宝玉とエルフ その3
ミーヤの自宅に戻った三人は、来客用の部屋(二部屋)を借り、暫し身体を休めることにした。部屋割は当然、シェリル、ケンとリックという組み合わせだ。
それぞれ身体を休め、己の武器や道具を確認し、襲撃に備える。
そんな中、ケンだけは感じていた違和感に頭を悩ませていた。
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そろそろ日が傾きかけようかという頃、ミーヤを訪ねる者がやってくる。
来客に気が付いていたケンだったが、特に気にせずにベッドで横になっていた。
それぞれ部屋でのんびりとしていたが、暫くするとミーヤの妻が三人を呼びに来た。
「夫が皆様に来て頂きたい、と」
事情がわからないものの、無視するわけにもいかず三人はミーヤの所へ顔を出す。
テーブルを挟み、ミーヤの前にはエルフ族と思われる――金髪碧眼の美しい女性が座っていた。
「なかなかのスタ……いや、なんでもない」
リックから漏れた何かに気が付かないふりをする二人。これも日常茶飯事である。
「こちらはエルフリーデさんです。――何やら探しものがあるということなのですが、私ではよく分からず……皆さんのお力をお借り出来れば、と思いまして」
ミーヤがそう言うと、エルフの女性――エルフリーデは立ち上がり、頭を下げる。
「シュタイン氏族の子、エルフリーデという。私は、一族に伝わっていた秘宝を探して旅をしている」
エルフリーデの言葉に、「秘宝?」とケンが聞き返す。
「祖先が産み出した、力を秘めた宝玉だ。――恥ずかしい話だが、二年前にそれを盗まれてしまった。我々は、それを追って各地に捜索隊を出した。私は、その一人だ」
そう答えたエルフリーデに、シェリルは首を傾げる。
「捜索隊、ということですが――貴女の同行者は……」
エルフリーデはその問いに、沈痛な面持ちで「この村に辿り着く前に、志半ばで倒れた」と答えた。
「それは、申し訳ないことを聞いてしまいました。その方に、安らかな眠りが訪れるよう、祈ります」
「ありがとう、そんなに気にしないでくれ。私か、仲間達が宝玉を持ち帰れば良いのだ」
「それで、この村に来たのは何か手掛かりが?」
リックの疑問にエルフリーデは頷く。
「宝玉は、その内包する力により、キチンと管理しないと魔獣等を引き寄せてしまうのだ。――村長、もう一度問おう。この村、急に魔獣に襲われるようになったのではないか?」
「え、ええ……その通りです。ですが……まさか、本当に、その宝玉のせいで……?」
「私はそうだと考えている」
「ですが、そのようなものには心当たりが……」
ミーヤは首を傾げている。心当たりはなさそうに見える。
「……それって、もしかして農地に埋まっているんじゃ……」
ケンの発言にエルフリーデは食いつく。
「心当たりが?!」
ケンはエルフリーデの勢いに驚きつつも「あくまでも思いつきなんだけど」と前置きした上で、自分の考えを話す。
「襲われるのは農地区画という話だった。その上で、本当にその宝玉がこの村にあって、魔獣を引き寄せるのだとしたら……農地の、畑の何処かに埋まっていると考えるのは、おかしなことじゃないよな?」
ケンの説明にリックは「そりゃ、自然な考え方だな」と納得し、シェリルは「ケンにしては冴えてるわね……」と、何故か悔しそうだった。
「そなたの言うとおり、魔獣が集まる場所に宝玉がある可能性は高い」
そこで、シェリルはひとつの疑問をぶつける。
「それが本当なら、魔獣が集まる理由はわかりました。けれど、他の害獣も集まるというのは……?」
その疑問に、エルフリーデは軽く頷いてから答える。
「基本は、魔獣に対して作用してしまう。しかし、魔獣に近い性質を持った生物に対しても、少なからず影響してしまうのだ。強い力を内に秘めた獣などは、魔獣に近い性質を持つらしい」
シェリルは「なるほど」と頷き、「でしたら、その宝玉をみつけて、エルフリーデさんにお渡しできれば、全ては解決できるわけですね」と両の手のひらを合わせながら言う。
「でも、手当り次第穴を掘るのか? それはさすがに……」
リックの言葉に、ミーヤも「出来るだけ被害は少なくしたいのですが……」と小声で漏らす。
「宝玉は微弱ながら、力を発している。敏感な魔獣達はそれを捉えられるが、我々エルフ属も多少は感じ取れる。近くにいけば、わかるだろう」
「それは好都合ですね! 村長、被害の最も出ている畑に案内してください。それと、その持ち主に交渉を」
シェリルの言葉にミーヤは「それならディーガのところだと思いますが」と答える。
「まさか、ディーガの畑に、その宝玉が……?」
驚くミーヤ。
「その宝玉が魔獣を呼び寄せてしまうのであれば、最も被害の大きな畑に宝玉があると推測するのは、自然なことです」
若干自慢げなシェリル。
「なるほど、その畑に私が行けば確認もできる。手当り次第掘り返す、なんてことはしないで済みそうだ」
感心しているエルフリーデ。
「では、さっそく探してみましょう。原因がわかったのであれば、早く対処すべきでしょうから」
シェリルの言葉にミーヤも頷く。
「では、日が暮れる前に」
ミーヤを先頭に、一行はディーガ宅を目指すことになった。
日が暮れるまでに、それほど猶予はなさそうだ。
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「村長、アンタ何言ってんだよ!」
交渉を村長に任せたものの、当然というべきか、話は順調に進むことはなかった。
「魔獣の件でウチの畑が一番被害が大きかったの、アンタ知ってるだろうが! それでもどうにか整えようってのに……それを、掘り返すだって? 冗談じゃないよ!」
ディーガは馬鹿なことを言うなと憤慨していた。
これでは話が進まないな、と誰もが思い始めたその時、エルフリーデが「無理を言っているのは承知している」と一歩前に出た。
「……アンタは?」
「私はシュタイン氏族の子、エルフリーデ。盗まれたエルフ族の秘宝を求めて旅をしている。今回の魔獣の件、どうやら我々の秘宝が関係しているように思われ、その原因を取り除くとともに、秘宝を回収したいと願っている。もちろん、掘り起こすことで生じるそなたの損害はある程度補填させて頂く」
そう言ってエルフリーデが荷物から取り出したのは、各種様々な輝きを持つ宝石だった。
「最低限の掘り起こしで済ますことも約束する。――どうか、これで許してもらえないだろうか?」
エルフリーデから手渡された宝石にディーガは目を大きく見開き、それからハッとしたように数度、瞬きした。
「ほ、本当にこれで……? その秘宝とかいうのが出なくても、返せって言わないよな?」
「それは畑を掘り起こすことに対する補填だ。出なくてもそのまま受け取ってくれて構わない」
「……なら、良いよ。ただし、ほんとに気をつけてくれよな! これ以上損害が出たら、カミさんの機嫌が悪化してヤバイんだよ……!」
「約束する」
それで、交渉は成立したようだった。
「あんなに渡して良かったのか?」
「構わん。秘宝に比べたら些細なものだ」
ケンの問いにエルフリーデが苦笑する。「まあ、秘宝は宝石なんて美術的価値しかないものとは異なるがな」とも付け足す。
「じゃあ、ミーヤさんが監督をするということで、ディーガさんの畑を掘り起こします。終わったら、最低限戻しておきますので」
シェリルの言葉にディーガが「ほんと、頼むからな」と念を押す。一行はディーガの妻が相当恐ろしい人物なのかと思い始めていた。
掘り起こすためのスコップもいくつか借り、一行は畑を目指した。
ミーヤの案内で到着した畑は、被害が重なったという話に頷ける程度に荒れていた。
「これでもかなり戻ったんですけどね。……戻すたびに荒らされてしまって」
ミーヤがため息をつく。
「エルフリーデさん、何か感じるかい?」
リックは隣に立っていたエルフリーデに尋ねる。
エルフリーデは瞼を閉じて集中していたが、やがて「あった!」と声を上げた。
「そこの下、それほど深くないところに宝玉の力を感じる」
エルフリーデが指差した場所を、ケンとリックが掘っていく。人がまるまる収まる程度の深さになったところで、ケンは光る何かに気がつく。
「何か出たぞ!」
ケンの言葉にリックが『それ』に触れようとするが、バチッ! と何かが弾けるような音がして、次の瞬間にはリックが手を抑えていた。
「イッテェ……!」
「大丈夫か?!」
心配するケン。見た目には、リックに怪我らしきものは見当たらない。
「何かに弾かれた感じだった。――宝玉の力……なのか?」
「――大丈夫、リック?」
頭上から聞こえるシェリルの声。「ああ、大丈夫そうだ」とリックは答える。
「宝玉が自らを守っているのかもしれない。魔獣が寄って来つつも奪われなかったのは、そういうことか……」
何やら納得しているエルフリーデ。
「どうやって回収するんだ? 触れないんじゃ――」
そう言って何気なく手を伸ばしたケンだったが、宝玉はケンを拒絶することなく、その手の中に収まった。
「……痛くないぞ?」
「えぇ? そんな馬鹿な――イテェっ!」
確認しようと触れたリックは痛がっているが、ケンはなんともない。
「……えーと、どうなってんだ?」
シェリルに問うケン。
「私にわかる訳、ないでしょ」
ため息をつくシェリル。
「これは……」
ギャーギャー言う三人を見ながら、エルフリーデは何やら考え始めていた。
「……あの〜、とりあえず穴から出て話しませんか?」
事情がわからず一人冷静だったミーヤの提言により、とりあえずケンとリックは穴から這い出ることにした。