望まれぬ者、招かれざる者 その9
遅れました。
意識すれば、ケンは己の中にある『力』――宝玉より得られた『力』を実感する。その『力』を解き放つようにイメージすると、あの魔術士との戦いの時のように、身体中に力がみなぎってきた。
「それが宝玉より得られし『力』か!」
「みたいだな!」
剣と短剣が交錯し、一進一退の攻防が展開される。
オイズミーは時折自らの姿を消す――幻影の魔術を使うが、ケンはその姿を知覚し、対応する。
見ていることしか出来ないエルフリーデ、シェイル、リック、アルフレド。下手に手を出せばケンの足を引っ張るということがわかっているため、全員手が出せずにいた。
「忌々しいな、その『力』!」
「アンタが解き放った『力』だよ、オイズミーさん!」
術式を展開し、光熱波を放つケンと、それを反射の魔術で反らすオイズミー。
オイズミーは経験を活かした行動選択と、その選択の早さでケンを攻め立て、ケンは溢れ出る『力』で押し返す。
見た目には派手なケンの攻撃と、地味ながらも的確なオイズミーの攻撃。その差は、徐々に出ていった。
「優れた力も、経験が伴わなければ、な!」
「くっ!!」
オイズミーの攻撃は、徐々にケンを追い詰めていく。
「それだけやれるのに……何でだよ!」
「これだけしか出来ないのさ! こんなんじゃ、何も守れない……! 何も、変えられない!!」
オイズミーの放った炎がケンを燃やす。
致命的なダメージではないが、それは確実にケンの体力を奪っていった。
「真っ直ぐだよな……羨ましいよ、君が。でも、それじゃあ、僕は止められない!」
「止めてやるさ!」
宝玉より得たのは、単なる『力』だけじゃない。
ケンは、考える。この状況を打開できる術を。
(何がある……何が、出来る?!)
頭の中に膨大な知識の『欠片』が展開されていく。その情報量の多さに頭痛がするが、歯を食いしばって耐える。
そして、ひとつの手段を見つける。
(やるしか、ないか……!)
「弾けろ!」
空間爆砕――突如、ケンとオイズミーの間で爆発が起こる。
突然の出来事にオイズミーは防御も出来ず、吹き飛ぶ。――ただし、それはケンも同様だった。
「ケン!」
エルフリーデの声が聴こえる。
痛む身体に鞭を打ち、起き上がるケン。
「くっ……自爆とは……」
加減に失敗したらしく、オイズミーも立ち上がっていた。
しかし、無傷では済まなかったようで、あちらこちらから血を流していた。
「空間爆砕魔術とは……そんな高度な魔術を使えるとは、ね……。ほんと、厄介で歪んだ存在だよ、君は……!」
短剣を構えるオイズミー。
「まだ、やる気かよ……」
「まだ死んでないからな……冒険者が諦めるのは、死ぬ瞬間だけだ」
そう言って苦笑するオイズミーを、ケンは複雑な思いで見つめた。
「だったら、何で諦めたんだよ……」
「諦めてなんか、いないさ……」
オイズミーの言葉に、ケンは首を振った。
「諦めてるじゃないか! 奥さんと、平和に暮らせる未来を!」
「……君に、何が分かるっていうんだ」
「わからないさ! アンタが何を考えているのか! でも、アンタが諦めちまっていることだけは分かる!」
ケンは、これほどの実力を持つ彼が、こうして『諦めている』のが、許せなくて……悲しかった。
「戦いだけが、全てじゃないってことくらい、ガキの俺でもわかるさ。でも、戦うべき時に戦わないで、どうするんだよ……アンタは、戦うべきだったんじゃないのか? アンタの『世界』を守るために――奥さんを守るために!」
「それで死んでしまったら、意味が無いだろうが!」
「じゃあ、こんなことになって、意味があったのかよ!!」
ケンの叫びに、オイズミーは黙ってしまった。
「結局アンタはこうして正体がバレ、奥さんが平穏に暮らせなくなりそうじゃないか……」
「お前がいなければ、そうはならなかった――」
「でも、なっちまったんだよ! 俺がいたから!!」
ケンは、もどかしかった。
どうしてわからないんだ? どうして、戦おうとしないんだ?
オイズミーの――経験も実力もある冒険者の末路に、己の将来を重ねていたのかもしれない。身勝手な、冒険者に夢持つ自分の我儘な要求なのかもしれない。
――それでも。
「アンタには同情するし、アンタだけが悪いとは思っちゃいないさ。……それでも、俺は言うぜ。アンタは、戦うべきなんだ。――今でも」
剣を構える。
言葉で通じないなら、剣で語り合うしか無い。それが冒険者であるというのであれば。
「冒険者は実力の世界――アンタを止めるために、アンタに勝つ!」
「出来るのかよ、ガキが!」
飛びかかってくるオイズミー。突き出してくる短剣を横薙ぎに弾き、炎の魔術で燃やケン。
勢いを止められたと思ったが、それでもオイズミーは空いている拳でケンの顔面を捉える。
「ぐっ……!!」
意識が持って行かれそうになるが、堪える。
「弾けろ!」
再び、空間爆砕。
先程よりも加減が効いていない。その爆発に両者弾き飛ばされ、地面に転がる。
「ケン!」
「しっかりして!」
「おいおい、大丈夫かよ!!」
エルフリーデ、シェリル、リックが駆け寄る。
エルフリーデが治癒の魔術でケンの傷を癒やす。
完治までには至らないが、かなりのダメージは回復できた。
「ありがとう、エル……」
「ケン……まだ、戦うのか?」
不安げなエルフリーデに、ケンは微笑んで応える。
「間違っていることは、間違っているって……誰かが教えなきゃ、さ……」
立ち上がり、側に落としていた己の剣を拾う。
視線の先には、よろよろと起き上がるオイズミーの姿がある。
「一人じゃ、アンタには勝てない」
「………」
「でも、俺には仲間がいる」
「………」
「卑怯かもしれないな。――でも、おかげでアンタを止めることが出来る」
「……卑怯だと言いながら、正義の味方ってか?」
オイズミーが苦笑する。
傷が深いのか、その動きには不安定さが見て取れた。
「正義なんて、それを言っている奴の立場でコロコロ変わるだろ? 俺は、そんな言葉を口にする気は、ないね」
「……じゃあ、何で俺の邪魔をする?」
オイズミーの問いに、ケンはしばし考える。
(何で、か……)
それを考え、ケンはふと笑った。
「そうだな……」
後ろに控えている仲間達を見る。
別に、正義の味方がしたくて旅をしている訳じゃない。
魔王を倒して勇者になりたいとか、そういう夢もない。
生きる糧として、この道を選んだ。――ただ、それだけだ。
「俺が、そうしたいからさ」
笑いながら、そう言ってやる。
言われたオイズミーは一瞬、ポカンとした表情を見せるが、すぐに険しい表情に戻る。
「勝手なやつだ」
「そうだな」
互いに武器を構え直す。
「でもさ、冒険者なんて――そんなもんじゃないか?」
ケンの言葉に、オイズミーは一瞬だけ苦笑した。
「そうかもな……」
じわり、じわりと距離を縮める二人。
そして、視線を合わせたまま、二人は一気に距離を縮めた。
「うぉぉぉっ!!」
「てりゃあぁぁっ!!」
ガキンっ! と金属音が鳴り響き、金属の欠片が宙を舞う。
――オイズミーの短剣が、根本からパキりと折れていた。
「歯ぁ食いしばれ、オイズミー!!」
握った左拳をおもいきり振り抜き、ケンはオイズミーの顔面を殴りつけた。
「ぐっ………!!」
振り抜いた勢いのまま、吹き飛ぶオイズミー。
しばらく身構えていたが、オイズミーが立ち上がることはなかった。
「……ひとまず、終わりってところかな」
痛む左拳をさすりながら、ケンは寂しく微笑んだ。
「ケン!!」
後ろから、エルフリーデに抱きしめられる。
「心配したんだぞ、ケン……!」
「……その……何ていうか……ごめん」
なんとなく照れ臭くて、エルフリーデの顔が見れないケン。
「なんだよ、すっかりヒーローだな、ケン」
「茶化しちゃ駄目よ、リック」
リックとシェリルが苦笑しながらそんなことを言っているが、抗議の声を上げることも出来ない。
「全て解決した訳じゃないが……ひとまず礼を言わせてくれ。ありがとう、ケン殿」
アルフレドにそう言われ、どちらかと言えば申し訳ない気持ちになるケン。
「出しゃばって、有耶無耶にしちゃっただけな気もしますけどね……」
倒れたままのオイズミーを見る。
彼に何があったのか、よくは分からない。それでも、彼がこんな愚行に及ぶだけの何かが色々とあったのであろうというのは、想像がつく。それには、同情する気持ちしか無い。
「――それでも、さ……」
ケンは、それでも思わずにはいられない。
「アンタは、戦うべきだったんだ」
届かぬ言葉は風に流され、ケンはモヤモヤとした気持ちのままだった。