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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第2章:魔王の章
33/50

魔王戦を経て

第二次魔王戦から一週間。

イレギュラーたちは、故郷へ戻ってきた。

しかし、治癒されたはずの傷から出血しつづける元魔王クレー。

それを気に掛ける魔女。

イレギュラーたちの戦いが、再び幕を開ける。

 第二次魔王戦。


 多くの命が失われた、悲しき戦い。最期は、魔王が自害によって幕を閉じようとしたことなど、誰が語り継ごうか。それを見ていたのは、魔王自身と対峙していた魔女。そして、千里眼を持つ天界の生命……元「神」であった男と、天士。すべて、イレギュラーだった。


 此処、ラックフィールドは、そんなイレギュラーたちのはじまりの土地。


「ハイハイハイ! 起きた、起きた!」

「姉さん…………まだ、眠いです」

「魔女さん、相変わらず早起きやなぁ」


 時計の針は、四時を指している。「朝」である。起きるには確かに、早すぎるとも言える時間だった。辺りはまだ、薄暗い。ほのかにも、太陽は昇っていなかった。

 ダレンスから遠く離れた場所に、荒れ地となった今は地図にも載っていない「ラックフィールド」は存在していた。いや、地図にもない荒れ地なのだから、「存在」と呼べるのかも怪しい。しかし、そこに確かに住んでいる者がいる。サレンディーズのものたちが、戻ってきたのだった。


「うっさいわね。あたしにばっか、何でもかんでもやらせてんじゃないわよ!」

「姉さんが買って出たんじゃないですか……」


 目をこすりながら布団から嫌々起き上がるのは、サレンディーズ家の次男。年齢詐称していた実際は十六歳の少年。魔術士らしく、黒い髪をさらさらと腰あたりまで伸ばしている。しかし、肌の色は実に不健康そのもので、色白というよりは、血管まで透けて見えるほどの透明とでも呼ぶべきか。薬を使って、無理やり身体を成長させていたツケが回って、このように弱体化していた。弱り、弱体化が進む前までは、それなりの魔術士として腕が立ったが、今はもう、簡易な魔術くらいしか扱えないだろうと、魔女は踏んでいた。いや、もうこの少年に、魔術は使わせないつもりでいる。少年の名は「レーゼ」という。


「今、何時や?」

「四時、きっかりよ」

「…………寝よ」


 魔女「ルイナ」に背を向け、もう一度布団に潜り込む「青年」は、緑の髪に黄金の瞳を持つ、どうみても人間ではない容姿をしていた。彼が「天士」である。天界からの使者であり、戦士であることから、「天使」とは言わないそうだ。後から元「神」であるセルシオンこと、「セルシ」から聞いた。

 セルシは、銀色の長い髪に紅の瞳をしている。これが、本来の「神」の容姿なのかどうかは、定かではない。天界から来たという「天士」リズラエルこと、「リズー」とまったく容姿が異なるためだ。神と戦士では、違いがあっても可笑しくはないと思うが、あまりにも違い過ぎて、どちらかに変異が起きているのではないかと、魔女はひそかに思考していた。


(……朝から、騒がしいな)


 ひとり、離れた部屋に寝室を設け、眠っている青年がいる。黒髪は短く切り、ボサボサとした頭。黒い切れ長の瞳。血色が悪いのは、次男とは違う理由である。天界から授かった「プラチナの短剣」にて、自らの命を絶とうとした代償だった。


 そう。彼「クレー」こそが、第二次魔王戦で敵となった魔王だった。


(…………騒がしい、か)


 クレーは、そのことに胸を痛めていた。誰知れず、自らの犯した罪を噛み締め、日々、苦悩していた。未だ、傷が癒え切っておらず、立ち上がることも出来ない。まだ、決着の日から、一週間しか経っていないのだから、仕方のないことといえば、そうだろう。

 クレーはずっと、自分の存在意義を探していた。生まれたときから、魔術の才能ある両親の長男として生まれたクレーは、十歳のときにそのまま魔術の解放をし、十五で魔術の統制を受けた。そこで、ヘルリオットの武官として旅立つこととなる。思えば、それが過ちのはじまりだったのかもしれない。ゼンティル国王のもとで、武官となったクレーには、野望があった。そのときにはもう、両親は「プラチナ魔術士」というイレギュラー称号を得て、第一次魔王戦にて、魔王と戦い敗北……すなわち、亡くなっていた。魔女と呼ばれるほどの魔術の実力者であるクレーの姉は、それを誰よりも悔やんでいたに違いない。しかし、最後まで魔女は両親の仇を取ることはなかった。


 第一次魔王戦の魔王とは、セルシのことだった。


 魔女は、結局。二度、魔王を生き逃がしていることになる。


(甘いんだ。姉さんは……)


 厳しい口調。きりっとした眉に、猫を思わせるややつり目の二重の黒い瞳。外ハネの短く切った髪は、やはり「魔術士」の色である「黒」だった。戦うために生まれて来たような存在で、髪を伸ばしたことがない理由は「戦いに邪魔だから」というものだった。

 クレーは今、自分が生きていることに意味を見いだせないでいた。そのことが、自らを苦しめている。こうして、苦悩することが贖罪への道だと言わんばかりに、この家のイレギュラーたちは、クレーを死なせることを決して許さなかった。その点だけは、結託していた。


「ルイナさん。もう少し静かにしないと……クレーさんも起きてしまいますよ?」

「起こすつもりで大声だしてんの! クレーだけ特別扱いなんて、させないんだから」

「でも、まだ傷が癒え切ってないんでしょう?」

「あれは……」


 魔女は唇を噛んだ。そして、悔しそうに眉を寄せる。


「あれは、クレーがいけないのよ」

「?」


 セルシは首を傾げた。


「…………傷は、癒えたはずだった」

「え?」


 魔女は、右の手のひらを広げる。そこには、何もない……はずだった。しかし、魔女がそこに集中すると、何の装飾もされていない、ひとつの短剣が現れた。柄の部分は十五センチほど。刃渡りは三十センチほどだろうか。血など一滴も吸っていないように見えて、実際は血なまぐさい過去を持つ短剣……これこそが、天からもたらされた「プラチナの短剣」だった。

 天からヘルリオット王都へ。王都からサレンディーズの若き夫婦のもとへ。そして、セルシが持ち……クレーに渡り。今はこうして、魔女が管理していた。

 刃こぼれも、何もないように見えて、多くの血を吸って来た短剣。こんなものがあるから、争いが起きたのではないかとすら、魔女は考えていた。


「あたしが、あのとき癒したはずだった。クレーがこの短剣で、自らの腹部を刺してすぐに、あたしは治療に当たったのよ」

「でも、この短剣は……」

「分かってる。ただの短剣じゃない。でも、レーゼの傷は治ったし、死の刻印も消えていた」

「それは、クレーさんが魔王としての力を失くしたからでは…………」

「だったら!」


 魔女は、短剣を再び四次元空間へと消し去った。今は、魔女の意のままに、現れたり消えたりする。


「あのとき、あたしは確かに普通じゃない力を得ていた。そして、クレーは逆に効力をなくしていたのよ!? あたしの力で癒しきったはずなのに、何でまた血が滲んでいるのよ! 可笑しいじゃない!」

「そう言われましても……」

「望んでいるのよ」

「?」


 魔女は、舌打ちをしてから身近にあった椅子を蹴り飛ばした。行儀はよくなく、虫の居所も悪い。


「クレーは、死を望んでいる!」

「…………」


 セルシは反論することが出来ず、ただ、黙り込んだ。その様子を、気まずそうに見ているのはレーゼとリズーであった。

 レーゼの腹部には、刃物で刺された傷痕があった。これは、クレーによって貫かれたものである。けれども、魔女が神的力に目覚めた瞬間、血は止まった。今でも、雨の日などに疼くことはあっても、血が滲み出ることはない。

 クレーの腹部にある傷もまた、こうした綺麗な線の傷だった。しかし、日に日に出血は増えている。血色も悪い。食事もしたがらない。けれども、無理やりにでも魔女が食べさせている為、まったく食べていない訳ではない。それでも、大人の食事量には到底足りていない。このままでは、失血死が先か。栄養失調で飢えて死ぬのが先か……結果は、早々に出そうだった。


 魔女は、焦っていた。


「ダレンスへ、また行くのですか?」

「行くわよ。此処から一番近い村は、ダレンスだし……今はまだ、ヘルリオットの武官たちと、接触したくないから。アンタも行く? レーゼ」


 珍しく、レーゼが誘われたことに、驚いたのは本人ではなくリズーだった。リズーは天士として覚醒するまでの容姿は、黒髪黒目の幼い少年だった。身長は百三十センチほど。小柄だったのだが、魔王の覚醒に共鳴するように、天士へと姿を変えた。背丈は、今は百七十ほどはある。魔女が、態度はでかいが意外にも小柄で百六十もない。そのため、魔女はリズーと話すときには、やや上目遣いとなる。


「魔女さん。何で先生を?」

「たまには陽を浴びて、運動した方がいいのよ。日光は、骨をつくるって言うじゃない」

「せやかて、先生はまだ……そんな遠くまで歩けへんで?」

「だから、早起きしてるんでしょ?」

「なるほど」


 リズーの言う「先生」とは、レーゼのことである。レーゼは、口を半開きにしたまま、姉の言葉を聞いていた。その様子に気づいた魔女は、手を腰に当てて未だベッドから下りようとしないレーゼに視線を向けた。


「何よ。ほら、さっさと支度しなさい! 置いていくわよ?」

「は、はい」


 ずっと、寝たきりだったレーゼにとって。姉からの思わぬ誘いは、心ひそかに喜ぶべきことであった。

 口元がほころぶ。それを隠しながら、レーゼはゆっくりと支度をはじめた。


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