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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第2章:魔王の章
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人間の在り方

 三十分ほどレーゼは長椅子で横になってから、ゆっくりと起き上がる。まだ、汗は滴れ落ちているが、幾分マシになったように見える。魔女は、店主からもらったリンゴの皮を器用にナイフで剥いて、食べやすいサイズにカットしていた。皿に並べて、レーゼに差し出した。皿の上からひと欠片、自分自身もつまんでりんごをむしゃりと咀嚼する。


「うん、美味しいわ。アンタも食べて」

「はい」


 しなやかに伸びる細い指。血色はやはり悪いが、震えも落ち着いてきている。それを見て魔女は、ニッと笑った。

 レーゼの指からリンゴの果汁が零れた。小さな口にリンゴの端を運び、かじる。口の中に広がる甘味と仄かな酸味を味わい、咀嚼して飲みこむ。喉の奥を通るときに、つっかかりを感じるが、食事は生きる上で欠かせない。レーゼは「生きる」ために食事を日々続けてきた。

 一週間前は、重湯を飲む程度にしか元気がなかったが、今はこうして少しずつでも固形物を口にすることが出来ていた。たまに消化不良を起こして腹痛に苛まれるが、この痛みに耐えれば元の身体、健康体に戻れるのではないかと淡い希望を抱き、努力している。魔女はレーゼの頑張りを認めていた。


「どう? 身体の具合は」

「随分楽になりました」

「そう、よかったわ。それじゃあ、行くわよ」

「ここから飛ぶんですか?」


 ここ、とは店主の家のことを意味しているのだろう。魔女は「はぁ」と嘆息ついて、半眼で答える。


「ちょっとだけ歩いて。ダレンスの人たちは、魔術を知らない世界で生きているのよ。下手な情報を与えたくはないわ」

「分かりました。街の外まで行きましょう」

「立てる?」

「はい」


 二重の優しい目を細め、長い黒髪を一度解いてもう一度首後ろでひとつに結んだ。横になっていた為、髪が乱れたのを気にしたようだ。女性である魔女よりも、レーゼは見た目に気を遣う性質だった。


「おばちゃん、ありがと! あたしたち、帰るわ」

「おや、もういいのかい? なんなら、一泊くらいしていってもいいんだよ?」


 恰幅の良い女店主は、店を閉めて来たらしい。もうそんな時間になるのかと、魔女は南窓から外をちらっと一瞥した。確かに陽は傾いてきている。雲が多くなってきているのを見て、天気が荒れる可能性もあり、早めにテントを片付けた可能性もある。乾燥地域で雨は珍しいが、ダレンスには泉もある。渇ききったラックフィールドよりは潤いがあった。


「ちょっと、急用で。あ、リンゴありがとう! 美味しかったわ」

「野菜もほら、これはもう明日には店に並べないから、持って行きなよ」

「ほんと? 助かるわ!」


 魔女は、ジャガイモやニンジンの入った麻製の布袋を店主から受け取り、レーゼに右手を差し伸べた。その手を握り、レーゼはゆっくりと立ち上がった。トントンと踵を鳴らして、靴の具合を確かめる。身体に力が戻っていることを確認できると、魔女の顔を見て頷いた。そして店主の方を向いて深く一礼する。


「ありがとうございました。おかげさまで助かりました」

「いいんだよ。困ったときは助け合う。それが、人間ってものだろう?」

「人間……えぇ、そうですね」


 レーゼはにこりと笑った。店主に軽く手を振って、店を出る。魔女はレーゼの手を握ったまま、半歩先を進んでいた。レーゼが背負って来た荷物も、魔女が全て持っている。少しでもレーゼの負担を減らそうとしていた。魔女にとっては荷物くらい、訳ない。


 街から一キロほど進んだところで足を止め、周りに人の気配が無いか見渡してみる。レーゼにはやはり疲労が窺える。汗もまだ止まっておらず、空気が重いのかもしれない。魔女はレーゼと視線を合わせるようにかがんで、目をじっと見つめた。魔術士特有の漆黒の瞳に、猫目の魔女の姿が映し出される。


「飛ぶわよ?」

「はい、お願いします」

「あたしの手、しっかり握っていて」

「分かりました」


 魔女は「うん」と頷き、立ち上がった。レーゼの右手をしっかり握って、意識を集中させる。ラックフィールドの座標を脳裏に思い浮かべ、自らの姿とレーゼの姿を粒子レベルにまで分解する。そして、次の瞬間には魔女が自身で建てた家の前にまで転移していた。


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