宝玉とエルフ その2
「どうする? 見るからに胡散臭いぞ」
「ああ、見事なまでの胡散臭さだ」
「ここまで胡散臭いと、見事としか言えないわね……」
ケン、リック、シェリルそれぞれのイノーチへの感想であったが、見事なまでに一致していた。
「どうする? コイツ、かなり胡散臭いぞ」
「面倒事は勘弁だな」
「無視して店を出ましょう」
意見が一致したので、三人は「我々は帰りますので、失礼」とシェリルを先頭に支払いを済ませようとカウンターへ向かう。
「いやいや、少々お待ちください」
食い下がるイノーチ。妙な手揉みをしており、胡散臭いを通り越して気持ち悪いと三人は思い始めている。
「経験が積めて、金も手に入る。お互いに良いお話だと思うのですが……」
イノーチそう言いながら距離を詰めてくる。
「いや、そんなに言うならギルドに依頼を出せば良いだろう。腕利きの冒険者が、アンタの依頼を受けてくれるさ」
リックの言葉に「それはそうですが」と前置きをし、イノーチは頭を振る。
「冒険者ギルドへの依頼は、確実性や即時性という点では、あまり期待できませんからね。……それに、こうして私自ら確認して、依頼した方が安心できますし。……ね?」
胡散臭さ全開の笑顔で三人に語るイノーチ。
「我々はまだまだ未熟。ご期待に応えられるとは思いませんので。失礼します」
シェリルはそう言うと、押し退けるようにイノーチの脇を通り過ぎる。
「後悔しますよ?」
背後から聞こえるその言葉に、三人は顔を見合わせたが……気にせず会計を済ませ、店を後にした。
「何だったんだ、アイツ……」
食後の満足感が台無しだ、と言わんばかりにケンがポツリと漏らす。
「商人、とか言っていたけど……本当かしら? まあ何にせよ、まともな人間には思えないわね」
シェリルは「面倒なのに目を付けられたかしら」と、ため息を漏らす。
「なんで俺達に声をかけたんだろう? もっと腕っ節の良さそうな奴、店の中にいたと思うんだけどな……」
首を傾げるリック。見るからに初心者、という自分達に声をかけるなんて、見る目が無いか……後ろめたいことがあるのではないか、と思わずにはいられないと言う。
「まあ、あんな奴のことは忘れて、今日はさっさと休みましょう。明日も頑張ってクエスト達成しないとね!」
「そうだな、ガンガン稼ごうぜ!」
「ま、ケンと同意見ってのは癪だけど、そうだな」
「……お前、一言多いよな」
そんなことを言いつつ、三人は宿へと帰っていった。
==========
初クエストの翌日、三人は冒険者ギルドへとやって来た。
肉体疲労はほとんどなく、三人は万全の状態であると確認しあい、依頼が掲示された掲示板を眺めていた。
今日は昨日とは異なる薬草採取の依頼と、近隣農村の害獣退治、商人の護衛といった依頼が掲示されていた。
「どうする?」
「う~ん……商人の護衛、は無しかなあ。気分的に」
パーティーの頭脳たるリック、シェリルが話合う中、ケンは「商人の護衛、冒険者っぽくて良いと思うけどなあ……」と零す。
「だって、昨日の奴思い出しちゃうじゃない……」
「それに、俺達のレベルで護衛だなんて、さすがに無理があるだろ」
シェリルとリックの意見に、ケンも渋々従う。無茶はするが、無理はしない。それがケンという人間だった。
話し合いの結果、近隣農村の害獣退治を選んだ三人。一週間、村に滞在して害獣退治をすることになる。
人の役に立って、冒険者として戦闘経験も積める。考えようによっては、なかなか良いクエストではないか、という三人の結論だった。
乗合馬車に揺られて二時間弱。問題の村に到着し、村長宅を尋ねる一行。村長の妻にお茶をもらい、出かけているという村長を待つ。
しばらくすると村長が帰宅し、妻から「冒険者の方々が、害獣退治の件でお見えになられていますよ」と聞き、ケン達に頭を下げつつ自己紹介した。
「マツーリ村村長のミーヤと申します」
「私はシェリル、こちらはケンとリックです」
代表して応えたシェリルに紹介され、ケンとリックも軽く頭を下げて挨拶をする。
ミーヤの話によれば近頃、村に害獣が大量に押し寄せており、村の自警団だけではもはや手に負えない状況なのだという。
「猪とか狼が来るということですが」
「いえ、そいつらも来るには来るのですが……ここ最近は、『灰色狼』などの魔獣も増えていて……」
聞けば、魔獣の棲家でも出来たのかといえばそうでもなく、周囲から徐々に集まってきているようなのだという。
冒険者ギルドや国に対処を依頼しているが、目に見えるほどの効果は出ていないそうだ。
「依頼には魔獣のことは書いてなかったな……」
リックがそう漏らすと、「魔獣に関しては、追加で報告はしているのですが……」と困惑するミーヤ。――だとすると、ギルドの手続きミスということか? 顔を見合わせる三人。
三人は話し合いの末、『灰色狼』程度であれば相手ができないこともないので、依頼をこのまま受けることにした。
「ありがとうございます。皆さんにはここで休んでいただいて、害獣が出た際には合図があるので、その時に対処していただければ」
「この村の地図ってありますか?」
「ああ、地図ですね。……おい、母さん。地図を持ってきてくれ」
シェリルの要求に、ミーヤが妻に地図を持ってこさせる。
「――農地は北側に集中しているんですね。被害は?」
「そうですね、農地が中心です。北側にある森を通って、害獣達は入ってくることが多いです」
「北側に何らかの対策は?」
「しましたよ。罠を仕掛けましたが、かかる以上の数でやってこられては……」
シェリルが地図を見ながらミーヤに確認をしていく。
「でも、何でそんなに害獣とか魔獣が来るんだ? そんなに美味い野菜育てているのかな?」
空気を読まず、ケンがそう呟く。
「……たしかに、害獣だけじゃなくて魔獣もやって来るなんて、何かがあるのかしら?」
シェリルはそう言って考え込む。
「うちの村の野菜はたしかに美味いですが、魔獣にまで襲われるほどかというと、ちょっと……」
ケンの呟きに対して、ミーヤが苦笑しながら答える。
「国の調査でも、何故うちの村が襲われるのか、分からなかったんですよ。害獣や魔獣の生息域に変化があって、そこにうちの村が干渉しているのかもしれない、とは言われましたが」
「推測の域を出ない、と?」
「その通りです」
ミーヤの答えに、シェリルはため息をつく。
「――でもまあ、私達の仕事は、害獣退治な訳だし。考えても仕方ないわね」
「国の調査でわからんことを、俺達冒険者の下っ端が考えても答えは出ないさ」
シェリルの結論にリックが苦笑しながら頷く。ケンは「そんなもんなのか?」と首を傾げている。
「ひとまず、実際に現場を見てみよう。その方が動きやすくなるだろうし」
リックの提案に頷く二人。
「では、私達は農地を見てこようと思います」
「わかりました。私が案内します。村人に話を聞きやすくなるでしょうし」
「お願いします」
シェリルがテキパキと段取りを進める一方、ケンは「でも、ホント、何でこの村は襲われているんだ?」と、珍しく頭を悩ませていた。
「ここが農地のエリアです。うちの村で収穫された野菜は国王陛下もお食べになられているのですよ。それと平和なことがこの村の自慢です。……自慢だったのですが」
ため息をつくミーヤ。害獣に何度も襲撃されていては、平和とは言えないだろう。
「――あの柵の向こう側から害獣が?」
リックが指差した方向には、何度も修復された跡がみえる木製の柵があった。
「ええ。柵の向こう側に罠を仕掛けてあるのですが、効果は芳しくありませんね……」
「鉄製に変えれば、まだマシなんじゃないのかな?」
ケンの指摘に、ミーヤは苦笑した。
「そう思って、鉄製の柵にしたのですがね、結局粉砕されまして……。今では直すのにお金があまりかからない、木製の柵に逆戻りです」
「まあ、魔獣まで出てくるとなると……」
ため息混じりのミーヤの話にリックが「そりゃそうなるか……」と納得した。
「でも、鉄の方がまだ壊れにくいし、そりゃ金はかかるかもしれないけれど……」
納得できていないケンの言葉に「馬鹿ね」とシェリルはため息をつく。
「同じ『気休め』で立てるなら、鉄だろうと木だろうと、同じなのよ。それでドンドン壊されてみなさいよ、この村の予算は瞬く間に無くなるわよ」
「仰る通りで……」
情けない話ですが、と苦笑するミーヤ。魔獣を止められなければ、何を置いても一緒なのだと説明をされ、ケンは渋々「そんなもんか」と納得したようだ。
「とりあえず、柵の側は現在、休耕地としています。なので、地図で言うと――ああ、この区画までなら荒らしても大丈夫です。……なるべくダメージが少なければ嬉しいですが」
「努力します」
ミーヤにシェリルが笑顔で返す。
なるべく被害を少なくしたいのはこちらも同じだが、魔獣相手ではどうなるかわからない。最悪のケースというものも考慮しておくべきだろう、とシェリルは他の二人に己の考えを伝える。
「土地は耕せるが、人は死んじまったら奇跡を起こさないと取り戻せないからな。人命がかかったら、そっち優先だろうな」
「村人も野菜も、俺が守ってみせるさ!」
わかっていそうなリックと、わかっているのか不安になる様子のケン。シェリルは「大丈夫かしら……」と天を仰いだ。
「――とりあえず、これで地形とかはわかった訳だし、あとは戦い方を考えましょう。――とは言っても、なるようにしかならないでしょうけれども」
シェリルの言葉に頷く二人。
「どうか、お願いします」
頭を下げるミーヤに「出来る限りのことはします」と応えるシェリル。
一旦村長宅に引き上げる一行。そんな中、ケンだけが後ろを振り向く。
「――なんだろうな、何か変なんだよなあ」
首をかしげるものの、ケンはその『違和感』の正体を掴めない。
「何してるの、ケン」
ケンが遅れているのに気がついたシェリルが声をかけてくる。
「なんでもない」
もう一度農地の方を見て、それからシェリル達を追う。
何か、は分からないが、ケンは害獣に襲われ続けている農地が気になって仕方がなかった。