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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
32/50

魔王戦、終結

プラチナの短剣が赤く染まった。

魔王クレーと魔女ルイナの対決、遂に完結!!

「……ルイナさん」

「セルシ」

「……えっ?」


 セルシが振り返ると、そこには岩肌に身を委ねていたレーゼが立ち上がっていた。


「立って……!?」

「出血も、止まったよ」


 セルシが歩み寄り、レーゼの腹部を確かめると、確かに大きく切り裂かれた腹部の傷が、塞がっていた。切り口は残っているが、血はもう流れていない。

 それだけではなかった。レーゼを死へと導いていた「死の刻印」さえも、消えていた。


「助かった……助かったんですね! レーゼさん!」


 セルシは、少年の姿のままで微笑むレーゼを、ゆっくりと抱き寄せた。


「はい。ただ……」

「ただ?」

「……姉さんと、クレー。リズラルドはどうなったのでしょうか」

「……」


 セルシは、高い位置にあるこの洞窟から、世界を見渡すかのような仕草で外を見た。「神」であったセルシには、見通せているのかもしれない。今、世界で何が起きているのかを。

 レーゼの顔には、不安が浮かんでいた。この身体の異変は、明らかに「姉」か「兄」に何かがあったと考えるのが、定石だったからである。


「サレンディーズは、希望です」

「……セルシ?」

「僕には、信じることしか出来ません」

「セルシ……私は、今なら魔術も使えます。構成も思い出せたし、魔力の使い方も、思い出せている。あとは、実践するのみ」

「……魔王戦に、参戦するのですか?」


 どこか、悲しそうに紅の瞳を陰らせるセルシは、レーゼの決断を心配していた。おそらくは、今のレーゼの言葉に嘘はなく、確かに魔術を取り戻しているはずである。ただし、失血した血まで、今のレーゼの身体に戻っているのか。同じく「魔術」といっても、魔王となったクレーの扱う「魔術」に、対応できるほどの質なのか。そこを考えなければならないと判断した。

 それを見越して、レーゼはかぶりを振った。そして、ゆっくりと頷き、不安そうなセルシの細い身体にやさしく抱き着いた。


「セルシ。ここで待つと、約束しているから…………私は、地上には下りないよ」


 レーゼは自分よりも幾分も背丈の高いセルシの顔を見るため、三十度ほど顔を上げる。そこでは、人間離れした美しい顔立ちが、実に不安そうにしている。


「私の力量では、姉さんとリズラルドの足手まといになってしまう。私にできることも、やっぱり信じることだけなんでしょうね」

「信じるということは、誰にでも出来ることではありません」

「えっ?」


セルシは、華奢なレーゼの身体を強く抱き寄せ、瞳の先に魔王の姿を思い出しながら、言葉を続けた。


「魔王は……クレーは、信じることができなかったんでしょう。家族のことも、世界のことも、自分自身のことも」

「……過去形で話すことではないよ」


 レーゼは、瞳を閉じた。


「クレーにだって、未来はある」

「強いんですね。人間は……」


 セルシは、レーゼの想像を遥かに上回るほど、この世界に生きてきた存在だった。それほどの道のりを経ても、この小さな少年の命のほうが、「未来」を築き、「信じる」という希望を強く抱き、実行しているということを実感した。そして同時に、この世界に「可能性」を再び見出したのだった。



「クレー!!」


 魔女の悲鳴にも似た叫びが地上に響いた。「プラチナの短剣」は、魔王自身の胸を貫いていた。それと同時に、魔王は足元から崩れ落ち、その場で意識を失った。


「しっかりしなさい! こんな傷で、アンタが死ぬはずないでしょう!? アンタは、魔王にもなり得たイレギュラーなんだから……強いのよ、誰よりも!」

「…………」

「聞こえているでしょう!? アンタは、こんなところで死んじゃダメよ! アンタが奪った命の償いだって、終わっていない。こんな形で、終えられるとでも思っているの!?」

「…………」

「…………勝手よ、ほんっとうに、ふざけたバカ弟よ! アンタは!!」


 魔女は、黄金の瞳を最大限に光らせた。傷の修復を試みて、全精力を傷口に向けて注いだ。しかし、どうしても傷口がふさがることはない。


「何で…………何でよ!!」


 絶叫する。魔王の顔色は、失血のために次第に青ざめていく。魔女は、敢えて心音を確かめようとはしなかった。場所的に、的確に急所を貫いている可能性が高かったし、クレーが敢えて外したとも思えなかったからだ。

 完全に死んだ人間を、蘇らせることは出来ないのかもしれない。そう、魔女の脳裏に最悪のシナリオがよぎった。


「冗談じゃないわ! チビすけ、戻って来て!」


 どんな変化が起きたのかは分からないが、魔女も所詮は「人間」である。イレギュラーといっても、たかが知れている。こうなったら、天界からの使者という「天士」に頼るほかないと考えた。

 空は、澄み渡っている。憎らしいほど、青々としていた。そこに歪みが生まれると、そこから緑のベールに包まれた、天士の姿が現れた。


「魔女さん! …………!?」

「お願い、クレーを助けて! チビすけ! アンタになら、出来るでしょう!?」

「…………無理や、魔女さん。プラチナの短剣は、絶対や」

「そんなはずない! 絶対なんて、あり得ない!」

「天界の代物や。それで絶命した人間を、どう蘇生しろってぇんや……魔王は、もう」

「魔王じゃない! もう、此処にいるのはクレーという人間よ!」

「…………魔女さん」


 魔女は、諦めなかった。もう一度、クレーの胸に両手を重ねて、祈る。黄金に光瞳を閉じて、静寂したこの大地の呼吸を感じ取るかのように、静かに、ただ静かに時間を待つ。


『姉さん』

『ルイナさん』


 魔女、ルイナには確かに聞こえた。


 自らを信じる、帰りを待ってくれている「声」が。


「帰るわ。あたしは、クレーを連れて……チビすけと、一緒に帰るのよ」


 魔女が再び瞳を開けたとき、その瞳はプラチナ色に輝いていた。



 魔王戦。


 ヘルリオットの世界を「闇」へと陥れようとした、悪しき魂。


 異なる「属性」を秘めたイレギュラーたちの争い。


 自らの考え付いた「未来」の形を、具現化しようとした戦い。


 決着の瞬間を見たものは、いない。


 十年前の魔王戦も、このたびの魔王戦も、負傷者多数。


 生存者の証言は、ほとんど無い。


 著 ウェイズ(金の称号)



「こんにちはーっと」

「あら、相変わらずもう店じまいってところよ?」

「知ってる、知ってる。だから、来てんの」

「そんなにお金に困ってるのかい?」

「困ってはいない。ただ、かつっかつなの。食べ盛りの男ばっかしだから」


 恰幅の良い白いエプロンをまとった店の中年女性は、栗色のパーマがかった短い髪を汗でじんわり濡らしながら、この店の常連客のひとりである、若い女を前に、しまいかけていた商品から、白いシーツを取り払った。ここは、ヘルリオット王都からは遠く離れた、北の大地。北といっても、冬にはセーターを着こめばそれで凌げるほどの寒さしかない、割と温暖な地域のひとつであった。


 ダレンス。


 魔王戦の影響を、ほとんど受けなかった街のひとつである。


「おや、あんたお若いのに、そんなにも子持ちなのかい? 少子化っていうのに、感心だわねぇ」

「なに言ってんのよ、おばちゃん。あたしは未婚よ! 兄と弟と住んでるの」

「孤児なのかい? お父さんは? お母さんは?」

「死んじゃってる。でも、代わりに兄って存在が出来たから……ま、いいのよ」


 決して、不幸という顔は見せなかった。いや、実際この女は自らを「不幸」だとは思っていないのだから、当然といえば、当然である。

 気まずそうな店員をよそに、今晩の料理に使えそうな野菜を見定める。安くて量があるものを狙っている。味は、二の次である。味にこだわりはないが、そこに重点を置くと女は好き嫌いが激しかった為、時間がかかると自ら気づいたのだ。


「えっと、そこのカボチャ! ね、虫くってない? もっと安くしてよ」

「はいはい。このカボチャは、明日はもう出さないつもりだったからね。相変わらず目がいいねぇ」

「目利きできるって、ひとに自慢していい?」


 どうでもいいと思っていることをけろっと言ってのけ、他にも値打ちなものがないかと、品定めする。


「おや?」

「なに? おばちゃん。あとはどれ、安くしてくれるの?」

「お嬢さん、黒髪だけじゃなくて、目まで黒かったんだねぇ」

「えぇ、そうよ? 兄とひとり以外は、黒髪黒目なの。わかりやすいでしょ?」

「なにが?」


 今度は店員が問いかける。女は、猫っぽい黒目を輝かせて、癖のある外ハネの毛を手でもてあそびながら、言葉をつづける。


「そっか。こんな世界もあるのね」


 どこか機嫌のよさそうな女は、カボチャとニンジンを数本、あとは適当に選び、会計を済ませる。


「お嬢ちゃん。あんたの家族って、どんなひとたちなんだい?」

「ふふん」


 背を向け、一歩踏み出したところで振り返り、女は言葉を発した。




 魔女と魔王と魔術士と……。




 こんばんは、はじめまして。トリックオアトリート! というわけで、小田虹里。参上しました。

 「魔女と魔王と魔術士と。」第一章、幕を閉じました。「第一章」ではなく、まずは「完結」にしようかとも思ったのですが、タイトルを変えたくなかったのです。COMRADEシリーズみたいに、いけばいいのかもしれないんですけど、時間軸がずれることもないので。あぁ、でも、完結させようかなぁ。まだ、悩んでいます。


 魔女ルイナが、非常に個性の強い作品だったと思います。ルイナ、大好きです。サレンディーズは「希望」だと、セルシは言いますが、その「希望」の象徴でもあると思います。


 第二章からは、これから一年後。もしくは、二、三年後。今度はルイナ以外に焦点を当てようかと思っていますが、結局はルイナにもっていかれそうです。


 第一章の、最後が暈し暈しですが、誰のことを言っているかは、きっと此処まで読んでくださった方なら、分かっていただけると信じております。明記するより、あれくらいで終わった方が、いいかなって。


 さて。


 何年も昔の十月三十一日。


 小田の両親は、出会いました。


 福岡の父と、愛知の母が、たまたまそれぞれの旅行先であった、鎌倉の駅で出会い、父が一目惚れしたのです。

 そのエピソードを、いつか「いつの日か。」に取り入れるつもりです(笑)


 ハロウィンなんですけど、それよりも「出会った記念日」として、母は毎年大事にしていました。


「パパなんか、結婚記念日も何も祝ってくれたことない!」とプリプリ怒りながら、手作りケーキを作ってくれていました。ものすごく美味しかったんですよ。ママは、小田にはないものだらけを持っていて。本当に多才で、優しくてあったかくて。尊敬するママでした。思えば、ルイナみたいなひとだったかもしれません。


 でも、パパも「記念日」を忘れていたのではなかったことが、ママの告別式で分かりました。「〇年前の十月三十日に、ママと出会いました」と。泣きながらスピーチしていました。


日にちが一日ズレていたのは、たぶん、誤差でしょう(笑)


 ママがずっと、ハロウィンだって言っていたので、小田はハロウィンを今でも「出会いの日」として、お祝いしようと思っています。


 さて。


 第二章が出発するのは、そう遅くないと思います。しばらくの間、お休みしますが、また、ルイナたちに出会えることを待っていていただければ、と^^


 此処まで、お付き合いくださりありがとうございました。次なる話でも、お逢いできましたら幸いです。  2017.10.31


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― 新着の感想 ―
[良い点] 命がけのバトルが多く描かれているのに、憎しみに囚われる事無く、常に戦う相手の事を気遣う絆に全編が貫かれている…… 本当に美しい物語ですね。 魔王状態のクレーさんでさえ、暴走し、自分自身を信…
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