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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第2章:魔王の章
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クレーの憂鬱

家に残ったクレーとセルシ、そしてリズー。

生きる気力の無いクレーを見て、リズーは怒りをぶつける。

 何もないはずだった場所。いや、元々は小さな集落だった場所。それが、ラックフィールドである。十年前に第一次魔王戦にて焼き払われた村であり、奇跡の魔術士とも伝説の魔術士とも言われる、サレンディーズのはじまりの地。その言葉が、どれほどこの男のこころを苦しめて来たのか。それは、当人ですら計り知れないものだった。

 すべての歯車は、サレンディーズが誕生したときから狂ってしまったのだろうか。それとも、「神」であった男が「魔王」へと堕ちた瞬間からだろうか。


「クレーさん。起きていらっしゃいますか?」

「…………」


 この世のものとは、思えないほどの響きがある伸びやかな声。それが「天界」のものだったと知れば、素直に納得がいった。色素の薄い銀色の髪に、ルビーのような紅の瞳。その瞳には、あるひとりの魔術士の姿が映し出されていた。

 黒髪の短髪を、手入れすることなくボサボサと伸ばし、切れ長の一重の瞳を陰らせる。第二次魔王戦での「魔王」である。今はその力はなく、魔術士としての力に留まる。姉ほどのイレギュラーさはもう、無かった。


「起きてるんやろ、父さん。いい加減、ちょっとは運動せなあかんで?」


 ひょっこりと顔を出したのは、クレーを「父」と呼ぶ青年。しかし、その容姿はどうみても「人間」ではなかった。緑の髪はやや癖をみせながらもストレートに背中まで伸び、くりっとした瞳は黄金色に輝いていた。「神」に仕えていた「天士」である。

 リズラルドという名前は、レーゼが付けたものである。本当の「天士」としての名前は、知りえない情報だ。また、クレーも誰もが、知る必要のないものだとも判断していた。名前など、どうだってよかった。どうでもよくなるほどに、クレーのこころは荒んでいた。

 時計は、この部屋には置いていなかった。元々は置いてあったのだが、クレーが目障りだと壊してしまった。それを見て、直すことをせずに魔女は黙って時計を撤去させた。無理強いしそうな魔女ですら、今のクレーには気を遣うそぶりを見せていた。それもまた、クレーにとっての憂鬱のひとつとなる。


「リズラルド。あなたは少し、黙っていてください」

「なんや、セルシ。みんなで弱気になっていたって、しゃあないやろ?」

「…………」


 クレーの一人部屋で、ふたりの天界人は口論をはじめてしまう。いや、「口論」と呼ぶほど激しいものではないのだが、それだけクレーは敏感になっていた。


(誰も、責めては来ない…………)


 胸中で呟くと同時、クレーはこの光景が鬱陶しいとでもいうかのように、目を閉じて顔を背けた。依然、起きようとする気配はなかった。

 自らが「プラチナの短剣」で刺した傷口は、癒えることがなかった。姉によって治癒されたはずだったのだが、直ぐにまた血が滲みだしたのだった。クレーはこれこそが、「罪の証」だと受け入れ、そのまま黙ってこの世界から消えるつもりだった。

 しかし、姉である魔女も弟であるレーゼも、イレギュラーたちはそれを許さなかった。生きることこそが、贖罪へと繋がるのだと口を酸っぱくして訴え続けてくる。簡単には死なせてはくれなかった。


「父さん。ほら、外いくで? いい天気なんや。布団の中ばっかじゃ、気も滅入るやろ?」

「…………別に」

「ほーら。滅入ってるやないか」


 青年の姿となったにしても、リズラルドはまだ幼かった。後先をそれほど考えずに、物事を口にする。諸々、深く黙考する大人よりも、質が悪いといえば確かにそうだった。クレーは、軽く嘆息すると、ゆっくりと身体を起こすことにした。左腕に力を籠め、そのまま身体を支えて上半身を起こす。少しの動作だけで、ズキンズキンと腹部に激しい痛みが襲った。それを、意地でも面には出したくないと、クレーは奥歯を噛み締めながらも、涼し気な態度を装った。


「滅入ってなんかいないよ、リズー。眠いだけだから、そっとしておいてくれないかい?」

「寝てばっかりやないか」

「くたびれたんだよ…………」


 それは、本心だった。すべてにおいて、クレーはもう疲れ果てていた。魔力も使い果たすほどまで消耗し、体力も削がれてしまっている。生きる気力は、もとより持ち合わせてはいなかった。

 そんなクレーを見て、セルシは不安げな顔をしていた。美しく整った顔を曇らせ、クレーの身体を観察する。服を脱がせなくとも、傷の度合いくらいは見て取るように分かった。


「その傷を、治療しましょう? クレーさん」

「……だから、それはもう姉さんが試しているよ」

「もう一度、試しましょう。一度でダメだったからといって、諦める必要はありません」

「今、この世界で一番力があるのは、姉さんじゃないのかい?」


 クレーは、別に厭味をいうつもりでその言葉を選択したのではなかった。この傷は、自身で付けたものであり、誰かを恨む必要性など何処にもないからだ。そして、治さなければいけない理由も、クレーには見当たらなかったのだ。


「そっとしておいて欲しい。僕は、要らない存在なんだよ」

「父さん!」

「リズーは、天士なんだから。セルシのことを父とすればいいだろう?」

「…………!」


 投げやりなクレーの言葉を聞き、ついにリズーは黄金の瞳をきつく細め、悔しそうに唇を噛み締めるとそのままベッドに向かって歩み寄り、そのままクレーの胸倉をつかみ上げた。乱暴なその態度を見て、咄嗟にセルシが止めに入ろうとしたが、それより先にリズーが言葉を発した。


「俺は確かに天士やった……せやけど、俺を育てたんは父さん、アンタやろ!? それに、先生も…………。先生だって、今、必死に生きようとしとるやないか! 父さんだけ逃げるんは、ずるい!」

「ずるい?」


 リズーの言葉を繰り返すと、クレーはククッと喉の奥で笑った。当然、リズーは面白くは無かった。勢いそのままに、クレーに食って掛かる。けれども、どれだけ怒りをぶつけようとも、クレーを捉えることなどなかった。


 クレーのこころは、壊れていた。


「何が可笑しいんや……父さん!」

「ずるいと思うのなら、もう、放っておいてくれよ。僕はこのまま、逃げ続ける」

「父さん…………」

「誰も、救えないんだよ。僕は、生まれたそのときから、きっと……壊れていたんだ」


 怒りをぶつけることも虚しくなるほどに、クレーは確かに壊れていた。ずっと、「死」を待っていたかのような発言を繰り返すだけであり、リズーは諦めの色を見せた。それでも、見捨てられないという思いも、リズーの中には芽生えている。

 クレーの胸倉から手を放すと、そのまま窓の方へ向かって、カーテンに手をかけた。そして、勢いよくカーテンを開けた。遮光カーテンにより、光を遮られていた窓からは、まばゆい光が差し込んで来る。


「何をするんだい? リズー」

「こんな辛気臭い空気は、換えなあかん!」

「…………」


 生暖かい風が入ってきた。外が相当暑いということは伝わってくる。この一週間。ずっと窓は締め切っていた。そのためクレーにとって、久しぶりの外の景色だった。思わず、その景色に目をやる。自分が十三になるときまで、過ごしてきた村である。いつの間にか再建された、我が家。魔女か、此処に居る天界のものが造ったのだということは、想像できる。

 まったく同じ我が家とはいかなかったが、それなりに居心地はよくできた家だった。それだからこそ、クレーは余計に自身に「枷」をつけようとしていたのかもしれない。


 許されてはいけない。


 その思いが、クレーのこころを強く縛っていた。クレーは確かに、多くの命を奪った咎人である。しかし、「魔王」へと覚醒したのは、願望もあったのかもしれないが、クレーの責任だとはいえなかった。それをいえば、セルシだって望んで魔王になったのかと言われてしまう。決してそうではないということを、セルシは理解していた。だからこそ、セルシは魔女から頼まれようが、そうでなかろうが、クレーを暗闇から救い出したいという気持ちが、ひと際大きくあったのだ。


「クレーさん。外の世界を、見てみませんか?」

「僕はまだ、歩けないよ」

「だからまずは、歩けるようになりましょう?」

「……遠慮するよ」


 そのまま、クレーは外の光から目を背け、もう一度布団の中へと潜ってしまった。それでも、これが確かな一歩であると信じようとセルシは思った。リズーに視線を送り、ゆっくりと部屋を後にした。そのすぐ後に、リズーも続いた。


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