イレギュラーな家族
ラックフィールドはもともと、荒地の中の小さな集落だった。サレンディーズの家族が住む小さな家、いや、小屋というべきか。そしてあと数軒、木造の家が点々と建っていた。それが、第一次魔王戦で全て吹き飛ばされてしまい、サレンディーズの血を引く者たちは、このラックフィールドから姿を消した。
魔女の居場所は特に誰にも知られていなかった。魔王を無力化させた場所に居るのではないかと、クレーは読んでいたが、実際にはその祠には誰も居なかった。一度、確認しに行ったことがあったのだ。
そのクレーと弟レーゼは、魔術の統制を経てヘルリオット王朝から銅と銀の称号を得て、シルドの町に配属された。そこで出会ったのが黒髪黒目の姿をしていたリズーだった。
「リズラルド。あなたは、イレギュラーとしての使命を果たしたいと思っていますか?」
「今日はやけに質問攻めやないか、セルシ」
「ルイナさんやレーゼさんが居るところでは、話しづらいですからね」
「父さんは、聞き耳立てているかもしれんで?」
「そうですね」
小声で話しているが、クレーの部屋とこの広間を隔てるものは、薄いドアひとつだ。聞かれている可能性は十分にある。
天士の役目がイレギュラーの排除だとしたら、自分は止めを刺されるのではないか。そんな喜びを感じて、今頃笑っている可能性だってある。それは、ルイナさんが喜ばない。
セルシとしては、魔女に恩があった。魔女の悲しむ姿はもう見たくないと強く願う。それならば、魔女が大切に想う弟たち、クレーとレーゼを守り抜かなければならない。ほとんど飲み切った白湯が入っていた湯呑を、テーブルに置いた。
「クレーさんのところへ行きましょう。独りにしておくのは、なんだか得策ではない気がします」
「せやな。自害されたら困る」
「クレーさんは、死にたがっています。でも、死なせる訳にはいきませんからね」
「罪を償わせるため?」
「それもあります」
「他には?」
セルシは、やわらかな紅色の瞳を優しく光らせ、口元も微笑んだ。
「家族、ですから」
「……せやな!」
それに関しては、今のところリズーも同意してくれている。少なくとも、今は脅威ではないと判断してもよさそうだ。木製の椅子をガタンと後ろに下げると立ち上がり、棚からインスタントのコーヒーを取り出した。クレーが好きなコーヒーだ。豆を挽いて粉末状にしたものを、クレーがしまっているのを見ていた。カップに粉を入れて、お湯を上からかける。美味しいコーヒーの淹れ方というものもあるそうだが、セルシにはそこまでのこだわりが分からない。
「コーヒーか! そういえば、父さん最近飲んでなかったな」
「少しは元気を出してくれるといいんですけどね」
「えぇんちゃう? 持って行こ!」
「これは、あなたが運んでください」
粉が溶けるように匙で混ぜてから、セルシはコーヒーカップをテーブルの上に置いた。そのまま、スッと横にスライドさせて、リズーの目の前に置いた。リズーは不思議そうにセルシを見る。セルシは、にこりと微笑むばかりで、強い主張はしてこない。
「俺が運ぶんか?」
「僕が運ぶより、“息子”であるあなたが運んだ方が、喜ぶような気がしまして」
「うーん……どうかなぁ。今の父さんは、病んでるからなぁ」
「それでも、見捨てられないでしょう?」
「それはもちろん!」
リズーは一度、「こくり」と頷いた。そして、淹れたての湯気が出ているコーヒーを右手に持って、奥のクレーの部屋へと向かった。




