止まらない汗
日照りが落ち着いて来た頃。風がやや強くなって来た。荒地の中のオアシス的存在のダレンスの空は、雲が覆いかぶさって来る。魔女は空を見て、何だか憂いを感じた。曇天が不気味に感じられたのだ。
魔女の隣には、レーゼが居る。汗だくになり、顔色が悪い。血色が悪いレーゼの青白い肌からは、血管が浮いて見えていた。
「姉さん……少し、水をいただけませんか?」
「あ、喉乾いた? ……酷い汗ね、大丈夫?」
「少し……眩暈が」
レーゼに水筒を渡すと、受け取るその手はガクガクと震えていた。震える手から、するりと水筒が抜け落ちていく。カタンと地面に水筒は落下し、レーゼは苦笑いをした。その光景を、魔女は深刻な面持ちで見つめていた。
確かに暑い。しかし、雲がかかり直射日光も和らいできた。そこまでの暑さは正直今は感じられなかった。それなのに、レーゼのこの汗は尋常ではない。いくら心配しても足りないほど、レーゼの身体の不調が気になった。
レーゼが足を屈めて水筒を拾おうとしたとき、意識が遠のいたのか、よろけてそのまま魔女の方に倒れ込んだ。突然力が抜けた様子を見て、慌てて魔女はレーゼの身体を抱きかかえた。身長的に、同じくらいの背丈だ。魔女の方が若干低いか。腕の中でレーゼは、小刻みに震えていた。立っているのが辛いのだろう。ゆっくりとその場に座らせて、水筒に手を伸ばした。砂を払って中に入っている魔女特性のジュースをレーゼの口元に持って行った。
「ちょっと……大丈夫かい!?」
「おばちゃん。ちょっと、涼しいところでこの子休ませたいんだけど、いい場所知らない?」
「姉さん……大、丈夫です」
「どこがよ。帰りはあたしの魔術で家まで送るわ。でも、転移魔術は術者にも同伴者にも身体に負荷がかかるから。今のアンタには耐えられないと思う」
「……すみません」
野菜売りの女店主がテントから出て来て、濡れたタオルをレーゼに渡した。冷たい水に濡れたタオルは気持ちよく、ありがたくタオルを受け取った。顔の汗を拭き、開いた胸元にも当てる。魔女のジュースにも口をつけ、少しは回復したのか。震えが落ち着いて来たように見える。
「うちの家、散らかってるけどちょっと入っていきなね。長椅子に横になっていれば、少しは回復出来るんじゃないかな」
「ありがとう、おばちゃん。助かるわ」
ゆっくりと立ち上がってから、魔女はひょいっとレーゼを抱え上げた。突然のことで驚き、レーゼは目を見開いた。恥ずかしさもあって、顔を赤く染めた。
「ね、姉さん……私は歩けますよ」
「嘘言わないの。まだ身体に力が入らないんでしょ? いいから、甘えてなさい」
「でも」
「でもじゃない」
「……はい」
しゅん……と顔を俯かせるレーゼを、多少哀れには感じていた。姉とはいえ、魔女は背が低い女だ。思春期の少年であるレーゼにとって、嬉しい対応ではないはずだ。しかし分かってはいても、無理はさせられない。魔女はレーゼを抱きかかえたまま、女店主の家に向かった。
その時だった。
『ルイナさん』
耳から得た声ではない。
脳に直接語り掛けるような声が響いて来た。
(気のせい……じゃ、ないわね)
声の主にも、気づいていた。セルシの声だ。どこか、切羽詰まったような……何か、嫌な予感しかしなかった。
(何よ、セルシ……何かあるなら、最後まで言いなさいよ!)
「お嬢ちゃん? ほら、こっち」
「あ、うん」
「姉さん?」
(レーゼには聞こえていなかったみたいね)
魔女は店主の家に入り、居間にあったソファーにレーゼを寝かせた。南まどからはやわらかな風が吹いてくる。心地よい風だ。それでも、レーゼの汗は収まりそうになかった。
いきなり無理をさせすぎたかと、魔女は自分を責めた。視線を落とし、レーゼの身体を観察する。店主から借りたタオルで、レーゼの身体を拭いてあげた。拭いても拭いても、汗は滴れ落ちて来る。このままでは、脱水症状になってしまう。熱中症の可能性もあるかもしれない。とにかく涼しいところで休ませて、早く家に戻りたい。魔女はそう考えた。
早く帰りたい理由には、もうひとつあった。セルシの声が聞こえてきたことにある。何か、あったに違いない。それもきっと、悪いことだ。そして、それが「クレー」のことなのだろうと、魔女は覚悟していた。




