望まれぬ者、招かれざる者 その6
会食は和やかな雰囲気で終了し、ケンに使われた宝玉についてはアルフレドの責任において処理をすることが確認された。
ケンは思うところがあるものの、アルフレドの判断に強く何かを言うことも出来ず、エルフ族の判断に従うことにした。
「襲撃者に関しては引き続き、調べてくれるらしいけど……こうなると、早めに出て行った方が良いのかね?」
何気なくといった感じで漏らしたリックの言葉に、エルフリーデは「いや、その必要はないだろう」と答えた。
「目につきやすい皆に矛先が向いて明らかになっただけで、これまで内包していた我々の問題点なのだ。迷惑をかけないように注意喚起と共に警戒を厳とするよう、通達を出してある。――もう居たくない、と言われてしまえば、引き止めることは出来ないが」
どこか寂しげに笑うエルフリーデ。ケンは彼女なりに責任を感じているのだろうと察し、「まあ、急ぎの用事があるわけでもないしな。――それに、ここまで関わって、結末がわからないってのも何というか……気持ち悪いじゃないか?」と苦笑した。
「まあ、ケンの言う通りよね。このまま何も分からず、っていうのは正直気持ちの良いものではないわね。出来ることがあれば、協力したいって私は思うけど」
「ん~……面倒事はやめてくれってのが正直なところだけど……たしかに、うやむやのまま離れるってのも、スッキリ眠れなさそうだな」
シェリルの言葉にリックも渋々といった感じではあったが、頷く。
「それじゃ、解決するまでは協力するってことで良いかしら?」
「ああ」
「意義なーし」
シェリルの提案に、ケンとリックが頷く。
「シェリル殿……」
「もう……他人行儀はやめてよ、エル」
そう言って苦笑するシェリルに、しばし思い悩んだ後、エルフリーデは「ありがとう、シェリル」と微笑んだ。
「そうだそうだ、ここまで辛い旅を共に乗り越えてきた仲じゃないか」
「言うほど辛い旅、したか? ……でもまあ、他人行儀はもういいだろ」
「……リック、ケン。ありがとう……」
涙ぐむエルフリーデ。「泣くことないだろ?!」と慌てるケンを、リックが「うわあ、女を泣かすなんて最低な男だな」とからかう。
「はいはい、馬鹿やってないで。とりあえず、私達も他人事じゃないのは確かよ。だから、グッスリ眠るためにも、全力で協力しましょう!」
「そうだな」
「睡眠は大事だからな!」
えいえいおー、と気合を入れる三人。エルフリーデはそれを見ながら「ありがとう」と再び口にした。
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「――問題は、里の中では私達が不利、ってところね」
宿舎に戻り、エルフリーデを交えてシェリルの部屋で『作戦会議』を始めた一行。まずどうするか、ということに対して、シェリルは相手の縄張りに入り込んでいるこちら側の不利を訴えた。
「協力者がいるにはいるけど、私達自身がこの里のことをしっかりと理解出来ている訳じゃないから……対人関係とか地形とか、色々なものが、いざという時にはあちら側の武器になる可能性は高いわよね……」
「初めて入る山で狩りをするようなもんだからな……わからないことが多い、ってのは不安だよな」
シェリルの不安にリックが己の経験を交えて同意する。
「こちらが追い詰めた気になっていても、地形だのなんだのを利用されて逃げられる――それどころか、反撃されるってこともあるんだ。だから、初めて入る山では普段以上に慎重になる。隙きを作らないってことだけど……それでも、持久戦になれば不利なのはこっちだな……」
「とはいえ、短期決戦に持ち込もうにも――有効な手段が、無い」
頭脳班であるリックとシェリルの検討に、ケンは「そんなものか」と、うんうん頷く。
「わかってるの?」
「わかってないだろ」
よくわかっていないまま頷いていたのがバレ、ちょっと気まずくなるケンであった。
「地形に関しては地図を用意しよう。対人関係については何とも言えないが……私が知っている限りは教えられる」
「少しでもわかれば心強いわね。百の安心は用意できないけど、それを少しでも上げていくことは出来るものね」
エルフリーデの申し出に満足気に頷くシェリル。
「いざ戦闘となった場合、相手のその――生死については、どうなる?」
ケンがそうエルフリーデに尋ねると、下唇を噛んで俯いた後、毅然とした態度で「皆の安全が第一だ。その後のことについては、私がどうにかしよう」と答えた。
「ま、全部押し付けるつもりなはいけどな。加減ができる相手かどうか怪しいからさ、万が一の時の確認をしたかっただけだ」
苦笑しながらケンが言うと、エルフリーデは「非はこちら側にある。……皆が処罰されることはない。それは氏族の名に誓って私が保証する」と応えた。
万が一の場合――敵対者達(エルフ至上主義者?)が攻撃を加えてきた場合、たとえ相手を殺してでも抵抗することを確認する一同。
「戦いになるのは避けたいところだけどな……ケン、体調はどうなんだ?」
リックに問われ、ケンは己の体調を改めて確認する。
「……悪くはない、と思う。眠気も疲れも無い……と、思う」
「思う、ねえ……本当に、大丈夫?」
「ケン……」
不安げなシェリル、心配そうなエルフリーデ。
「宝玉の力に慣れていなかったから、それで疲れていたんだと思う……大丈夫、やれるさ」
「男に二言はねえよな?」
「当たり前だろ?」
リックの言葉にケンが拳を突き出して応える。拳を打ち付け、さらにそれに応えるリック。
「男の子だねえ……」
「……そういうものなのだろうか?」
うんうん、と頷いているシェリルに、よくわからないといった様子のエルフリーデ。
「やることは決まったんだ、さっさと終わらせようぜ!」
ケンが気合とともにそう叫ぶと、一同頷く。
まだ見えぬ相手ではあるが、それぞれが『敵』を意識して結束することになった。
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「また来ていただけるなんて。料理人として嬉しいですね」
夕暮れ時。打ち合わせを終えたケン達は『森の癒し亭』を訪れていた。
「皆が気に入ってくれてな。私としても嬉しい」
出迎えてくれたオイズミーに笑って答えるエルフリーデ。
メニューは皆、キノコのオイル煮とパン・サラダを注文。パンはもちろん、カリカリに焼いてもらっている。
「すっかり人気メニューだな」
エルフリーデがそう言って笑うと、「他のメニューも気になるけど、まずはこれを食っとかないと!」とリックが興奮気味に言う。
食事に関しては皆が満足し、特にカリカリのパンとの組み合わせにケン達三人は満足げであった。
「最近、変わったことはないか?」
食後のお茶を飲んでいると、挨拶に来たヨウにエルフリーデが問う。
「変わったこと……ですか? う~ん……特にはないと思いますけど……時折主人がぼーっとしているのが悩みなくらいですかね?」
苦笑しながら答えるヨウ。商売的に上手くいっているようであり、おかげで少し忙しいから疲れなのかもしれない、と彼女は言う。
「繁盛しているのは私としても嬉しいが、それは少し考えものだな……今度、栄養価の高いものを差し入れることにしよう」
「そんな、お気遣いなく」
申し訳無さそうに言うヨウに、「倒れられたら私の楽しみが減ってしまうからな、これは私のためでもある」と苦笑しながら言うエルフリーデ。
そんな一同の様子をチラチラ見ているオイズミーに気が付き、「オイズミーさんが何を話しているんだという顔をしてこっちを見ているぞ」とケンは言う。
「あらやだ。ごめんなさい姫様、失礼しますね」
「ああ、こちらこそ引き止めてすまない」
テーブルを離れ、オイズミーの側に行くヨウ。笑いながら何やら話している二人は、ケンには幸せそうに見えた。
「いいよな、ああいうの」
つい、という感じで漏れたその言葉に、エルフリーデが「私はいつでも良いぞ!」と笑顔で反応する。
「……まあ、そのうち、ね」
満更でもないような気がして、ケンは自然にそう答えていた。




