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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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隠された姿

リズラルドの名づけ親であるレーゼ。

その兄であるクレーには、どうやら秘密があるらしい。

赤子だったリズーも、十歳になり……?

 食事をし、順に風呂へと入ることになる。風呂の順番は、いつでも決まっていた。

 レーゼが一番風呂にこだわる為、彼だけはいつも、湯が沸くとすぐにひとり支度をして、誰かに確認をするでもなく、すぐに使っていた。黒服から見せる腕は、色白だがそれなりに筋肉はついている。裸を見られたくないというような乙女思考なワケではないと思うけれども、何故か裸姿を、リズーは見たことがなかった。でも、別に男の裸が見たいなんていう趣味もなかった為、特別気にすることもなく、これまで来ていた。

 そして、レーゼの風呂はそこまで長くない。さっと入って、すぐに出てくる。そのため、待ち時間もそれほど無い。それが、リズーやクレーが気にならない理由のひとつになっているのかもしれない。

 続いて入るのが、リズーである。単純に、こんなところでクレーが母親じみたことをするため、リズーが先に入るように知れずになったというだけだ。クレーは、お風呂に入りながら、風呂掃除を毎日するのである。そんな慌ただしい中、好んで一緒に入りたがる者は、そういないだろう。

 水は、無限に湧き出るものではない。限りあるものであるから、湯を張ったら、その湯を使って風呂を綺麗にしたいという思いがクレーにはあるらしい。不器用そうに見えながら、ちゃっかり主婦業をこなしているところが、そつのない魔術士の習わしかもしれない。

 事実、クレーは指折りの実力者であった。夕飯時、リズーが魔王やレーゼ、クレーの中で誰が強いのかを気にしていたが、「魔王」という存在が不確かである今、はかり知ることは出来ないのだが、断言できることもある。「魔王」に近しい存在……それは、魔力の大きさで計って比べるならば、レーゼとクレーは、この世界でトップクラスの魔術士だということである。


「はぁ……」


 例のごとく、レーゼは浸かったと思ったらもうタオルで身体を拭きながら、ほかほかと湯気を立てて風呂場から出て来た。ガス製品のお風呂ではなく、薪を組んでいる。ただし、いちいち外に出て火をくべる必要はない。魔術で炎を起こせば、中からでもその火力を調節でき、レーゼもクレーも、自分の好きな温度で入ることが出来ていた。

 ただし、魔術士ではないリズーだけは、レーゼの残り湯でことを済ませなければいけない。当然のことながら、水を足せば温度は下がるし、足さなければあったかいが、水量は物足りないものになってしまう。リズーは身体がずっと小さいため、少ない水でも今までのところは、何も感じてはいないので、この点を改善することはなく、時が過ぎていた。


「相変わらず、早いねぇ。あ、レーゼ。これ、今日の夕刊」


 クレーは、ボサボサ髪を掻きながら、弟に自分が今まで目を通していた王都新聞を手渡した。役所の人間である。一応、どのような記事が載っているかは、概ね把握はしているが、念のためこうしたチェックは、欠かさないようにしている。雑な容姿とは異なり、案外真面目な優等生であることが伺いしれる。


「マメですね、クレー」

「そういうお前も、見るんだから。お前だって、マメじゃないかぁ」


 にこにこして、ふーっとカップの湯気を揺らした。中にはコーヒーが入っている。苦味も渋みもある、クレーの好む濃い味であった。それをレーゼにも勧めるけれども、レーゼは遠慮していた。このコーヒーを、まずいとは言わないが、自分の体質に合わないのか。飲むと腹痛を起こすことがしばしばあるのである。

 そういった理由から、まだ子どもであるリズーには「刺激物だから」といって、飲ませないようにしているのは、レーゼの優しさからかもしれない。


「父さん。たまには俺も、コーヒー飲みたい」


 子どもは、大人の真似をしたがるものである。特に、大好きな親であり、目標とする大人であれば、その思いはより強くなるというものだ。そのため、リズーがこのふたりの真似をしたがるということは、至極当然ということでもある。

 しかし、父親であるクレーは眉を寄せて困った顔をして、答えを弟のレーゼに求めた。クレーとしては、コーヒーくらい飲ませても別に良いと考えているのだが、レーゼがその点は敏感だからである。


「ダメだと言っているでしょう、いつも。リズラルドはお風呂の順番ですよ。入って来なさい」

「まだ、眠くねーもん」

「眠れるように薬草でも煎じましょうか?」


 そこまでして寝かせつけたいのかと、リズーはむすっと機嫌を損ねた。自分だけ子ども扱い、除け者にされていると感じたのだ。それを察したクレーは、すかさず言葉を発した。


「リズー。コーヒーは、ますます眠れなくなるから今日は我慢しようね? 今度、お父さんが飲ませてあげるから」

「クレー。そんなことはさせませんよ」


 じろっとレーゼは温和な目を光らせ、クレーを睨んだ。普通の者なら、この睨みを恐怖と感じるであろうくらい、鋭いものである。しかし、クレーは何のその。へらりとかわすと、レーゼの解かれた長い髪を撫でてあやした。こんなことをしては、彼の怒りをさらに買ってしまうというものだ。そのことを、クレーは分かっている。レーゼの関心を、リズーから自分に向けようとしているのである。しかし、そんな考えは弟であるレーゼにもお見通しであった。


「兄さんは、甘いんです。リズラルドの為になりませんよ。情けはひとのためならずってことわざ、知らないんですか?」

「知らないねぇ」


 本当かどうかなんてわからないが、とりあえずクレーはしらを切って、コーヒーをまたひと飲みした。そして、愛するリズーに目を向ける。


「リズー。お湯が冷めてしまうから、お風呂にしんしゃい。それとも、僕と一緒に入るかい?」

「いい。ひとりで入る」

「……そうかい」


 しゅん……と肩をすくめて、落ち込みを見せるクレーの横を、リズーは面白くなさそうにしながら通りすぎていった。そのまま、浴室の方へと向かっていった。

 扉が閉まるのを確認すると、レーゼは分かりやすくため息を吐いた。とても疲れている様子である。


「クレー。どういうつもりなんですか、あなたは……」


 お風呂で髪を洗うため、今は三つ編みを解いてストレートの黒髪をおろしている。背丈もそう高いワケではなく、瞳もクレーと比べて随分大きい。女性に見られることも、しばしばあるくらいの容姿である。


「なんのことかなぁ」

「知れたことを……」


 クレーはあくまでも、とぼけていた。そのことに関して、苛立ちを隠せないレーゼは、濡れた髪をくしゃくしゃっと掻き乱すと、テーブルに肘をつき、長い前髪を掻き上げた状態で兄を睨んだ。ほかほかと身体からは湯気が出ている。上半身は、やはり裸姿ではなく、黒地の薄いシャツを着ている。他の成人男性から比べれば、随分と華奢な身体付きだが、程よく筋肉はあるところが、王都派遣の町役場魔術士の証でもある。


「赤子で捨てられていたリズラルドを拾って、十年。つまりはリズラルドも、もう十になりました」

「知ってるよ?」

「その意味を、よく考えることですね」


 ズズズ……っと、クレーはコーヒーをすすった。そして、これまでのどこかふざけた容貌から、一転。一重の細い目を鋭くし、「魔術士」の顔をした。


「レーゼ。誰に物を言っている」

「……」


 その厳しい目つきと言葉に、思わず言葉を無くしたレーゼは、忘れかけていた自分の「兄」の本質を思い出した。

 弟であるレーゼは、優男に見られ、見た目は女性のようである。その性格は、自分にも他人にも厳しいところがあるのだが、物言いは穏やかで文官ではないかと思わせるほどのものである。

 一方、兄であるクレーは、見た目はガサツそうで細い目は大概にこにことしている。言葉遣いも丁寧というワケでもないし、人懐っこいところがあった。その人懐っこさに、誰もが「あのひとは、怒らない」と勘違いをしてしまうほどである。だが、そのような兄のことを、レーゼは時に「恐怖」と思うのだ。兄には勝てないという気持ちがあるが、それは、実際の魔術の腕を見てもそうなのだが、物事の考え方をとっても、ひとつもふたつも先を見ているのは、実は兄の方であった。


 頭脳は弟、行動は兄。


 周りからはそう思われているが、実際はどちらも「兄」が上回っている。そのことに、レーゼ自身も忘れるほど、ここのところは平和な日々であった。


「すみません……クレー」

「分かればいいんだよ、別に。僕は、争いは嫌いだからねぇ」


 そう言って、ボっと机の上を燃やした。燃えて灰となったものは、リズーが握りしめていた、今日の「張り紙」であった。レーゼは、今日のことを兄はすべて知っていると悟り、弁解しようとした。


「お言葉ですが、兄さん。私だって、争いが好きで毎日リズラルドの後を追っている訳ではありません。止めたいから……」

「止めるためなら、レーゼは町民に魔術を放つのかい?」

「他に方法が……」


 弁解する予定だったのだが、追い込まれていくレーゼは、自らの言葉を頭の中で繰り返した。大きな瞳を陰らせ、俯く机には、ぽたぽたと滴が落ちていく。涙ではない。細めの髪質から流れるお風呂の水である。苦悩するレーゼは、とても兄の顔を見据えることが出来なくなっていた。


(本当に……方法はなかったのでしょうか。兄の言う通り、私は、魔術を掲げて町民を従わせているだけ?)


 リズーを守りたいと思う気持ちは本物である。あのときは、魔術を使うのが一番の決定打になると考えたのである。しかし、兄から言わせればまだまだ甘く、目先の利益に手を伸ばしたに過ぎないというのだ。その言葉を、レーゼは覆せなかった。

 ただ、不満ならある。そうまで言うのであれば、本当に、父親であるクレーが対処すべきなのだ。そうすれば、レーゼが悩むことはないし、クレーが腹を立てることもなくなるのだ。すべてが上手くいくのではないかと、レーゼは考えた。

 親権は、すでにクレーに渡っている。リズラルドの父親は、確かにクレーなのだ。レーゼは、リズラルドに体術や読み書きを教えて来た「先生」である。そう、単なる「先生」に過ぎない。


「あなたが……あなたが、リズラルドを見ればよいでしょう!? 私はあなたのように万能じゃないんです! 自分の仕事だけでも手一杯なのに、どうして、帰宅してくたくたの中、毎日子守りをしなくてはならないんですか!?」


 そこまで一息で言い切ると、肩を上下させて酸素を求めて空気を吸った。

 冷ややかな兄の目が、レーゼに突き刺さる。レーゼは、自分がどれだけ身勝手なことを言っているのかを理解するのに、時間はかからなかった。そこまでの馬鹿ではない。だからこそ、苦悩するのだ。


「レーゼ。お前はどうして、リズラルドを拾って来たんだい? どうして、名前なんて付けた。なんにでも、名前を付けると情が移る」

「私が、情に流されているとでも言うのですか……」


 クレーは、何も言わなかった。答えは出ているからだ。レーゼは目を伏せたまま、しばらく言葉を失っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 底知れないクレーの存在感と、慕いながらも複雑な心境を抱き続けるれーぜの関係性が絶妙です。 ファンタジーだからこそ、現実世界に通じる人間性のリアリティが大事なのだと、拝読していてつくづく感じ…
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