望まれぬ者、招かれざる者 その1
マツーリ村での騒動から数日。ケン達一行は、馬車を駆りてエルフリーデの故郷――エルフの里を目指していた。
「ケン殿、この果物もなかなか美味だぞ」
「ん……ああ」
戸惑いと、諦め。
道中、ずっと甲斐甲斐しくケンの世話を焼いているエルフリーデ。――ケンは、彼女が切って皮を剥いてくれたアプルルの実を大人しく口に入れられていた。
「飼いならされてんなあ、ケン……」
ジト目で見てくるリックに、「幸せって、何だろうな……」と遠い目になるケン。
リックは「死んでしまえ、このリア充め!」と、一人怒っていた。
「静かにしなさいよ、リック。……っと、そろそろ交代よ。大人しく馬車を走らせなさい?」
御者台からこちらを見ずにシェリルが言う。リックは「へいへい……」と不満げにシェリルと交代し、馬車を走らせる。
「天気が良いのも考えものね……。こう暑いと、私達もだけど、馬の疲労が厳しいわね」
ため息混じりにシェリルが零す。
旅に出てからずっと快晴が続いているが、それが逆に一行を苦しめていた。
「土砂降りの中を走るよりは良いのだろうけど……ちょっと、ね」
「今のペースなら、明日には里に辿り着けるだろう。ただ、少しペースを緩めても良いかもしれない。――休める場所があれば、だが……」
眼前に広がるのは、荒野ばかり。
「マツーリ村に来るまでは別のルートだったので、詳しいことは分からないが……ギルドで聞いた話だと、水場は少ないそうだ」
「一応、地図上で以前水場だったところはチェックしてもらったけどな……枯れてなければ、ってところだな」
エルフリーデの言葉に、リックが続ける。
飲水は用意しているが、こう暑いと消費も激しい。出来れば補給したいところだ。
ケンは「まあ、魔術でどうにかなるっちゃ、なるんだけどな」と、水魔術の練習をしながらつぶやく。――なかなか思い通りの出力にならない。
「それはそうだけど、魔力も有限なんだから。……水が補給できるなら、補給しときたいわよね」
苦笑しているシェリル。
魔術を覚えたて――というか、使い始めたばかりのケンには、まだまだ魔術と魔力に関しての実感が無い。便利だな、くらいの感覚なのだ。
「魔術は便利だけどね……過信しすぎると、痛い目を見るのよ。――この前の男みたいに、ね」
「まあ、ありゃ魔術に、ってよりも自分自身を過信してた感はあるけどな」
シェリルの言葉にリックが苦笑する。
イノーチと名乗っていた男は、騎士団に引き渡された。どうやら手配されていた男のようで、詳細は聞いていないがそれなりの犯罪歴があったようだ。
報奨金については申し訳無さもあり、マツーリ村に寄付しようとしたが断られた。ミーヤ曰く、「もう充分に頂いていますから」とのことだ。――なのでエルフリーデに渡そうとしたのだが、「それならばケン殿に渡そう。私のものは、そなたのものだ」と言われてケンが預かることになった。……ケン本人としては、それはどうなのだろうか、と思っているのだが。
「里には、沢山エルフの方がいらっしゃるの?」
「我々の里――シュタイン氏族領はエルフの集落としては大きくはない。今は……百人を切っていた筈だ」
そこで、ケンは「あれ?」と気が付く。
「シュタイン氏族……って、エルフリーデさんが名乗っていた名前じゃ……」
「あ」
遅れてシェリルも気が付く。
「ああ、私は現里長の孫にあたる」
「おいおい、まじかよ……」
御者をしているリックが「え~……」とため息混じりに驚いている。
「それってつまり……ケンは、里長の義理の孫に……?」
「なんだよなんだよ、どういう成り上がりだよ」
「いや待てお前ら」
変な方向に盛り上がっているシェリルとリック。静止しようとしたケンだが、「そうなるな」と笑顔で答えたエルフリーデに唖然とする。
「ケン殿、そろそろ私のことはエルと呼んで欲しい。皆も、そう呼んでくれ」
「わかったわ、エルさん」
「かしこまり、エルさん」
順応するのが早い二人に、ケンは「なんでそんなにあっさりと……」と頭を抱える。
「わからん、何でこうなった……」
頭を抱えるケンだが、「婚約おめでとう」と、何故か生暖かい感じの笑顔でシェリルに祝福される。御者台からは「爆ぜろ!」と毒づいているリックの慟哭が聞こえたような気がした。
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馬車を走らせ続けて暫く経つと、ギルドで教えてもらった水場に到着した。
砂漠の中のオアシスといった感ではなかったが、それに近い形で草木と湧き水のある領域がそこにはあった。
「以前は飲めた、ってことだが、まあ念のために一度沸かしておこうか」
リックがそう言って荷物の中からやかんを取り出し、汲んだ水を入れて火にかける。焚き火の準備などはリックの得意分野である。
「さすが野生児」
「そうね、さすが野生児」
「そのあだ名、忘れてくんねぇかな?!」
村でのあだ名を持ち出され、憤慨するリック。よく山に行ってはサバイバルじみた生活をしていたため、「野生児」なる称号を与えられていた。
名称はともかく、リックのサバイバル系の技術はそれなりに高く、この旅でも大いに役立っていた。
「そうか、リック殿は苦労人なのだな」
的はずれな感想をエルフリーデに抱かれ、「例えだから、例え!」と訂正するリック。
そんなこんなで、一行は村での三人の話やエルフリーデの幼少の頃の話――何でも食べたがって少し毒性のある実を食べて里の者に呆れられた話などをして、休憩した。
何度か湯を沸かし、空いていた容器で冷ました一行は、給水と休憩という目的を果たし、そろそろ移動を再開しようと腰を上げた。
「――あの、旅のお方?」
不意に声をかけられ、慌てて振り返る一行。そこには、少々小柄な――子供といった容姿のエルフ族の少女が立っていた。
「なんだ、リナーシュではないか」
「……え、姫様?!」
どうやらエルフリーデの知り合いらしい。
「え、姫様……?」
「まあ、里長の孫だし?」
「もういい加減覚悟決めろって、ケン」
驚いているケンと、妙に落ち着いているシェリルとリック。ケンと比べて、飲み込みが早かった。
「姫様がここにいるということは……それでは、宝玉が?!」
笑顔輝くリナーシュと呼ばれたエルフの少女。だが、それはエルフリーデの次の言葉で少々曇ってしまう。
「いや、宝玉はない。宝玉は、消失してしまった」
「そんな……」
明らかに落ち込んでいるリナーシュ。
ケンは、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「まあ、詳しい話はこれから里でする。――リナーシュ、それよりも客人の前だぞ?」
諭すように言われ、ようやくリナーシュは「あ!」と慌てて姿勢を正した。
「失礼しました! シュタイン氏族領、メデル氏族の娘、リナーシュと申します!」
「リナーシュ、こちらはお世話になっているケン殿、シェリル殿、リック殿だ」
「はじめましてリナーシュさん、シェリルです」
「リックです。よろしくリナーシュさん」
「……ケンです。どうも」
やや覇気のないケンを除き、一行は笑顔で挨拶を交わす。
「それよりも、気配を隠して何をしていたんだ?」
エルフリーデに問われ、リナーシュは「そのぅ……」と言い辛そうにしていた。
「なんだ、はっきりしないか」
「あの、その……また、里に侵入者がありまして……」
「なんだと!」
エルフリーデの大声に、リナーシュが「ひぃ、ごめんなさい!」と反射的に謝っていた。
「す、すまん。つい……。それて、どういうことなんだ?」
エルフリーデに問われ、リナーシュは「数日前、里に怪しい格好をした侵入者が出たんです」と答えた。
「何かが奪われた形跡はないのですが……その、宝玉のこともあるので……」
語尾が小さくなっていくリナーシュ。エルフリーデはそれを聞いて唸っていた。
「あの、エルさん。エルフの里って、わりと入るのは難しいと聞いたことがあるけど……」
シェリルの問いに、エルフリーデは「閉ざされた世界と言っても良いくらい、外界とは距離を取っていて、里に入るにはエルフの案内がまず必要だ」と答えた。
「宝玉が奪われた時、他の氏族領の敵対行動かという予想もあったくらい、結界が張られていてエルフ以外では侵入は困難だと思われていたのだ。――だが……あの男はエルフではなかった」
エルフリーデの言葉に、リナーシュを除いた一同は頷く。
「エルフの結界を破る何かがあるのか、それとも……。――まあ、ここで考えていても、答えは出ない、か」
「そんなエルフの里に、立て続けに侵入者が出たということは、結界の破損、無効化が行われたと考えるのが自然か……」
エルフリーデの言葉にリックが続ける。
「結界には、破損は認められませんでした。なので……」
「無効化、か……」
リナーシュの言葉に、エルフリーデは下唇を噛む。
「とりあえず、里に急いだほうが良さそうね」
「……だな」
シェリルの言葉に、ようやくケンが言葉を発する。
「エルフ……エル、急ごう」
ケンの言葉に、エルフリーデは嬉しそうに微笑む。
「ああ……行こう」
一行は急ぎその場を片付け、里へ向けて出発した。
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出発した翌日。一行は目的地へと到着した。
「……これが、里?」
「その手前、といったところだな」
ケンの疑問にエルフリーデが答える。
一行の眼前には、大きな森――大森林が待ち構えていた。
「エルフは自然と調和し生きる一族。エルフの里は、その多くが大森林の中に作られている」
エルフリーデの言葉に「そうなのか……」と大森林を見て圧倒されているケン。その様子を見て「知らなかったの? わりと有名な話なのに」とシェリルに呆れられた。
「エルフの里がある大森林は、『迷いの森』と呼ばれることがある。これは、結界があるせいで同じところをぐるぐると歩き回ることになるからだな」
エルフリーデを先頭に、リナーシュが最後尾についた状態で大森林を進む一行。
「なるほど、それで侵入が難しいのか」
納得するケン。
「まあ、それと色々な話が変に結びついて、一時期エルフは『人に幻を見せて堕落させる』ものだと思われていたのだがな」
苦笑するエルフリーデ。なんでも、美形揃いのエルフ族へのやっかみや誤解が混じって、そんな噂話が生まれたらしい。
「エルフ族にも道を外れる者がいない訳ではないが、それはあまりにも一族を侮辱していると、当時の里長クラスのエルフ達が抗議したという逸話が残っているが……今では笑い話だな」
「色々大変なんだな……」
神妙な顔になっているケンに、リックが「なんかキャラ違くね?」と茶化すが、ケンは「俺だって真面目に考えることもあるさ」と拗ねた。
「もうそろそろだ」
エルフリーデの言葉に前を見直す一行。しかし、変わらず木々しか視界に入っていない。
「特殊な結界だからな、エルフ族か相当な魔術の使い手にしか探知できないと言われている」
苦笑しながらエルフリーデが右手を構える。
「開門せよ。我はシュタイン氏族が一人、エルフリーデである」
次の瞬間、眼前の空間に縦に一筋、亀裂のようなものが走る。それが光を発しながら、まるで『門』が開くように広がっていく。
「さあ、エルフの里への門が開いたぞ?」
驚いているケン達に、エルフリーデはイタズラが成功したかのように、無邪気な笑顔をみせていた。