほどしかなかったアンナの背が、ぐんと伸びていることに気付いた。僕の目の高さまでに大きくなっていた。妖精はこんなにすぐに大きくなっていくのか、あと数日もすれば僕より背が高くなってしまうのではないだろうか。
「明日、王位継承式ね。やっとこの日が来たわ」
くるくると嬉しそうに回る彼女のスカートの裾からキラキラとした砂が落ちている。僕はメイドたちに砂遊びをしたと思われるからやめてと言ったけれどアンナは聞く様子はなかった。
「明日から始まるのよ。ミシェル、再びこの国の時代が!!!」
コンコン―――とメイドがドアを叩く「坊ちゃま、坊ちゃま」と僕を呼ぶ声が聞こえる。しまった、メイドたちはきっとアンナの事を知らないだろう。アンナの方を見ると窓辺に立っていた。羽が、透けている。キラキラと透けている。
「じゃあねミシェル、また明日の朝来るわ。待っていてね!」
いつもは飛んでいくはずの彼女は、下に飛び降りていってしまった。
「ま、また…」
ぽつりとつぶやくとドアが開く。一番年を取ったメイドが僕のもとへかけよってきた。
「坊ちゃま、もしかして―――」
何かを言おうとしたとき、僕は思わず「何でもないよ」と言ってしまった。アンナのことは黙っておかなければならないと約束したからだ。
「……そうでございますか」
そういうとメイドは部屋を出ていった。僕はすぐにベッドに入り、明日の王位継承式について考えるのであった。




