アイランド・エレジー
「うっ…うえぇ…ひっく」
次の日、父さんが仕事に行く前に割れた瓶で背中を殴られた。
破片が丁度背中に当たったらしく、切れてしまったらしい。
ミツルが来る前に急いで止血をしたが、まだ痛む。
「大丈夫?…昨日もお母さん達に―――」
今日もまたミツルは僕の横に居る。
今朝は珍しく迎えに来てくれて、そのまま昨日の岩場へと足を運んだ。
体育座りで顔を足の間に埋めて、僕はぐずぐず泣いていた。
もう何時間僕は泣いているんだろう、涙もそろそろ枯れそうだ。
「大丈夫、大丈夫だよ」
ミツルも困った顔をしているのではないか、と思いながらも、彼女の事を気に掛ける余裕は今の僕には無かった。
しばらくすると、ミツルが僕の背中をさすった。
丁度傷口、小さく悲鳴をあげてしまう。
ミツルは僕の悲鳴が聞こえたのか、すぐに手を離す。
「昨日は…なんで」
「……」
僕は何も言わず、首を横に振る。
こんなことで泣いていると思われたくなかった。
そして僕はこの後もしばらく泣き続けた。今日は泣いてばかりの一日だった。
それから次の日、やっぱり家に居るのが嫌だったので少し早めに起きてすぐにミツルの家に行った。
朝早く起きたと思ったのに、ミツルはもう起きていて、ミツルの両親も仕事で家に居なかった。
「ねぇ、サホ、今日はちょっと冒険に行きましょう」
外は今日は快晴、雲ひとつない。
どこからもって来たのか分からない地図を床に広げて彼女はじっと見つめていた。
「この島に行きたいの、ほらみて、あそこよ」
どうやら変な方向に地図を向けていたのは、方角を合わせるためだったらしい。
窓の外、岩場のより向こうの小さな島を指差す。
よく見ると、とても小さな教会が見える。
あんな島あったんだ、と地図を見ると“ムーン・アイランド”と記されていた。
「今丁度干潮の時間なの、満潮でも行けないことはないんだけど」
「そこに、何かあるの?」
窓から島を見るミツルの横に立って教会を眺める。
見える島は森の緑と砂浜の白…、そこに古びた教会があるのは凄く違和感があった。
「行こう」
なんだろう、あそこに行けばちょっとだけ楽になれる気がした。
久しぶりの冒険だし、なにしろミツルが嬉しそうだから。
気付いたら、海の中だった。
くるぶしくらいの深さの海で、暑い今日は気持ちが良いものだった。
「ずいぶんとツタで飾られてるね」
「そうね、でもその方が綺麗じゃない?」
意外にも教会への道は綺麗に整備されていて通りやすかった。
しかし教会自体は掃除されておらず、何年も人から遠ざけられていたように思えた。
横でミツルが荒々しく扉を蹴っている。しかし開く気配はなかった。
「ねぇ、こっち」
ふと目についた小窓、これならミツルが中に入れそう。
鍵もかかっておらずミツルは引っかかることなく入れた。
しばらくして、正面の扉が開く。
鍵が中から掛けられていたのか、近くにボロボロの鍵が落ちていた。
「綺麗ね、…これ、私が読んだ本の教会とそっくり」
「そうなんだ…、そうだ、ここを僕たちの秘密基地にしよう」
ステンドグラスの前に立って、まじまじとそれをみる。
まるでここだけ人間の世界から隔離されているように神秘的だった。
せっかくこんな綺麗なところに来れたのに、また家に帰ると父さんと母さんが待っている。
せっかく塞がって痛みが引いた傷たちが、再び痛み始めたのだ。




