望まれぬ者、招かれざる者 その4
翌日の昼前に迎えに来るというエルフリーデと別れ、宿舎に戻った三人。
「ケンはさっさと休んで。リックも夜遊びしないでおとなしくしてるのよ?」
「俺の扱い、酷くないか?」
不満げなリックだったが、シェリルの言葉にケンも同意する。
「ここで揉め事起こしたら、敵だらけになるぞ」
「何で揉め事起こす前提かね?!」
「「だってリックだし?」」
「ハモるな!」
勝ち目なし、と判断したらしきリックは渋々、部屋のベッドに飛び込む。
「子供じゃないんだからやめなさいよ……それじゃケン、ゆっくり休んでね。おやすみ」
「ああ。シェリルもゆっくり休めよ」
別室のシェリルを見送り、ケンは扉を締める。
抗い難い疲れと眠気は和らいではいたが、まだケンを蝕んていた。忠告通り、さっさと寝てしまおうと着替え、歯磨きを手早く済ませ、ベッドに倒れ込む。
「明日には万全の状態になっていると良いんだけどな……」
「しっかり食ったし、寝とけば大丈夫だろ」
ふと漏らした独り言に、リックが律儀に応える。
「だと良いけどな。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「……夜遊びはするなよ?」
「信用ねえな、おい!」
ガバッと起き上がって抗議の声を上げるリックに苦笑しながら、ケンは瞼を閉じた。
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ふと、目が覚める。
部屋の中は暗い。まだ、夜だった。
思考はハッキリしている。それどころか、身体中の神経が研ぎ澄まされたかのように異変を察知していた。
「……リック」
声をかけるが、リックはまだ眠っている。聞こえてくる寝息にホッとしつつ、ケンはベッドの側に立て掛けておいた剣を手にする。
感じるのは、殺気。何者かが、ケン――いや、ケン達に対して? 殺気を放っている。
(暗殺には向かない奴だなあ)
そんな事を思いながら、ケンは窓から外を窺う。
街路樹の影に、一人。魔術を使おうとしているのか、魔力の高まりを感じる。
「やれやれ……」
ため息を吐きつつ、ケンは窓を開け放つとそこから飛び出した――そこは、二階だったのだが。
飛び出したケンは何事もなく着地すると、魔術の発動に失敗したらしき人影に視線を向ける。
そこに立っていたのは、全身をすっぽりと覆うような黒いローブに身を包んだ人物だった。
「変質者か?」
「誰が変質者だ!」
声からすると男のようだ。
ケンはいつでも剣を抜けるように構えつつ、不審人物に近づいていく。
「そんな格好で、こんな夜中に殺気を放っておいて否定するとは……」
「それだけで変質者扱いするな!」
それだけで充分な気もするが、この場合は変質者というよりは不審者の方が正しいか、と思い直す。
「それで変質者」
「人の話を聞け!」
「声を荒げるな、ご近所迷惑だろうが」
宿舎の中に動く気配を感じる。声で起きたのだろう。
「こんな夜中に何の用だ? こっちは旅の疲れで眠いんだが」
「……里に害をなす下等生物を排除しに来たのだ」
「エルフ至上主義者、ってやつか? まだいたんだなあ……全滅したとか聞いてたけど」
「貴様らのような奴に害されないよう、我々は常に備えている!」
「最近は流行んないって聞いたけどなあ、そういうの」
ため息混じりにそう告げると、男は「流行り廃りなど我々の崇高な理想の前には無意味!」と、ややズレた反応をされる。
「里から出て行け! 灼熱の炎!」
「光の障壁よ!」
放たれた炎魔術を魔術の障壁で防ぐケン。瞬時に反撃へと転じ、剣を抜き放つ。
「てりゃ!」
男目掛けて振り下ろされた剣は空を切り、距離を取られてしまう。
「すばしっこいな」
「貴様がノロマなだけだ!」
そうこうしている内に、宿舎からシェリルとリックが飛び出してくる。
「ケン!」
「風刃よ!」
リックが放った風魔術が男のフードを切り裂く。ちらりと見えたその耳は、エルフ族の特徴を有していた。
「マジでエルフ族かよ」
「見たな……!」
慌ててフードを被り直す男。その顔をハッキリと確認することは出来なかった。
「忌々しい奴らめ……光よ!」
閃光魔術がケン達の足元に撃ち込まれる。
光を目眩ましに使い、男はあっという間にその場から去ってしまう。
「無理して追いかけることもない、か」
「事情説明が必要そうだな」
「……そうね」
少ない攻防だったが、それなりの被害を出している。
遠くから笛の音が聞こえる。おそらく、警備をしている者達だろう。
「面倒くさいことになった……」
剣を鞘に収めつつ、ケンはため息を吐いた。
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現れた警官隊に事情を聞かれたケン達は、そのまま詰め所まで連れて行かれた。
軽く質疑応答を終えると、呼ばれたのであろうエルフリーデが姿を現した。
「ケン殿、皆も無事か」
ホッとした様子のエルフリーデ。
「寝覚めは悪いけどね」
苦笑しながらそう告げると、エルフリーデは困ったような表情をみせた。
事情を確認し終えたエルフリーデが警官隊としばし話すと、ケン達はようやく開放されることになった。外はすでに明るくなり始めている。
「貴重な睡眠時間が……」
欠伸をしながら不機嫌そうなリック。
「睡眠不足は肌に悪いのよね……」
これまた別の理由で不機嫌なシェリル。
「同じエルフ族として申し訳ない……」
「いや、エルが謝ることじゃないって」
ケンがそう言うものの、エルフリーデは表情を曇らせたままだった。
「それにしても、この里にはエルフ至上主義者は多いのか?」
「いない、とは言えないとしか……それなりに歴史があるからな」
困ったことなのだが、とため息をつくエルフリーデ。
「この里も、迫害や侵略との戦いという経験を持っている。年若い者であればそういった経験は無いが、経験者から聞かされて頑なになっている者もいるだろう」
誤解やすれ違い、他種族の身勝手な考え等々……様々な事情から、エルフは他の種族と距離を置いた時代がある。エルフ至上主義という考えは、その時代に生まれたと言われている。
「皆が皆、そうではないのだが……未だに『外』に対して恐れや怒りといった感情を有していることは否定できない。――全ての者が、ケン殿達のような者ではないのだと、わかっているからな」
悪い者ばかりではない、ではなく、善い者ばかりではない――それが、エルフ族に刻まれた『傷』の結果なのだと、エルフリーデは語る。
過去にあった出来事を、ケン達は見聞きした範囲でしか知らない。しかし、それが全てではないのだろう、と思える程度には、ケン達の思考は成長していた。
エルフ族が抱える他種族への感情は、簡単に言い表せられるものではないし、簡単に解決するものでもないのだろう――三人は、話を聞いてそう思った。
「今回の件がたまたまなのか、それとも宝玉絡みなのか。その辺りも気になるところだけどな」
リックがそう言うと、「その辺りはこちらで調べてみる」とエルフリーデが約束する。
「宿舎まで送ろう。――今日の会合は延期するか?」
「いえ、早い方が良いと思う。エル達の都合が悪くなければ、予定通りで」
シェリルの回答に「わかった」と答えたエルフリーデは警官隊に馬車を回してもらい、ケン達と同乗する。
宿舎まで来ると三人を降ろし、エルフリーデは「では、昼頃に迎えに来る。それまで休んでいてくれ」と言って馬車で去っていった。
「とりあえず、寝るか」
「朝食という気分でもないし、ね」
「そうだなあ……」
軽い眠気を感じ始めていたケンに、シェリルとリックが同調する。
朝食というには早すぎる時間、しかし二度寝には遅すぎる時間だった。
「ま、考えるのも無駄だろ」
そう言って、ケンは寝ること以外に対する思考を諦めた。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込むケン、そしてリック。
「おやすみ……」
「あいよ……」
とりあえず出した言葉に、リックが力なく応える。
ズブズブと沈んでいくような錯覚を覚えながら、ケンの意識は暗闇の中に沈んでいった。




