無能武官の襲来
三人の家に突如、「魔女」であるルイナが現れた。
その魔女を追うようにして現れたのは、王都の武官。
果たして、魔女の実力とは……?
「ハゲからの称号を、どこに隠しているのよ。あんた達。金? 銀? それとも、ブロンズで昼行燈でもしてるわけ?」
「ハゲからもらってる訳じゃないよ。ちゃんと、試験を受けてそれなりの功績を得てから、正式に授与されるのが、称号ならびに、勲章でしょー?」
「同じことよ。結局は、ハゲの承認なくして、それは得られないんだから。屁理屈言ってないで、見せろってーのよ!」
王都派遣魔術士には、確かにランクがあった。ただし、そのランクによって給与や任務レベルが変わるというくらいで、そこには特別な意味はないと、リズーは思っていた。しかし、この姉は妙にランクに拘っているのだ。それだけではない。そういえば、部屋に入るなりに「武官」に関して苛立ちを見せていたことを、思い出したのだ。その「武官」とはきっと、王都派遣の魔術士のこと。魔女はもしかしたら、武官に追われているのかもしれないと、リズーは憶測を続けた。
「チビすけ。あんた、感は働く方ね?」
「えっ?」
チビすけという呼び名で、だんだんと定着しつつあるリズーは、魔女の視線を受けてはその言葉に、目をまるくした。
リズーの感は、確かに当たる方である。ただ、それは特別に秀でるほどのものであるとは、認知されていない。凡人よりは、マシというくらいのレベルで、捉えられていた。
魔女は、癖のある外ハネの後ろ髪を手で梳きながら、目を細めた。何を考えているのか、誰にも読み取ることは出来ない。しばし、沈黙が起こる。今はもう、夜が更けて外は相当に暗く、静けさを保っていた。地震が起きていたときには、それなりに外も騒がしかったが、静まれば大したことはない。
ただ、その静寂を破る足音が近づいていることに、この家の者たちは気づいていた。その足音が次第に、自分たちの家に向かっているのだ。
「無能武官だわ。まったく、鬱陶しいったら仕方ない! クレー、レーゼ。あんた達、無能の仲間入りしてんだから、何とかしなさいよ」
酷い言われように加え、なんとも身勝手な訴えを前に、クレーは大袈裟にため息を吐いてみせた。
「姉さんは、いつから貧乏神になったんかなぁ」
「どこが貧乏よ。あんたのがずっと、貧乏じゃない。こんなちっぽけな家だとは、思わなかったわ。見つけるのに苦労したんだから!」
リズーは、違和感を覚えていた。この、魔女。もといい「姉」という存在は、シルドの住民ではないのだろうか。我が家に帰ってきたと言ってみたり、どうもこの家を初めて訪れたような口ぶりをしてみせたり。魔女の言葉はとても、ちぐはぐしているように感じ取れるのだ。
もし、魔女の言うとおりにこれが昔からの家では無かったとしたら。クレーとレーゼも、もともとはシルドの民ではないということになるのではないだろうか。思えば、クレーもレーゼも、王都派遣の魔術士武官なのだ。「派遣」ということはやはり、はじめは別地域に住んでいて、後に王都ヘルリオットにて称号を得た魔術士武官として、任命されているという流れで考えるのが普通だ。
どうしてこれまで、こんなことにも気づかなかったのかと、リズーは考えた。これでは、「感」も別に、働かないと捉える方が自然に思えた。ただし、このことに関しては、「感」の善し悪しを決める材料には、ならない可能性もある。
「父さん」
「ん? どーしたぁ? リズー」
クレーは、にっこりと細い目をさらに細めて微笑んだ。相変わらず、リズーには弱い父親である。
「父さんと先生は、どこの出身なんや? ここやないん?」
クレーとレーゼは、「あぁ」と顔を見合わせてから、頷いた。
「そうだよ? リズーを拾ったのは、ここへ来てからだから。リズーは、昔の家を知らないんだよねぇ」
「そうですね。まぁ、今となっては跡形もなくなっているでしょうけど」
レーゼは後を続けた。
「十年前の魔王戦にて、私たちの村は壊滅状態に陥りましたから」
魔王戦。
多くの命が、魔王によって奪われたとされている。
だからこそ、「魔王」は脅威とされ、封印される事の次第となったのだ。
「天士の歌声」
「?」
唐突に、これまで騒がしかった黒猫のような魔女は、囁く。静かに、その言葉に重みをもたせるかのように、低く声を発した。もともと、身体つきや見た目の割には、甲高くない声のため、このような声を出されると、「魔女」というよりは「魔王」に見えてしまう。何やら、威厳のある声質だった。
リズーは、聞きなれない単語に首を少しかしげて見せた。
「魔王ちゃんは、可愛いものよ。だって、魔王ちゃんの本質はただの魔術士だもの」
「え!?」
その言葉を聞いて驚いているのは、ここに居る者の中ではリズーただひとりだけである。
魔王とは、絶対的脅威。
恐ろしく強い、魔獣などを束ねる王様だと思っていたのはきっと、リズーだけではないはず。一般市民の中での根底としての考えは、そこにあると考えられる。しかし、事実とはそうではないようだ。「有能」であるふたりの魔術士、クレーとレーゼが少しも驚きを見せないところから察すると、ふたりはこの事実を知っているように捉えることが出来る。
「魔王は、復活するんですか?」
レーゼは、自らの姉に静かに問いかけた。その問いに対して、姉であるルイナは視線だけ送って、少し、目を伏せた。
「あたしは、この数ヶ月。あんた達ふたりを探してたのよ」
「……なぜ」
レーゼは問いかけるが、クレーには、その理由が見えているようで、ただ黙って目を閉じていた。いつになく真面目モードである父親を前に、リズーは不安を覚えている。
これから、何かが起こる。
幸せな生活が、崩れる。
それを、覚悟した瞬間だったかもしれない。
「で? 天士の歌声っていうものにも興味はあるけど、まずは無能武官を退治しなきゃ、ならないんでないの?」
「ふん、そーね。珍しく、まともなこと言うじゃない」
そういって、魔女とクレーはまるで打合せをしていたかのように、同じタイミングで右手を木製ドアに向けて突き出した。
扉が勢いよく開く。
そこへ、黒のローブを被った男だと思われる者が三人、飛び込んできた。
「邪魔よ」
「ノックぐらい、しんしゃい」
それが、魔女とクレーの詠唱だとは、奇襲してきた人間の誰もが、思わなかったらしい。その時点で、「無能」だとも呼べる。勢いよく放たれた突風によって、いとも簡単に、中央に居た男は吹き飛ばされる。運よく、その第一波をかわすことが出来た両脇の黒ローブの男たちは、一瞬、何が起きたのかと動きを止めてから、自らの使命を思い出したのか。再び奮起して室内へと駆け出してきた。
一歩。相手が足を踏み入れた瞬間に、レーゼはリズーの細い腕を握り、自らの身体の中に匿うよう、招き入れる。その刹那。魔女は軽く舌打ちして見せた。クレーはその微かに空気を振動させた音を捉え、魔術無効化の防御壁を作り出す。すべては、一瞬の出来事である。
爆音が響く。
空気が熱せられて、その中の水素が爆発を起こしたのだ。
また一人、黒ローブの男はその場に倒れこむ。容赦ない魔女の攻撃は、加減というものを知らない。軽く焦げた臭いが室内にこもる。リズーは、心の中で悲鳴を上げていた。実際に口に出さなかったことは、この場合賢い選択だったとも言える。もし、声に出していたならば、レーゼもクレーも、リズーに意識を一瞬でもとられてしまう可能性があったからだ。そうなれば、この「無能」たちに隙を見せることになる。
残された黒ローブの男は、あっと言う間にひとりとなった。仲間に助けを求めようにも、「魔女」とその弟であるクレーの魔術を、直に受けている転がり落ちた他の黒ローブの男たちは、すでに当てになりそうにないことは、目に見えて分かっていた。今度は、その「無能武官」が舌打ちしてみせた。しかし、何も起こらない。「魔女」のように、空気を振動させ魔術を自由に発動させることが出来ないことは、ここで明白となった。
「そこまでね」
魔女は、冷ややかな笑みを浮かべた。
目を細め、標的を絞る。
物色するかのように、足のつま先から、相手の頭のてっぺんまで、観察する。その仕草を目の当たりにするだけで、黒ローブは恐怖に襲われていた。この、恐ろしく冷たい空気の流れと、布だけではない。肉まで焦げているような嫌な臭いは、リズーをますます不安にさせていた。
レーゼは、リズーが怯えることを見越して、なるべく刺激を与えないよう、自分の身体の中に埋めていたのだ。それでも、守りきれないほど、「魔女」は超越していた。そして、「無能」はあまりにも、「魔女」を前にして「無力」であった。