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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第2章:魔王の章
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天士の情報

ダレンスに向かって歩いていた魔女、そして弟のレーゼ。

十年前の魔王戦。

そして、今回起きた魔王戦。

どちらにも登場した「天士」は、同一の存在。

リズラルドだったのだろうか……?

 十年前に起きた、第一次魔王戦……そこで苦戦したのは、魔王として覚醒してしまった神、セルシオンではなかった。セルシオンの部下にでもあたるのだろうか。「天士」という天界からの使者。髪は緑、瞳の色が黄金という異質な存在。声なき声で、相手の精神を崩壊させる。

 魔女という異名を与えられた女魔術士ですら、天士には苦戦を強いられ、遂には撃退することは結局叶わなかった。

 それでも、何とか第一次魔王戦を静めることが出来たのは、魔王の力が解け、大いなる力を放棄することを選択できた、セルシオンのおかげとも呼べるかもしれない。その背景にはもちろん、魔女の働きかけがあったことは言うまでもない。だが、天士がどうなったのかを追及しなかったことは、魔女の落ち度だったのかもしれない。


 第二次魔王戦勃発にあたり、覚醒したリズラルド。

 果たして、彼は十年前の天士だったのだろうか……?


「アンタは、どう思う?」

「何が、ですか?」


 魔女ルイナは、ダレンスへの道中に休憩を何度も設けていた。あと三キロほど歩けば、ダレンスに到着するのだが、体力が完全に削がれてしまっている弟、レーゼにムリはさせられなかった。ほとんど、骨と皮に近いほどガリガリになってしまったレーゼには、この日照りは厳しいものだ。久しぶりの外の空気は身体に良いはずだと魔女は自身に言い聞かせ、なるべくゆっくりと歩く。

 レーゼは年齢詐称をしていたが、実のところはまだ、十六歳の子どもだ。よく食べよく水分を取り、外に出れば日光を浴び、ほどよい運動をさせることで、失った体力も身体も、まだ、取り返せられるのではないかと、魔女は期待している。ただ、すぐには効果も出ず難しいだろうということも、頭にはいれてある。期待しすぎるものは、裏切られるという考え方をしていた。

 一方、魔王として堕ちたクレーもそうだ。自らつくった腹部の傷からは、血が滴れ続けている。精神的なものだろうと推測するが、実際はわからない。今言えることは、このままではクレーが失血死してしまうということ。今日は家でセルシとリズラルドと共に留守番をさせているが、いつまでも寝かせたままでは、クレーが弱るだけだということは、認識くらいはしている。魔女は馬鹿ではない。


 レーゼは、うっすらと汗を額に滲ませながら、姉の姿を見上げていた。木陰に入って座っているレーゼとは対照的に、魔女は日向に出ながら立ったままの状態を維持していた。


「十年前に現れた天士は、あのチビすけだったのかしら?」

「リズラルドだったかどうか、ですよね? 私は、十年前の天士の姿を見ていませんから。比較することは出来ませんよ」

「見た目…………ねぇ」


 魔女は、腕を組んでから、目を静かに閉じた。そして、頭の中に過去と今の映像を映し出す。


「見た感じは、変わりないのよね。どちらも緑って感じでさ。髪の長さも長めで、今のチビすけと何ら変わらないと思うし……」

「それなら、十年前の天士もまた、リズラルドだったのでしょうか」

「そうとは決めつけることは出来ないわ。だって、天士っていうものは、そういう容姿に統一されている可能性だってあるわけでしょう? 個体差があるとは限らないわ」

「あぁ、そうですね……たしかに」


 どちらにしても、天士と生活を共にすることは、血迷っていると思うところもあった。セルシはまだ、魔王として覚醒していたとき以外は「神」としての誇りもあるのだ。暴走することは無かった。真の力がどこまであるのかは未知数だが、魔女は、力を放棄しているセルシならば、今の自分の力でどうにか抑えつけられると自負もしていた。しかし、天士はそうはいかないのだ。精神支配という未知なる力は、魔術がいくら長けていたとしても、防ぎようがない。


 だからこそ、より慎重になる。

 だからこそ、天界という未知なる世界を不安に思う。


「それなら、リズラルドに直接聞いてみたらいいじゃないですか」

「は? そんなの、聞いたって仕方ないわよ。あのチビすけに記憶が残っているとは思い難いわ」

「何故です?」

「何故って…………もし、あのチビすけが十年前の天士だったとしたならば、あたしは覚悟を決めないといけないしね」

「何のです?」


 魔女は、レーゼに視線を落として言葉を続ける。魔女は基本的に何事もポジティブに考えているように見えるが、実際はそうではない。すべてにおいて、シビアに物事を見て、考え、そして決断を下してきていた。

 常に最悪の事態を想定し、動くことによって、魔女は困難を乗り越えて来た実績がある。


「チビすけにはまだ、世界侵攻を狙っている可能性だってある……ということよ」

「そんなこと……ありますか?」

「今は、セルシと一緒に居るから大きな動きは出せないはずよ。力を失くしたとはいえ、セルシが神であり、天界からやってきた天士の絶対的存在のはずだからね」

「それなら、安全じゃないですか」

「もし、セルシの居ないところでチビすけが動いたとしたら? 本当に安全だって言える?」

「そんなこと、ないと思いますけど……」


 レーゼの答えを聞いた魔女は、つい癖で舌打ちをした。それによって、何か魔術が発動したわけではなかったが、レーゼへの牽制には十分なり得た。レーゼは眉を寄せ、肩を竦めた。

 それを見ても、魔女は特別何かを思ったりはしない。


「可能性がゼロなんていうことは、あり得ないのよ。特に、人間じゃないモノのことなんか、あてには出来ないわ」

「…………でも、姉さんはセルシのことは信頼していますよね?」

「えぇ、しているわ。十年間。ずっと一緒に居たんだもの。でも……」


 魔女は、目を伏せて厳しい表情をする。乾いた風が吹き荒れる中、砂塵も舞っていた。雨はこの地方では滅多に降らないからだ。気温も上がっている。朝早くから出てきたが、もう太陽の位置的には正午過ぎだろう。地面からの照り返しも強く、ジリジリと肌を焼く暑さだった。

 魔女は、しばらく沈黙した後に、再び口を開きその後を続けた。


「セルシのことより、あたしはやっぱり、アンタたち弟のことを信じているわよ」

「……姉さん」

「血の繋がりが全てだとは言わないわ。でも、繋がっている実の家族を蔑ろには出来るはずがない」

「えぇ、私もです」

「そう言うのならば、チビすけには気をつけなさい」

「…………分かりました」


 レーゼとしては、胸中ではチビすけ……つまりはリズラルドのことも、気にかけてはいた。リズラルドを拾い、育てて来たのは他でもない。レーゼ、そしてクレーなのだ。

 リズラルドは、どこまで計算してこのサレンディーズに接触したのだろうか。黒髪黒目という、魔術士の特性を持って存在していた幼少期。それが突如として覚醒し、今ではその人間としての姿を放棄してしまっている。その姿は、戻ろうと思えば戻れるものなのだろうか。それすらも分からない。

 レーゼは、出来ることならばどんな小さな争いごとも、回避したいと思っていた。だからこそ、むやみに姉に逆らったりもしない。けれども、自分というものが無いわけでもなかった。実年齢が十六だというのに、二十一歳として自身を偽り、ヘルリオット王都に仕えてきた人生だ。その知識も、その魔術も、確かなものであった。

 もっとも、クレーの用意した成長剤を断ち、もとのあるべき姿へと戻ったレーゼの身体は悲鳴をあげている。スカスカになってしまった骨密度。少しのことで、ぼきっと折れてしまいそうだと自覚する。代謝も悪く、髪も栄養がいきわたっておらず、黒髪というよりはグレーに見えるほど、白髪も増えていた。

 この世界では、髪の毛に魔力を集めておけるという、言い伝えもあった為に、なるべく長く伸ばす魔術士も、少なくなかった。レーゼが髪を伸ばしていたのは、そんなものにもすがりたいという願いがあってのことだった。

 短髪にしていたクレーは、魔術士の中では珍しい方だ。いや、魔女も髪は短い。結局、言い伝えというものは、その程度のことなのかもしれない。


「そろそろ、出発できそう? レーゼ」

「はい。十分休めましたから。大丈夫です」

「じゃあ、行きましょう。思いのほか、飲み物も必要だったわね。ダレンスで、また補給させてもらいましょ」

「すみません……」

「謝ることじゃないわ」


 魔女はそっと、レーゼに手を差し伸べた。その手を、レーゼは静かに掴むと、姉はぐいっと力そこそこに引っ張り上げた。レーゼは、腕が抜けそうになる感覚を覚えながらも、ゆっくりと立ち上がる。そして、パンパンとズボンについた砂を払い落とした。


「クレーのことも、実際のところは心配なのよね」

「今、ですか?」

「出来れば、連れて来たかったんだけどね…………ま、いきなり裏切ったりはしないでしょ。あのチビすけも、馬鹿じゃあない」

「……そうですね」


 徹底してリズラルドに注意を払う姉を見て、レーゼは複雑な心境に陥っていた。それでも、姉の考えを真っ向から否定することも出来ない。その情報量がないことに、申し訳なく思うところもあった。

 魔女とレーゼは、再びダレンスに向かってゆっくりと歩みはじめる。しばらく歩けば、遠くの方で街の景色がおぼろげに見えはじめて来た。


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