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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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唐突の来訪者

謎の地震が続く中、原因をつかめずにいる兄弟。

兄弟たちの家に、唐突に訪問者が現れ……?

「魔女」と呼ばれるものは、有能であり、当時最強を誇っていた名のある女性「魔術士」であった。あまりにもその力が強靭であり、遂には人間世界にとって脅威とされていた「魔王」を封印してしまったがために、「魔女」という敬称で呼ばれるようになったのである。

 「魔女」と言われると、聞こえが悪いかもしれないが、名誉ある勲章のようなものだ。もっとも、当人がその呼ばれ方をどう思っているのかは、確認したものが居ない為、不明である。

 「魔王」と「魔女」の力を比べると、匹敵するほどのものであることは間違いない。では、現在有能であるレーゼとクレーの魔術で比較すると、どのような天秤になるのか。それは、実際に対立しなければ計り知れないことではあるが、互角だとクレーは読んでいた。もしくは、それでもやはり「魔女」の方が上か……と。つまりは、「魔王」と比べてみても、自らが劣っていると考えている。


 クレーは、自信家ではあるが、自分を過大評価するような愚かな人間ではなかった。


(リズーの様子を見に行くかなぁ)


 その点に関しては、あまりにも決断が遅かった。けれども、浴室から魔術の波動を感じる訳でもないし、外からレーゼの判断が聞こえてくる訳でもない。クレーの動作が一番適しているともいえる状態だ。もし、リズーに「異変」が起こって、魔術が発動したとでもなれば、このようにのんびりコーヒーをすすったりはしていなかった。

 クレーは、コーヒーカップをテーブルに置こうとしたが、揺れでカップが落ちると判断し、そのカップを手に持ったまま、浴室へ向かうことにした。魔術によって頑丈に組み立ててある平屋だ。扉が揺れによって歪む心配もないので、いつも通りに開けて、浴槽を覗いた。


「リズー。大丈夫かい? 怖かっただろう?」


 リズーは、足を抱えたまま俯き、ただじっと、唇を噛みしめていた。その様子を見てクレーは、はじめて「自分の判断は間違っていた」と省みるのである。リズーは、確かに魔王と関連があるかもしれない、謎めいた少年、いわくつきの少年である。しかし、されど少年。十になったばかりの、幼さしか見えない子どもなのだ。体感したことのない、大きな揺れを前に、恐怖を抱かない訳がなかった。父親として、そこは察するべきであった。いや、父親役でなかったとしても、今、この家に居る「大人」として、小さな子を守る行為くらい、咄嗟にするべきだったのかもしれないと、クレーは自らを責めた。


「ごめんね、リズー。ほら、おいで。じきに揺れも収まるよ」

「うん」


 短く頷くだけのリズーは、噛みしめていた唇を薄く開け、すがるような目でクレーを見つめて来た。


「父さん」

「うん? なんだい?」

「……」


 リズーは、「怖かった」とは口に出さなかった。けれども、クレーはそれをくみ取った。そして、裸のまま湯船に浸かっていたリズーを立ち上がらせると、タオルで水気をふき取り、黒い綿で出来た寝間着を羽織らせた。


「よく、がんばったね。でも、リズー。怖いときは、怖い。そう、言っていいんだよ? 誰だって、遭遇したことのないことに直面したら、面食らうし、事の次第によっては、恐怖すら覚えるよ。リズーは子どもなんだ。怖くて当たり前なんだよ」

「……うん、うん」


 リズーはクレーの言葉を聞き、頭を撫でられると、言葉にはしなかったが、大粒の涙を流した。リズーが、こんな風に感情に任せて涙を流す姿は、はじめて見たかもしれない。この小さな身体に、どれだけ大きな不安を抱えていたことか。クレーは、人として、親として、失格だとこのときハッキリと感じた。


「先生には、言わんといてや」


 涙のことだろう。リズーは強気な少年だ。こんな姿、本当は父親であるクレーにすら、見せたくはなかったはずだ。それでも、それが出来ないほどの……堪えきれないほどの恐怖を、強く感じていたのだ。自分だけではどうにも解決できない、我慢するには大きすぎる揺れを前に、どうしていいのか分からなくなっていた。ここで、パニックを起こしていないだけ、少年は大人とも呼べるかもしれない。


「あぁ、言わない。言わないよ。父さんとリズーだけの、秘密だよ」


 クレーは、ぽんぽんと軽くリズーの背中を撫でてあげた。落ち着かせようとしたのだ。今はもう、リズーの涙も収まってきている。ただし、この原因不明の揺れだけは、未だに続いていた。いい加減、長すぎる。外へ飛び出したレーゼが、何か原因を突き止めていればよいのだがと、クレーは思うけれども、一切報告しに来ないことや、そもそも揺れが止まっていないこの実状を見れば、解決していないのだろうと推測することは出来た。


「父さん。これ、何なん? 地震?」

「うーん……地震であることには、間違いはないんだけどねぇ。地面が震えると書いて、地震だから。ただ、その要因が分からないんだよー。今、レーゼは外へ出て調査しているんだけどね? まだ、ちゃんとした理由は掴めていないみたいだねぇ」

「そっか……」


 リズーは顔を下げた。眉尻を下げて、とても不安げな顔をしている。そんなリズーの表情を見て、クレーはまた、父親の顔をしてみせた。


「大丈夫。リズーはもうひとりじゃないんだ。この家の中に居れば、命の危険はないし。とにかく、風呂場から出て、居間へ行こう? レーゼが居ないうちに、コーヒーを飲ませてあげるよ」


 そういうと、リズーはパッと花を咲かせたように嬉しそうな顔をしてみせた。こういう反応を見ると、ただの子どもだなぁ……と、思えてしまう。いや、それが普通とも呼べる。


「それじゃ、よく身体拭いておいで? コーヒー、淹れとくから。おいでね」


 ふっと笑みを浮かべると、自分のコーヒーカップを落とさないようにしながら、居間へと先に戻っていった。

 まだ、レーゼは戻っていない。コーヒーをリズーに与えると、レーゼは躍起になって怒るものだから、帰らないうちにリズーとの約束を果たそうと、さくさくと手際よく、コーヒーをカップに注いだ。

トポトポ……クレーの好みの味に豆が挽かれているコーヒーは、色が濃く、カップの底が見えないほど黒々としていた。まるで、自らの「魔術士」の容姿を映し出しているかのようであった。


(リズー。こんな苦いもの、飲めるのかなぁ。飲めないだろうなぁ。レーゼでさえ、苦いと言ってこのままでは口にしないんだから。砂糖とミルクも、用意しておくかな)


 冷蔵庫からはミルクのビンを取り出し、戸棚の中からは、角砂糖を入れたガラス製の容器を取り出した。


 バタン!


 そのとき、突如として変化は訪れた。勢いよく、木製の閉まっていたはずの玄関ドアが開いたのだ。そのガサツの開け方は、レーゼのやり方ではない。クレーは今、扉には背を向けた状態であるが、気配で入って来た者が誰であるのかを察知し、そして、次に飛び込んできたその者の「声」によって、断定することが出来た。


「まったく、いい加減にしてほしいわ! 何なのよ、この無能武官!」


 威勢よく入って来たその者は、髪の毛はボブスタイルほどの長さで、外ハネをしている癖のある黒。瞳もやはり漆黒で、ネコ目とでも例えられようか。まるいのだが、ややつり目気味である。色白で華奢。黒い薄手のタンクトップの胸はわずかに膨らみがある。女性だ。スカートではなく、ストレッチ素材のパンツスタイルであり、紐のハーフブーツを履いていた。


「だ、誰や?」


 未だ、現実から目をそらすように扉に背を向けたまま、トポトポとコーヒーを注いでいるクレーの横を、背丈の小さなリズーがボサボサのお風呂で濡れた髪をタオルで拭きながら通り過ぎ、そこで足を止める。この十年。見たことのない、黒猫のような女性を前に、リズーはこの勢いに圧倒されていた。


「はぁん? あんたねぇ、誰にモノを言ってる訳? 我が家に久しぶりに帰ってきた、か弱き乙女を前に、なんたる目をしてんのよ!」

「え、あ、あの……我が家?」


 リズーは、恐る恐るこの家の主であるはずの、父親クレーに目を向けた。クレーは、「はぁ」とため息を吐くだけで、応えようとはしない。それを見て、ますますリズーは対応に困った。



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