セルシの見解
頭を抑える魔女に気づいて、レーゼは眉を寄せた。ゆっくり歩きながら、魔女はリビングの椅子に座り、息を吐く。自室に向かう途中だったレーゼも足を止め、魔女を心配した。
「姉さん?」
「魔女さんも、ちょっと休んだ方がえぇんちゃう?」
天士に身を案じられることには、未だに慣れていなかった。そんな差別、魔女は好まない体質だったが、未だに天士を「脅威」として見てしまうのだ。今、クレーが攫われた現実を前にしては、更に不安は強くなる。
「あたしは、大丈夫よ」
「……無理は、しないでくださいね」
「分かってるわ」
心配そうに二重の目を細めてから、レーゼはゆっくりと居間を出て行った。そのまま自身の部屋へ戻って行く。その行動には満足し、魔女は自分でも気づかないほどのゆるやかな笑みを見せた。しかし、すぐに厳しい顔に戻り今度は天士を睨んだ。
「ちび助。アンタの見解を聞かせて。アンタ、クレーを探しに行かなかったの?」
「もちろん行ったで? 窓から連れ去らわれたことが分かって、すぐに追いかけた。でも……なんも手がかりは見つからへんかった」
「えぇ、リズラルドはクレーさんを探しに行ってくれましたよ」
リズーに助け船を出したのは、夕飯の支度をしていたセルシだった。たしかに、リズーはクレーの姿を追ってこの場から消えていた。しかし、ある程度巡回して、すぐに戻って来たのも事実。そこまでじっくり探さなかったのではないかという懸念は残った。
「父さんの血痕を辿れば、見つかるんじゃないかって思ったんやけど……あかんかった。天界が関与している可能性も高い」
「可能性……も? 他に、何が関与しているっていうのよ」
「ヘルリオットです」
「!? ヘルリオット……ただの魔術士だって言いたいの!?」
「えぇ」
セルシの見解を聞き、魔女は思わず馬鹿々々しいとでも言いたげに、笑い声をあげた。いや、本気で「馬鹿げている」と思ったのだ。
天界の生命である元神と現役天士を欺けるほどの魔術士武官が、ヘルリオットに居るとでもいうのか。そんなこと、ありえない話だ。ヘルリオットにはもう、金、銀、銅の武官しかいない。イレギュラーと呼べる「プラチナ魔術士」の存在はなかった。
金の武官の腕は確かだが、魔女を欺けるほどの力量など、到底ない。クレーが弱っているとはいえ、侵入してきたのがヘルリオットの武官だとすれば、セルシかリズーが気づく筈だ。それなのに、いい大人が平然と「ヘルリオット」という言葉を口にするのだ。可笑しくて笑えないはずがない。
「馬鹿々々しい! いつからアンタたちの頭はぼんくらに成り下がった訳!?」
「ヘルリオットには、深い秘密が隠されている……そうは思いませんか?」
「……どういうこと?」
魔女は自分でも、苛立ちを覚えていることを自覚していた。腹が立つ。ヘルリオットに自分以上の武官が居るとしたら、何故「第一次魔王戦」ないし、「第二次魔王戦」で第一線に立たなかったのか。サレンディーズばかりが特別視され、戦場に駆り出されなければならなかったのか。
魔王として覚醒したクレーすら、被害者だったのではないか。
そういう結論にも、至りかねなかった。
「魔王の覚醒は……意図的だった可能性もあります」
「元神であり、元魔王であるセルシが言うのなら、そうなのかもしれないわね」
「……案外素直に受け入れるんですね」
「全然素直なんかじゃないわよ……はらわたが煮えくり返りそうよ!」
魔女は右足を引き上げて、勢い任せにテーブルを蹴り飛ばした。ガチャン! と大きな音がして、テーブルがひっくり返った。このテーブルも魔女が木材を使い、自身で構築した産物だ。愛着は沸いているようだったが、それでもこの扱いになるほど、魔女は苛立っていた。
場の空気がピリついている。リズーは「やれやれ」と言わんばかりに、テーブルを定位置に戻した。それがまた、魔女の勘に触ったらしい。ワシャワシャと右手で髪を掻きむしり、その後ぎゅっと髪を引っ張った。トントントン……左手の人差し指でテーブルを叩く。
決断の時だ。




