宝玉とエルフ その4
「これが……宝玉?」
シェリルの問いに、エルフリーデは「ああ、間違いない」と答える。
「えーと、これ渡しても……大丈夫、なのかな?」
ケンの疑問に、エルフリーデは自信なさげではあるものの「大丈夫だろう」と言う。
恐る恐る手渡すケンだったが――何も起きず、エルフリーデの手の中に宝玉は収まった。
「綺麗ですねえ……これが魔獣を呼び寄せていたとは」
宝玉を遠目に眺めながら、ふむふむと唸るミーヤ。
「力あるものは、望む望まざる関係なく、色々なものを呼び寄せてしまう。――それは、人とて同じであろう?」
エルフリーデの言葉に「なるほど」と納得するミーヤ。
「これで里の皆も安堵できる。ありがとう」
ケン達に頭を下げ、礼を言うエルフリーデ。
「いや、たまたま居合わせただけだし?」
「俺ら、穴掘っただけだし……な?」
ケンとリックはそれぞれ、照れくさそうに応える。
「まあ、良いじゃない。これで原因は排除できるし、あとは穴を埋めて――」
「――いやいや、やっぱりこの村でしたか」
声に皆が振り向くと、そこにはあの『胡散臭い商人』こと――イノーチが立っている。
「皆さんには感謝しますよ。――まったく、欲深い奴がいたのに気が付かず、宝玉を持ち出されてしまったのは、とんだ失敗でした。しかし、時を経て――こうして再び、宝玉と出会うことが出来た」
笑いながら近付いてくるイノーチ。その様子は、少々おかしく見えた。
「――その言い方だと……里から宝玉を盗んだのは、お前か?」
目を細め、イノーチに問うエルフリーデ。
イノーチの言葉が本当だとすれば、奴はエルフリーデが宝玉とともに探したかった、憎き犯人ということになる。
「ええ。――エルフ族の秘宝……その力も価値も、なかなかお目にかかれない代物です。私はその力で、世界を手に入れる……金だけじゃない、力も手に入れば、私に敵うものなどいない!」
イノーチの姿形が……歪んでいく。そこに立っていたのは、商人イノーチとは別の姿――魔術士と思しき姿の、額に傷持つ男だった。
漆黒のローブは安物に見えない。その姿からは、油断ならない『雰囲気』が発せられていた。
「――何者だ」
「エルフ風情に名乗る名など持たんよ」
そう言って、馬鹿にするように鼻で笑う、イノーチと名乗っていた男。
「さあ、その宝玉を渡せ。――そうすれば、命を奪うまではしない」
尊大な態度の男。その態度に、ケンは舌打ちする。
「いきなり現れて好き勝手言いやがって……誰だか知らないが、宝玉を奪うってんなら、邪魔してやる!」
ケンは剣を構える。
「避けられるものなら避けたいものだが……やるしかなさそうか」
ため息混じりに身構えるリック。
「何だか気持ち悪いから殴りたい」
物騒なシェリル。だが、本当に気持ち悪そうだ。
ミーヤは「村長、戦いになる。離れていろ」というエルフリーデの言葉に従い、走り去っていった。
「――ふん……お前達如きが、この俺に? ……笑えん冗談だな。――雷鳴よ」
放たれた魔術――雷撃を避けることは出来たが、四人はそれぞれ離されてしまう。
「先手必勝だ!」
駆け出すケン。
横薙ぎに放った斬撃は軽く躱され、たたらを踏んだケンは舌打ちする。
「後手に回ったのにも気が付かず、先手など……頭の悪い奴だ」
男の煽りに「うるさい!」と返すケン。しかしながら、悔しさは隠せなかった。
「風刃よ!」
「炎の渦よ!」
シェリル、リックがタイミングを合わせて魔術を放つが、男の魔力壁により無力化され、ダメージを与えられない。
エルフリーデが弓矢で援護するが、全て炎の魔術で燃やされてしまう。
「コイツ、かなりの実力者のようだ」
エルフリーデが忌々しげに漏らす。
ここまで、一行の攻撃は全く当たっていない。
「諦めなければ、そのうち当たる!」
再び斬りかかるケンだったが、躱されたばかりか反撃の雷撃を受け、吹き飛ばされてしまう。
「ケン!」
「大丈夫かよ?!」
シェリル、リックの心配する声に「なんとか、な」と応えるケン。――しかし、ダメージは大きかった。
「癒しの光よ」
側にやってきたエルフリーデが、治癒魔術でケンの傷を癒やす。
「全快、とまではいかないが」
「いや、充分だ。助かる」
礼を言い、立ち上がるケン。
「奴の力は我々を上回っている。――勝つのは、容易ではないぞ」
エルフリーデの言葉に考えるケン。
近接戦闘さえ苦にしない男に対し、近接戦闘を任されているケンが歯が立たない状況は、たしかに困ったことになっている。
シェリルとリックがそれぞれ魔術で対抗するが、やはり男の魔力壁に阻まれている。
「エルフリーデさん、使える魔術は?」
「治癒魔術と風魔術……あとは土魔術が使えるレベルで、他は使えても戦闘に耐えるレベルではない」
エルフリーデの言葉に思考を巡らす。
土魔術で男の足を止め、そこに斬りかかれば――ケンの提案に、エルフリーデが乗る。
「じゃあ、よろしく!」
「心得た」
男の意識を自分に向けさせるため、フェイントを使いながら接近するケン。
「小賢しい!」
雷撃がケンに襲いかかる。ほんの少し、避けきることが出来ずに喰らってしまうが、それでもケンは足を止めない。
「土の呪縛よ!」
エルフリーデの土魔術により、盛り上がった土が男の足に絡む。
一瞬生まれたその隙――ケンは逃さずに斬りかかる。
「でりゃあっ!」
斬った――手応えは、あった。
「――やったか?!」
「ケン、それ駄目よ!」
シェリルの言葉通りなのか、ケンの一撃は致命傷たり得なかった。
「ガキがっ――千の雷光よ!」
放たれた無数の雷撃に曝されるケン。
避けること叶わず――ケンは、吹き飛ばされ――倒れた。
「冗談だろっ?!」
「ケン!」
リック、シェリルがケンに駆け寄る。
その間に土魔術の呪縛から逃れた男は距離を取り、忌々しげに己の身体に付けられた傷を見る。
「強化された肉体とはいえ、痛みはあるのだ……忌々しいガキめ」
吐き捨てるように言う男。破れた衣服の下にある肉体は、治癒魔術を使うこともなく傷が無くなっていく。それはまるで、自己治癒しているかのようだった。
「ば、バケモンかよ……」
リックがそう漏らすと、シェリルも「勝てる訳無いじゃない……」と弱気になる。
「ケン殿、しっかりしろ」
遅れて駆け寄ってきたエルフリーデが治癒魔術を使うも、ケンの傷は治らない。
ケンは、意識を失い、ピクリとも動かない。
「どんな魔術使ったんだよ、アイツ……!」
リックも加わり治癒魔術を施すが、やはり傷は治らない。
「そんな、どうして……」
シェリルも治癒魔術を使うが、やはり効果はない。
三人で治癒魔術をかけ続けるが、全く効果はないようにみえた。
動揺するシェリル、リック、そしてエルフリーデ。
そんな一行を眺めながら、男は笑っていた。
「――何がおかしいのよっ!」
シェリルの叫びに、男は「これが笑わずにいられるか?」と返す。
「そのガキは、死にかけているんだよ。……治癒魔術が効くのは、まだ生きている奴だけだ。――そいつは、死ぬ」
男の言葉に、一同は気を失ったままのケンを見る。
その呼吸は、弱々しい。――まるで、もうすぐ止まってしまうかのように……。
「冗談じゃないぜ、ケン!」
リックがそう言いながら、心臓マッサージを施す。
「悪足掻きはやめておけ。――時間の、無駄だ」
「うるせぇっ!」
男の言葉に怒鳴り返しながら、心臓マッサージを続けるリック。
「お願い、効いてよっ!」
泣きそうになりながら治癒魔術をかけ続けるシェリル。――しかし、効果はない。
「ケン殿……!」
治癒魔術をかけつつ、エルフリーデは何かを思案している。
やがて、意を決した彼女は治癒魔術を止め、宝玉を手にした。
「エルフリーデさん、何をする気?!」
突然の行動に、シェリルは驚く。
リックも驚いてはいるものの、心臓マッサージを止めない。
「どうした、エルフ。――大人しく、宝玉を渡す気になったか?」
男の言葉に、エルフリーデは首を横に振る。
「――どうせ失われるなら、里の者達に胸を張って報告できる道を選ぶ」
「――どうするつもりだ?」
瞼を閉じ、一度深呼吸したエルフリーデは瞼を開けると不敵に笑い、宝玉を掲げる。
エルフリーデの行動に、シェリルもリックも手を止める。
「――こうするのさ」
「――! まさか……やめろ!!」
男の静止を振り切り、勢い良く振りかぶったエルフリーデは、宝玉をケンの胸へと叩きつけた。
眩い光が、ケンを中心に放たれる。
「な、何が?!」
「エルフリーデさん!」
眩しさに目が開けられないシェリルとリック。
「貴様ぁっ!」
男の怒声が聞こえる。しかし、この膨大な光と共に溢れ出す『力』に翻弄されているのか、近づいてくることはない。
「ケン殿、我らがエルフの宝玉に秘められし力――受け取るが良い!」
遠くから魔獣か獣か――何かが啼く声が聞こえる。
大地が揺れ、木々がざわめく。
辺りの空気が変わっていく――そんな感覚に、リックとシェリルは戸惑う。
「いったい、何が……!」
シェリルの問いに、エルフリーデは答える。
「大いなる力を受け継ぎし戦士として、ケン殿は死を振り切るのだ……!」
光が弱まり、辺り一帯が恐ろしいほどに静かになる。
「ば、馬鹿な……私の宝玉が……」
「貴様のものではない」
男のつぶやきに、エルフリーデが吐き捨てるように返す。
「さあ、目覚めよケン殿。今のそなたなら――」
瞼をゆっくりと開けるケン。
「――今のそなたなら、名のある悪魔とて、倒すことが出来るであろう」
起き上がるケン。
開かれた瞳。その瞳は――黄金に、輝いていた。
「宝玉に込められし力を受け継ぎし、新たな戦士よ。一族に代わり、私がそなたを――ケン殿を祝福しよう」
そう言って、エルフリーデは微笑む。――ほんの少し、罪悪感を感じているかのような、困った表情を覗かせて。
「ふざけるな……この私の、緻密に練られた計画が――私の夢が!」
叩きつけるように地面を踏む男。その姿からは悔しさとともに、怒りを感じられた。
「――勝手なこと、言ってんじゃねーよ」
ケンが、男に対してそう返す。
「何だかわからねーけど、力が溢れてくる……まるで、お前をぶっ飛ばせ、って言われてるみたいだ」
剣を構えるケン。
「ガキが……調子に乗ってんじゃねーぞ!」
怒りを露わにする男。
ケンは、非常に落ち着いた感じで笑う。
「小物臭がすげえな、お前。――今なら、負ける気がしないぜ」
「――ガキがっ!」
飛びかかってくる男。
ケンは、落ち着いて左手を突き出した。
――何をすれば良いのかは、分かっていた。