宝玉とエルフ その1
冒険者。それは、ある人にとっては憧れであり、ある人にとっては妥協であり、またある人にとっては博打である。
一攫千金を夢見る者も少なくないが、実際にはその大半が現実と向き合い、やがて別の職を見つけることになる。
冒険者を夢見るものは少なくない。――ただし、それはもしかしたら悪夢なのかもしれない。
ここにまた一人、二人、いや三人。冒険者を志す若者が、その扉を開いていく。
彼らの前に待つのは、輝かしい未来か。それとも――。
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「今日から念願の冒険者生活が始まるぜ!」
握りこぶしを掲げながら若き冒険者、ケンは嬉しそうに言う。
「子供かよ」
そう言って呆れているのは、ケンの幼なじみであるリックだ。
「でも、少しワクワクするかも」
控えめながらもそう言って笑うのは、パーティーの紅一点、二人の幼なじみにして姉的立場(自称)のシェリルだ。
三人は同じ村から冒険者となるために王都まで出てきた。
全員が十五歳。自立を目指すには、程よい年頃と言っても良いだろう。
剣士のケン、魔術士のリックとシェリル。前衛一人に後衛二人というパーティーだが、実戦経験は少ない。故郷でほんの少し、魔獣刈りに参加した程度である。
冒険者として登録したばかり。いよいよ、はじめてのクエスト受注である。
「ガツンと、でっかい仕事をやりたいな!」
そう言うケンであったが、残念ながら冒険者ギルドで紹介され、受注できるのは身の丈にあったものだけである。
新米である彼らが受注できるものといえば、薬草の採取、畑を荒らす害獣の駆除といったもの。基本的には冒険者は『自己責任』が原則ではあるが、ギルドとしてそう簡単に冒険者を死なせる筈もなく、レベルに見合った依頼しか受けさせていない。
「最初から上手く行くなんて思わないけど、それでもなるべく失敗はしたくないわよね」
「俺達は実戦経験が少ない。それを考えると、薬草の採取が無難か……?」
シェリルの言葉に、リックが考える。基本的にこのパーティーは、勢いのケンを思慮深い二人が抑えつつ、上手くコントロールする感じであると言えた。最終的には、シェリルが押し切る形ではあるが。
「地味な仕事だなあ……」
不満げなケンである。
「でもよ、最初から躓いているような冒険者は、大成しないって言うぜ? 地道に信頼と名声を築き上げてこそ、稼げる冒険者への近道って訳だ」
「それ、誰情報だよ〜?」
「受付のエッチなお姉さんでしょ? スケベ!」
「人聞きの悪いこと、言わないでくれる?!」
これだから男って……と、ため息をつくシェリル。
クールぶってはいるが、リックは所謂『ムッツリ』であった。本人は隠しきれていると思っているが、パーティー内ではバレバレであるし、何なら彼らの育った村でも周知の事実であった。
ムッツリックのことはともかく、一行は体力回復薬の原材料となる薬草採取の依頼の紙を掲示板から取り、受付へ持っていく。
「は〜い、薬草採取の依頼ですね〜。期限は3日後、ギルド受付終了までとなります〜。気をつけて行ってらっしゃいませ〜」
シェリル曰く『エッチなお姉さん(褐色肌・金髪巨乳)』に受付をしてもらい、冒険者ギルドを後にする。
なお、受付時にリックがデレデレしていたのは周知の事実であった。……本人は否定するであろうが。
ギルドで配布されている『ガイドブック』を頼りに、薬草が採取できそうな森へとやって来た一行。
森の中は人の手が幾分か入っている雰囲気は感じられるが、それでもそこは自然の中であることを感じさせられた。
日差しはほとんど無いものの、湿度が高く、一行は汗を拭いながら道なき道を進んでいく。
「蒸し蒸しするなあ……」
ケンはそう言いながら、行く手を阻む雑草を手持ちの剣で刈っていく。
「早めに終わらせないと、雨に降られるかもな」
「さっさと終わらせて、お風呂に入りたい……」
シェリルの言葉にケンとリックも頷く。不快感から逃れたいのもそうであるが、こんなところで悪天候による足止めとなるのは、避けたいところである。
「あの辺りなら、薬草もありそうじゃないか?」
ケンが指差した方を一行は確認する。すると、たしかにそこには薬草があったが、今回の依頼の物とは異なっているようだ。
「違うみたいだな。ガッカリだ……」
「まあ、もう少し頑張りましょ!」
ガッカリするケンを励ますシェリル。
リックはこの場の薬草も採取していこうか思慮するが、ギルドの規定で薬草系採取の依頼では依頼外のものに対して報酬は支払われないことを思い出し、やめておく。
段々と雲行きが怪しくなっていく中、一行は森のさらに奥で薬草を発見する。
「これで大丈夫ね。さ、ギルドに行って、お風呂よお風呂!」
数はそれほど多くなかったが、依頼の数には十分足りていたので、依頼の数だけ採取してその場を離れようとする。
森の出口を目指そうとした一行の前に、突如、魔獣の一種である『灰色狼』が飛び出してくる。
「構えろ!」
ケンが先頭に立ち、剣を構える。
現れた『灰色狼』の数は三。しかし、近接戦闘に強いあちらに対し、ケン達は近接型メンバーがケン一人だけである。
「牽制する! 炎よ!」
リックが火炎魔術で『灰色狼』を牽制する。たじろいでいるものの、立ち去る気配はない。
「風の刃!」
シェリルの風魔術が『灰色狼』を斬りつける。しかし、致命傷にはならない。
「行くぜ! でりゃあっ!」
ケンの攻撃が一匹に食い込む。しかし、他二匹に攻撃され、下がる。
「ケン、大丈夫?」
シェリルが回復魔術でケンの傷を癒やす。致命傷ではないが、放っておく訳にもいかない。
「助かる!」
リックが再び火炎魔術で攻撃するのに合わせ、ケンは飛びかかっていく。
先程斬りつけた個体を狙ったが、別の個体に邪魔され、攻撃が届かない。
「だあっ! 邪魔しやがって!」
「邪魔するだろ、そりゃ!」
「馬鹿じゃないの!」
酷い言われようだが、このメンバーでは日常茶飯事である。
「まず一匹ずつ、だ。あいつを先に仕留める!」
ケンが再び、最初に斬りつけた個体を狙う。リックとシェリルはそれをサポートする形で動く。
「炎の渦よ!」
「雷よ!」
他二匹が動きを封じられる中、ケンが狙いを定めた個体に斬りつける。
深手を負っていたその個体は避けることが出来ず、ケンはとどめを刺すことに成功する。
「よし、次だ――」
「雷よ!」
次、と切り替えたケンであったが、シェリルの放った雷魔術が残り二匹に致命的ダメージを与え、戦闘は終了していた。
「……あら? もう終わった?」
「終わったな」
「二対一で、私の勝ちね!」
フフン、と勝ち誇るように笑うシェリルに、「え~……?」と不満げなケン。
「ほら、素材剥ぐぞ〜」
二人のやり取りに慣れきったリックは、解体用ナイフを取り出してさっさと『灰色狼』から売れそうな素材を剥ぎ取りだしていた。このあたりの流れは、故郷で身についている。
これが三人の、今の日常。
彼らはこうして、冒険者としての生活を始めていた。
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「はい、たしかに依頼の薬草ですね。では、こちらが報酬となります」
ギルドの受付でギルドカードと薬草を提出し、三人は依頼を達成した。
なお、受付の職員はシェリル曰く『エッチなお姉さん』ではなく、ベテランと思しき、キッチリとした眼鏡の男性だった。
ムッツリックが少しだけションボリしていたのを、ケンとシェリルは見逃さなかったのはここだけの話である。
「初クエスト成功、だな!」
ケンが胸を張りながら自慢げに笑う。
「なんで自慢げなんだよ」
「アンタ、私に成績で負けているの、忘れてないでしょうね?」
「喜ぶくらい良いじゃないか……」
不利な状況に、ケンは肩を落とす。少しは幸せな気分に浸っていたかった、らしい。
「それじゃ、ささやかながら祝杯でもあげますか。ノンアルコールだけど」
「その前にお風呂よ! もうベッタベタなんだもの……」
シェリルの主張に、それもそうか、と同意する男連中。
一行は、大衆浴場へと足を向けた。
風呂から上がり、合流した三人は近場の大衆食堂に入る。
仔馬の囁き亭という名の食堂はそこそこに混み合っており、三人はこれから食す料理への期待を高める。
しばし待つと、テーブル席に案内される。
「いらっしゃいませ。メニューはこちらです」
渡されたメニューをしばらく眺めた後、ケンは鶏のパリパリステーキ定食、リックは豚のピリ辛焼き定食、シェリルは店員おすすめのカレェライスに決める。
提供された料理はどれも美味で、初心者冒険者にも優しい価格で大満足の三人だった。
食後のお茶(とは言っても、男二人は香ばしい豆を挽いて淹れるカフィーだったが)も楽しみ、満足して店を出ようかという頃、三人のテーブルに一人の胡散臭そうな青年が近づいてくる。
「冒険者の方々とお見受けしましたが、少々よろしいでしょうか?」
糸目、妙にパリッとした白いスーツに身を包んだ胡散臭そうな青年に、三人は顔を見合わせる。
ケンは青年の顔をジッと見るものの、特に何かを掴めるようなことはなかった。それは他の二人も同様だったようだ。
「私はこの街を拠点にしている商人、イノーチ・カネガと申します。実は、とある珍しいものを探しておりまして……報酬はもちろん、相場に合わせてお支払いたします」
夕暮れ時の食堂。喧騒の中で駆け出し冒険者三人は、胡散臭そうな喋りのイノーチと名乗る青年を前に、さてどうしたものかと身構えた。