望まれぬ者、招かれざる者 その8
またもエルフリーデの世話になり、諸々の聞き取りを終えて宿舎に帰った一行。倒れるようにベッドに入り、翌日を迎えた。
「エルフリーデから話は聞かせてもらった。中に入ることは出来ないが、宝物庫をお見せすることは許可しよう。……私の監視つきではあるが」
アルフレドの下を訪れた一行は、宝物庫の見学を許可された。
宝物庫は里長の屋敷と同じ敷地内――その最も奥まった場所に設置されていた。
宝物庫はまるで神殿のような作りで、中にあるのは秘宝というよりは御神体か何かではないかと思わせるものだった。
「これが……宝物庫、ですか」
シェリルの言葉に、同行していたエルフリーデが「そうだ」と答える。
「私も中に入ったことはない。入れるのは、里長を含む長老会のメンバーと、選ばれた者だけだ」
「現在は許可した事例が無いため、実質、入れるのは長老会のメンバーのみだな」
エルフリーデの言葉をアルフレドが補足する。
宝物庫を見ていたケンは、その姿に違和感を覚える。
「これが本当に、宝物庫……なのか?」
ケンのつぶやきに、アルフレドは「なるほど、ケン殿にはわかるか」と苦笑する。
「これは、宝物庫であって宝物庫ではない」
アルフレドの言葉に、エルフリーデを含めた全員が首をかしげる。
「どういうことですか、お祖父様」
「宝物庫は、この里を守る『結界』と同種の結界によって守られている。――つまり、そういうことだ」
わかるだろう? と微笑むアルフレドに、ケンは「進んでも、宝物庫の中には入れない、ってことですか」と応えた。
「その通りだ。試しに進んでみると良い」
言われて、「じゃあ、試してみる」とリックが宝物庫に向かうが、ケン達から見ると一瞬その姿が揺らめいて見えた後、こちらに歩いてくるリックの姿がそこにあった。
「……おぉ?!」
真っすぐ歩いていただけのリックは驚いていたが、ケン達も同様に驚いていた。
「見えているのは幻、そして、その幻に触れることは出来ない。宝物庫には『結界』の魔術に例外として登録された長老会メンバーが『鍵』となる呪文を唱えなければ入ることは出来ない。選ばれた者も単体では入ることは出来ず、長老会メンバーが同行する必要がある」
「――それと、結界魔術を破るか、ですか」
ケンの言葉にアルフレドは頷く。
「ただし、結界は破壊されてはいなかった。侵入しようとした形跡は残っていたが、破壊せずに中に入るとなると、それはかなりの術者だと考えるのが自然だろう」
なるほど、と話を聞いている一行の中で、ケンだけは別の方向を向いて「たとえば、アイツとかか?」と言い出した。
「そこにいるんだろう? 見えちゃいないが、気配はわかるぞ。結界と同じ違和感がある……同種の魔術で自分を隠しているんだろう?」
ケンの言葉に全員が身構える。
「動くなよ。見えていなくても分かるんだ。何なら、今から魔術をお前に当ててみせようか?」
そう言うとケンは右手を構え、魔術を起動させようとする。
しばらくそのまま待つと、ケンが構えていた先に人の姿が現れる。
現れたのは、一行が知る人物だった。
「そんな……オイズミー?!」
エルフリーデが驚きの声を上げる。
「何故だ、オイズミー……まさか、お前がやったというのか……?」
嘘だろう、という気持ちを隠せずにエルフリーデはよろよろと歩み寄る。
それをケンは腕を掴んで止める。
「――オイズミーさん。部外者の俺には貴方がどういう状況にあるのか、よくわからないんだけどさ……でも、巻き込まれた身としては、色々教えてほしいんだ」
ケンの言葉にオイズミーは苦笑する。
「僕が元冒険者だというのは、知っているよね?」
「ええ」
「飛び出すように里から出て、冒険者としてしばらく過ごした。有名な冒険者には及ばなかったが、それなりに成果を上げて、僕は……僕達は、冒険者として充実した旅を送っていた」
そこまで言うと、オイズミーはため息を吐いた。
「――でも、ある日僕らは失敗した。凶悪な魔獣と偶然遭遇し、撃退に失敗すると手痛い傷を負う事になった……危うく、ヨウを失うところだった」
「……それで?」
ケンが先を促す。
「……瀕死のヨウを救ってくれたのは、一人の魔術士だった。彼は持っていた霊薬などを使い、ヨウを瀕死の状態から救ってくれたんだ」
「――もしかして、その魔術士って……」
シェリルのつぶやきに、ケンは「それは、貴方に宝玉を盗み出せと、後々命令してくる男ですか?」とオイズミーに問う。
オイズミーは「察しが良いね」と苦笑した。
「僕は、彼に恩義を感じている。出来ることはあまり無いけれど、彼のために――ヨウを救ってくれた彼のために何かしたい、と」
「だからといって、里の秘宝を盗み出したのか? 恩人に頼まれたからと……っ!」
エルフリーデの叫びに、オイズミーは悲しげに笑っていた。
「姫様……僕達が里に戻った時、何と言われたか……ご存知ですか?」
「そ、それは……」
エルフリーデは言い淀む。
「知っていらっしゃるんですね……だったら、ご想像いただけるんじゃありませんか? ――里の恥さらし、帰ってこなければ良かったものを……と言われた、『望まれぬ者』がどう思ったか、なんて……」
「………」
エルフリーデは沈黙した。
「――それが、裏切りの理由か」
「――ええ。そうですよ里長」
オイズミーの答えを聞き、アルフレドはため息を吐いた。
「お前でなければ良いな、と思っていたのだがな……」
「?! お祖父様、知っていらしたのですか……?」
「調査の中で、疑惑のあるエルフ至上主義者の一人がここ最近、オイズミーとよく接触しているという報告があった。――エル、お前が親しくしていた相手だからな……ただの偶然であってほしかったと、里長ではなく祖父として願っていたのだ」
「すみませんね、里長。貴方の願望を打ち砕いてしまって」
どこか投げやりにそう言うオイズミー。
「君達がやってこなければ、もしかしたらバレずに済むかもな……と思っていたんだが、どのみち時間の問題だったか」
「嫌な思いまでして、里に拘る理由は?」
ケンの問いに、オイズミーは顔を歪める。
「ヨウは命が助かったとはいえ、深刻な状態から脱しただけ、という状況だった。身体を癒やし、休む時間と場所が必要だったんだ。――それには、この里以外、無かった」
「……外界の空気に耐えられなくなったか」
アルフレドの言葉にオイズミーは頷く。
「いつからかはわからないが、エルフ氏族は大自然の中に閉じこもるような生活をしていたせいか、結界の外の空気に対して抵抗力が弱いのさ。ただ、個人差があるし、外界で身体を慣らしていくことで、多少マシにはなる。――ヨウは、怪我の影響でその抵抗力が弱まってしまったんだ」
「それで、里に……」
エルフリーデが愕然としながら事情を飲み込む。
「だが、ボロボロになって帰ってきた僕達を、里の者は歓迎しなかった。今ではマシだが、当時はエルフ至上主義と変わりない考え方の奴らが多くてね……結果、僕とヨウには辛辣な言葉が投げかけられたよ。そりゃあ、酷いもんだった」
「――でも、それでも僕らはこの里で生きるしか無かった。他の里には迎え入れてもらえない。つながりがないからね。だから、必死だったさ。生活の基盤を作るために食堂を建て、その時だって色々あった……夢は、もう夢じゃなかった。生きるために、そうするしか無かったのさ」
苦笑するオイズミー。
「そんなある日、エルフ至上主義者から接触があった。恩人である『彼』からの伝言と手紙を携えて」
「――それが、宝玉の強奪の話だった、と」
リックの言葉に頷くオイズミー。
「エルフ至上主義者と『彼』の関係はよく知らない。ただ、『彼』が僕の力を必要としていること、『彼』が宝玉を手にすることで古い体制を打破し、新しい体制を作るのだと接触してきた男は言っていたよ」
「なりふり構わず、ってところか……あんな奴と手を組むなんてな」
「……君達は、『彼』を知っているのか?」
「ああ。奴が手に入れる筈だった宝玉は、俺の中にある」
ケンが己の胸を指す。
するとオイズミーは驚き、笑った。
「――すると、私のしたことは、無駄に終わった訳か」
「無駄じゃなかっただろ。ひとまず、里は混乱した」
「たしかにな」
「――それで、二度目を狙ったのは、なんでだ?」
ケンの問いにオイズミーは黙る。
「オイズミー、話してくれ。何故なんだ……」
エルフリーデの言葉に、オイズミーは俯き、それから空を見上げた。
「――奴らは……主義者達は、さらなる野望を抱いたんですよ。宝玉の力を得て、実力行使に出るという……そのために、僕に協力を求めてきました。いや……脅迫、ですね」
「脅迫だと……? いったい……」
「『協力しなければ、宝玉強奪にヨウが関わっていると密告する。信憑性のある証拠付きで』とね……」
「そんな馬鹿な……! それで、協力したというのか?!」
「ええ。妻を――ヨウを身体の負担が大きい環境へ閉じ込められる訳にはいかなかった。だから、協力したんです。……今度は失敗しましたけどね」
呆然とするエルフリーデと、苦笑するオイズミー。
ケンは、そんな二人を交互に見た後、ため息を吐いた。
「それで、今度は正体がバレるかもしれないと、見張っていたところ――俺に気が付かれた、ってところですか?」
「その通りだよ。まさか、君に気が付かれるとは思わなかったよ」
ついてないなあ、と苦笑するオイズミー。
ケンは、そんな彼の態度が気に入らなかった。
「言いたいことは、それだけか?」
「――どういうことだい?」
目つきが鋭くなるオイズミー。
そんな彼に、ケンは剣を抜き、構える。
「どうして戦わなかった。アンタ、冒険者だったんだろう? どうしてヨウさんを守ろうと戦わなかったんだ」
「……君に、何が分かる? 大切な人を守るのは簡単じゃないんだ! 君にはそんな人がいないんだろう! だから、そんなことが言える!」
「わかる、なんて言わないさ。でもな……」
一歩進み、オイズミーを睨むケン。
「――でもな、冒険者なら、大切な何かを守るためには戦わなきゃいけない時がある。男として、大切な女を守らなければならない時がある。それくらいはわかるさ」
「君みたいなガキが、知ったふうなことを……」
「アンタにとっちゃ……いや、エルフ氏族にとって、俺なんか生まれたての赤ん坊以下だろうさ。でもな……必死に生きてんだ。大切なものもあるんだ」
ケンは、構えを解かずに距離を縮める。
「アンタの料理、美味かったよ。また食べたいと思った。アンタ達みたいな夫婦になれたらな、と思ったさ……」
チラリ、とエルフリーデを見る。彼女はショックから立ち直れていないのか、その視線には気が付いていないようだった。
「俺にも、守りたいと思える存在がある。――オイズミーさん、今のアンタは冒険者としても、男としても尊敬できないね」
「……言いたいことは、それだけか」
短剣を構えるオイズミー。
「俺が、アンタの目を覚まさせてやる!」
「吠えるな、ガキがっ!」
両者は距離を詰め、剣を交差させた。




