姉弟の絆
店主の家は、自分で言うだけあってそれなりに広かった。魔女が魔術とイレギュラーの力で構築した木造の家、いや「小屋」と呼ぶべきか。小屋の広さの三倍ほどの大きさはある。まず、二階建てだった。一階の部屋に居間と客間があるようだ。玄関を通ってすぐ左に居間があり、右手側には客間があった。魔女たちが通されたのは、居間の方。南窓から西日がうっすら入り込み、室内を照らしていた。
レーゼは今、この南窓側に置かれた長椅子に横たわっている。ぐったりとした身体からは、依然汗が滝のように流れ落ちている。そこまでの気温も湿気もないはずなのに、この汗の量は尋常ではない。クレーのことも気がかりで、早く戻りたいところだが、やはり今のレーゼに転移魔術の負荷を耐えられるとは思えなかった。無理をさせてレーゼの身体が分解でもしたら大変だ。それだけ、転移の魔術と浮遊の魔術は精神力と体力を削がれるものであり、高度な技術を要するものだった。魔女が、第二次魔王戦にて覚醒して初めて扱えるようになった力である。空を飛ぶことなど、元神であるセルシにさえできない。その時点で、魔女が現段階最強のイレギュラーなのではないかと危惧されるのだ。
「レーゼ、具合はどう?」
「暑い……ですね」
「そう……」
暑い。
そう訴えるレーゼの身体に触れてみると、やはり身体は冷たかった。レーゼの感じている熱とは、何なのか。レーゼの身体に異変が起きているのは確かだが、何が原因なのか。死の刻印も、今はもうない。プラチナの短剣で貫かれた傷口も、傷痕は残っているが塞がっている。となると、身体の成長を無理やり促した薬の副作用と考えるべきか。それとも、全てが悪い方で作用してしまっているのか。
(まだ、第二次魔王戦を経て一週間。すぐに回復出来るはずがないわね。焦っても仕方ない)
魔女は自分自身に言い聞かせ、レーゼに水筒を渡した。水筒は、これを飲み切ってもあと一つ残してあった。いい加減魔女も水分を取らなければ、脱水症状になる。もう一つの水筒を開けて、少量のジュースをごくりと飲み込んだ。塩分と砂糖を少し混ぜた水に、すり潰した果実を混ぜてきた。柑橘系の味に調えたのは、魔女の好みだ。
「姉さん」
「なに?」
レーゼがぐったりとしながらも、身体を起こしてジュースを二口飲んだ。そして、ゆっくりと魔女に話しかける。
「先に、帰ってもいいんですよ」
「えっ?」
唐突だった。レーゼの言葉に驚いて、魔女は虚を突かれたような声をあげた。その様子を見ながら、レーゼは力なく笑った。
「何か、気になることがあるのでしょう? 私は未熟な子どもですけど、それくらいは分かります」
「……アンタに覚られるなんて、あたしもまだまだね」
「やっぱり、何かあるんですね」
「確証はないわ」
「……そうですか」
レーゼには、セルシの声は聞こえていないはず。それでも、レーゼは察しているようだ。兄弟の「絆」とでも言えるのかもしれない。クレーとレーゼは、十年間リズーも含めて三人で暮らして来たのだ。クレーにどのような思惑があったとしても、レーゼがクレーのことを慕っていたことは間違いない。
対して魔女は、レーゼと暮らした時間は正直短い。レーゼが六歳のときに家を出て、十年間一度も家に帰ることなく、セルシと暮らしていたのだ。その場所を、クレーにも伝えることはなかった。それなのに、十年経って突然兄弟の前に現れた魔女を、レーゼは「姉」とすぐに認めた。クレーもまた、姉のことを認めている……はずだ。クレーは魔女のことを、最強のイレギュラーとして、危険視もしていた。
魔王として覚醒したクレーが求めたこと。
それは、罰されることだった。
生きることに意味を見いだせないクレーは、死にどころをずっと探していたのだ。
(クレーが死んだ訳じゃない……何か、あったことは間違いないと思うけど、まだ、生きてる)
確証はない。けれども、魔女には自信があった。信じる力は、魔女に大きな力を与えてくれる。クレーとレーゼの間に「絆」があるように、魔女は二人の弟のことを、誰よりも大切に想っていた。




