魔王戦、終結
プラチナの短剣が赤く染まった。
魔王クレーと魔女ルイナの対決、遂に完結!!
「……ルイナさん」
「セルシ」
「……えっ?」
セルシが振り返ると、そこには岩肌に身を委ねていたレーゼが立ち上がっていた。
「立って……!?」
「出血も、止まったよ」
セルシが歩み寄り、レーゼの腹部を確かめると、確かに大きく切り裂かれた腹部の傷が、塞がっていた。切り口は残っているが、血はもう流れていない。
それだけではなかった。レーゼを死へと導いていた「死の刻印」さえも、消えていた。
「助かった……助かったんですね! レーゼさん!」
セルシは、少年の姿のままで微笑むレーゼを、ゆっくりと抱き寄せた。
「はい。ただ……」
「ただ?」
「……姉さんと、クレー。リズラルドはどうなったのでしょうか」
「……」
セルシは、高い位置にあるこの洞窟から、世界を見渡すかのような仕草で外を見た。「神」であったセルシには、見通せているのかもしれない。今、世界で何が起きているのかを。
レーゼの顔には、不安が浮かんでいた。この身体の異変は、明らかに「姉」か「兄」に何かがあったと考えるのが、定石だったからである。
「サレンディーズは、希望です」
「……セルシ?」
「僕には、信じることしか出来ません」
「セルシ……私は、今なら魔術も使えます。構成も思い出せたし、魔力の使い方も、思い出せている。あとは、実践するのみ」
「……魔王戦に、参戦するのですか?」
どこか、悲しそうに紅の瞳を陰らせるセルシは、レーゼの決断を心配していた。おそらくは、今のレーゼの言葉に嘘はなく、確かに魔術を取り戻しているはずである。ただし、失血した血まで、今のレーゼの身体に戻っているのか。同じく「魔術」といっても、魔王となったクレーの扱う「魔術」に、対応できるほどの質なのか。そこを考えなければならないと判断した。
それを見越して、レーゼはかぶりを振った。そして、ゆっくりと頷き、不安そうなセルシの細い身体にやさしく抱き着いた。
「セルシ。ここで待つと、約束しているから…………私は、地上には下りないよ」
レーゼは自分よりも幾分も背丈の高いセルシの顔を見るため、三十度ほど顔を上げる。そこでは、人間離れした美しい顔立ちが、実に不安そうにしている。
「私の力量では、姉さんとリズラルドの足手まといになってしまう。私にできることも、やっぱり信じることだけなんでしょうね」
「信じるということは、誰にでも出来ることではありません」
「えっ?」
セルシは、華奢なレーゼの身体を強く抱き寄せ、瞳の先に魔王の姿を思い出しながら、言葉を続けた。
「魔王は……クレーは、信じることができなかったんでしょう。家族のことも、世界のことも、自分自身のことも」
「……過去形で話すことではないよ」
レーゼは、瞳を閉じた。
「クレーにだって、未来はある」
「強いんですね。人間は……」
セルシは、レーゼの想像を遥かに上回るほど、この世界に生きてきた存在だった。それほどの道のりを経ても、この小さな少年の命のほうが、「未来」を築き、「信じる」という希望を強く抱き、実行しているということを実感した。そして同時に、この世界に「可能性」を再び見出したのだった。
※
「クレー!!」
魔女の悲鳴にも似た叫びが地上に響いた。「プラチナの短剣」は、魔王自身の胸を貫いていた。それと同時に、魔王は足元から崩れ落ち、その場で意識を失った。
「しっかりしなさい! こんな傷で、アンタが死ぬはずないでしょう!? アンタは、魔王にもなり得たイレギュラーなんだから……強いのよ、誰よりも!」
「…………」
「聞こえているでしょう!? アンタは、こんなところで死んじゃダメよ! アンタが奪った命の償いだって、終わっていない。こんな形で、終えられるとでも思っているの!?」
「…………」
「…………勝手よ、ほんっとうに、ふざけたバカ弟よ! アンタは!!」
魔女は、黄金の瞳を最大限に光らせた。傷の修復を試みて、全精力を傷口に向けて注いだ。しかし、どうしても傷口がふさがることはない。
「何で…………何でよ!!」
絶叫する。魔王の顔色は、失血のために次第に青ざめていく。魔女は、敢えて心音を確かめようとはしなかった。場所的に、的確に急所を貫いている可能性が高かったし、クレーが敢えて外したとも思えなかったからだ。
完全に死んだ人間を、蘇らせることは出来ないのかもしれない。そう、魔女の脳裏に最悪のシナリオがよぎった。
「冗談じゃないわ! チビすけ、戻って来て!」
どんな変化が起きたのかは分からないが、魔女も所詮は「人間」である。イレギュラーといっても、たかが知れている。こうなったら、天界からの使者という「天士」に頼るほかないと考えた。
空は、澄み渡っている。憎らしいほど、青々としていた。そこに歪みが生まれると、そこから緑のベールに包まれた、天士の姿が現れた。
「魔女さん! …………!?」
「お願い、クレーを助けて! チビすけ! アンタになら、出来るでしょう!?」
「…………無理や、魔女さん。プラチナの短剣は、絶対や」
「そんなはずない! 絶対なんて、あり得ない!」
「天界の代物や。それで絶命した人間を、どう蘇生しろってぇんや……魔王は、もう」
「魔王じゃない! もう、此処にいるのはクレーという人間よ!」
「…………魔女さん」
魔女は、諦めなかった。もう一度、クレーの胸に両手を重ねて、祈る。黄金に光瞳を閉じて、静寂したこの大地の呼吸を感じ取るかのように、静かに、ただ静かに時間を待つ。
『姉さん』
『ルイナさん』
魔女、ルイナには確かに聞こえた。
自らを信じる、帰りを待ってくれている「声」が。
「帰るわ。あたしは、クレーを連れて……チビすけと、一緒に帰るのよ」
魔女が再び瞳を開けたとき、その瞳はプラチナ色に輝いていた。
※
魔王戦。
ヘルリオットの世界を「闇」へと陥れようとした、悪しき魂。
異なる「属性」を秘めたイレギュラーたちの争い。
自らの考え付いた「未来」の形を、具現化しようとした戦い。
決着の瞬間を見たものは、いない。
十年前の魔王戦も、このたびの魔王戦も、負傷者多数。
生存者の証言は、ほとんど無い。
著 ウェイズ(金の称号)
※
「こんにちはーっと」
「あら、相変わらずもう店じまいってところよ?」
「知ってる、知ってる。だから、来てんの」
「そんなにお金に困ってるのかい?」
「困ってはいない。ただ、かつっかつなの。食べ盛りの男ばっかしだから」
恰幅の良い白いエプロンをまとった店の中年女性は、栗色のパーマがかった短い髪を汗でじんわり濡らしながら、この店の常連客のひとりである、若い女を前に、しまいかけていた商品から、白いシーツを取り払った。ここは、ヘルリオット王都からは遠く離れた、北の大地。北といっても、冬にはセーターを着こめばそれで凌げるほどの寒さしかない、割と温暖な地域のひとつであった。
ダレンス。
魔王戦の影響を、ほとんど受けなかった街のひとつである。
「おや、あんたお若いのに、そんなにも子持ちなのかい? 少子化っていうのに、感心だわねぇ」
「なに言ってんのよ、おばちゃん。あたしは未婚よ! 兄と弟と住んでるの」
「孤児なのかい? お父さんは? お母さんは?」
「死んじゃってる。でも、代わりに兄って存在が出来たから……ま、いいのよ」
決して、不幸という顔は見せなかった。いや、実際この女は自らを「不幸」だとは思っていないのだから、当然といえば、当然である。
気まずそうな店員をよそに、今晩の料理に使えそうな野菜を見定める。安くて量があるものを狙っている。味は、二の次である。味にこだわりはないが、そこに重点を置くと女は好き嫌いが激しかった為、時間がかかると自ら気づいたのだ。
「えっと、そこのカボチャ! ね、虫くってない? もっと安くしてよ」
「はいはい。このカボチャは、明日はもう出さないつもりだったからね。相変わらず目がいいねぇ」
「目利きできるって、ひとに自慢していい?」
どうでもいいと思っていることをけろっと言ってのけ、他にも値打ちなものがないかと、品定めする。
「おや?」
「なに? おばちゃん。あとはどれ、安くしてくれるの?」
「お嬢さん、黒髪だけじゃなくて、目まで黒かったんだねぇ」
「えぇ、そうよ? 兄とひとり以外は、黒髪黒目なの。わかりやすいでしょ?」
「なにが?」
今度は店員が問いかける。女は、猫っぽい黒目を輝かせて、癖のある外ハネの毛を手でもてあそびながら、言葉をつづける。
「そっか。こんな世界もあるのね」
どこか機嫌のよさそうな女は、カボチャとニンジンを数本、あとは適当に選び、会計を済ませる。
「お嬢ちゃん。あんたの家族って、どんなひとたちなんだい?」
「ふふん」
背を向け、一歩踏み出したところで振り返り、女は言葉を発した。
魔女と魔王と魔術士と……。
こんばんは、はじめまして。トリックオアトリート! というわけで、小田虹里。参上しました。
「魔女と魔王と魔術士と。」第一章、幕を閉じました。「第一章」ではなく、まずは「完結」にしようかとも思ったのですが、タイトルを変えたくなかったのです。COMRADEシリーズみたいに、いけばいいのかもしれないんですけど、時間軸がずれることもないので。あぁ、でも、完結させようかなぁ。まだ、悩んでいます。
魔女ルイナが、非常に個性の強い作品だったと思います。ルイナ、大好きです。サレンディーズは「希望」だと、セルシは言いますが、その「希望」の象徴でもあると思います。
第二章からは、これから一年後。もしくは、二、三年後。今度はルイナ以外に焦点を当てようかと思っていますが、結局はルイナにもっていかれそうです。
第一章の、最後が暈し暈しですが、誰のことを言っているかは、きっと此処まで読んでくださった方なら、分かっていただけると信じております。明記するより、あれくらいで終わった方が、いいかなって。
さて。
何年も昔の十月三十一日。
小田の両親は、出会いました。
福岡の父と、愛知の母が、たまたまそれぞれの旅行先であった、鎌倉の駅で出会い、父が一目惚れしたのです。
そのエピソードを、いつか「いつの日か。」に取り入れるつもりです(笑)
ハロウィンなんですけど、それよりも「出会った記念日」として、母は毎年大事にしていました。
「パパなんか、結婚記念日も何も祝ってくれたことない!」とプリプリ怒りながら、手作りケーキを作ってくれていました。ものすごく美味しかったんですよ。ママは、小田にはないものだらけを持っていて。本当に多才で、優しくてあったかくて。尊敬するママでした。思えば、ルイナみたいなひとだったかもしれません。
でも、パパも「記念日」を忘れていたのではなかったことが、ママの告別式で分かりました。「〇年前の十月三十日に、ママと出会いました」と。泣きながらスピーチしていました。
日にちが一日ズレていたのは、たぶん、誤差でしょう(笑)
ママがずっと、ハロウィンだって言っていたので、小田はハロウィンを今でも「出会いの日」として、お祝いしようと思っています。
さて。
第二章が出発するのは、そう遅くないと思います。しばらくの間、お休みしますが、また、ルイナたちに出会えることを待っていていただければ、と^^
此処まで、お付き合いくださりありがとうございました。次なる話でも、お逢いできましたら幸いです。 2017.10.31




