サレンディーズ
「どうも、おばちゃん。いいのよ。今日は買い出しというよりは、散歩に来たようなものだから」
魔女は割と気分がよかった。本音を言うと、レーゼはここまで歩けないのではないかという考えも、頭の中にはあったからだ。その場合は魔女の力で、家まで戻ろうと思っていた。無理をさせすぎて、レーゼが倒れては元も子もない。しかし、レーゼはだてにサレンディーズの血統ではなかった。痩せ細っても根性があった。前へ進もうと食らいつく、その覚悟を前にして、「大丈夫だ」と信じたい気持ちが強くなった。
「散歩? 隣の子は……ひょっとして、前に話していた兄弟かい?」
「えぇ、そうよ」
レーゼは一歩前に出て、店主に向けて笑みを浮かべた。柔らかな表情は知的で、年齢よりずっと大人に見える。大人の世界に交じって生きてきただけのことはある。
「はじめまして。レーゼといいます」
「おやおや、礼儀正しい……女の子かな?」
「やだなぁ、おばちゃん。弟よ」
レーゼが苦笑いをするよりも前に、魔女が割って入った。元々女性的な顔つきだったレーゼだが、痩せてからはさらに少女っぽい容姿になってしまった。髪が長いため余計だ。特にここダレンスには、魔術士の容姿が「黒髪黒目」という常識すら伝わっていない田舎だった。魔力をためておくために髪を伸ばす魔術士が多いなんていう習わしを、知っているはずがない。髪が長いのは「女性」として捉えるのは、この世界での通説だった。
「男の子? こんな可愛い顔して……しかし、随分と痩せてるねぇ。いつもたっぷり野菜買ってるけど、この子はあまり食べれてないのかな?」
魔女は首をフルフルと横に振った。軽く嘆息もする。
「この子はまだ、頑張って食べている方よ。もっと重症な子が、家で待ってるの」
「お嬢さんも痩せ形だしねぇ。そんなに食に困っているのなら、野菜おまけしてあげるよ? わたしの家はほら、見ての通り十分やっていけているからね」
「それは嬉しい申し出だわ! ありがたくいただくわ。今、貧乏なのよね」
魔女は両手を合わせて祈るようなポーズをした。レーゼは、耳が痛いとばかり、視線を泳がせている。
サレンディーズは希望。
プラチナ魔術士の両親の世代から、ゼンティル国王から恩恵を受けてきた。両親亡き後も、魔王を倒した魔女の功績を称え、国から褒賞が与えられていた。さらに、クレーとレーゼが魔術の統制を受け、銀と銅の称号を得てからは、報酬の量は増えていた。
しかし今は、第二次魔王戦のクレーからの被害を受け、報酬は全て無くなった。当然の結果だ。クレーが奪った多くの命を考えると、償いきることは不可能だと魔女は唇を噛んだ。甚大な被害が及ぶ前に収束させられなかった、自身の不甲斐なさにも腹を立てていた。今、クレーが処刑されずに済んでいるだけでも、ありがたいと思わなければならない。
とにかく、今は金が無かった。今までの貯金もあるため、すぐに一文無しになることはないが、いずれは尽きる。それまでに、仕事を見つけなければいけないが、その前にクレーをどうにかしなければならなかった。
もちろん、死なせる道は絶対に避けなければいけない。クレーがどれだけ死を望もうと、魔女はそれだけは許さなかった。なんの罪もない命を奪った咎を、クレーには償わせなければならない。それも大きいが、やはり魔女にとってクレーも可愛い「弟」だったからだ。家族をこれ以上失いたくない。その気持ちは強かった。
両親を亡くしたとき、魔女は泣かなかった。現実を受けとめられなかった、それもある。しかし、身体の芯から沸き起こって来る魔力に鼓舞され、やけに冷静になれたのだ。眼前には絶対的力を持つ魔王セルシオン。正直、「怖い」という感情もなかった。完全だと思われる魔女にも、欠落しているものがあるのかもしれない。
魔女がいうように、魔女もまた「人間」だった。
「レーゼくんが元気になれるよう、いっぱいうちの野菜食べてもらわないとだね!」
「おばちゃん、最高だわ。この子は絶対、元気になる!」
「姉さん……」
レーゼは小さく笑った。そして、静かに魔女の言葉の後に続いた。
「クレーも、きっと立ち直りますよ。だって、私たちは……」
ひと呼吸おいた。
レーゼは魔女の顔を見上げて首を傾け、目を細める。
「サレンディーズですから」
「……なによ。結局アンタも、囚われているじゃない。“サレンディーズ”に」
そう言いながらも、魔女は満足げに口角を上げた。




