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魔女と魔王と魔術士と。  作者: 小田虹里
第1章:魔女の章
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魔女をなめんな

遂にヘルリオット王都まで迫った魔王。

それを食い止める為に立ちはだかるのは、魔女と天士。

魔術が使えない状態の魔女は、サレンディースの血族としての覚悟を見せ……?

「はぁーっ!」


 空から突如として現れた魔女の手には、銀の短剣が握られていた。朱色の紐が柄に巻き付いていることから、ヘルリオットのものであることがうかがえた。しかし、魔女は「魔術の統制」を受けた経歴はない。

 不思議なことは、それだけではない。魔女は、「魔術」で戦おうとしないのである。

 上から振り下ろされた短剣を、魔王は空中で葉のようにひらりとかわすと、魔女に向けて笑みを浮かべ余裕の表情を見せる。


「キミには飛ぶほどの能力はない。天士がサポートしているんだね?」

「関係ない!」


 魔女の背中に、翼が生えているかのように、魔女は空中で風に乗り、自由に動き回っていた。一方、「天士」と呼ばれた緑の髪の青年は、動きを見せない。

今は、突如として現れた一筋の光……空間の歪みとでも呼べるだろうか。それは消えていた。


「そんなおもちゃで、僕を倒せるとでも思っているとしたら、大きな間違いだ」


 魔女に向かって、集中砲火が放たれた。赤々と轟く炎は、容赦なく魔女の身体にまとわりつく。魔女は黒のぴっちりとしたタンクトップに、黒のジーンズを穿いていたが、焼け焦げ、皮膚の一部もただれてしまっていた。


「魔女さん、負けんな!」

「わーってるわよ!」


 天士のその声と同時に、炎は瞬時に消え去った。同時に、たった今、焼かれていた魔女の身体の火傷も、綺麗に治癒されていた。


(天士……伝説の存在ではなかった?)


 ウェイズは、空中から降りてはこない役者たちを見上げながら、自身に出来ることを考えていた。地上から援護射撃をするべきか、それとも、街中まで走り、逃げ遅れている市民の誘導にまわるべきか。


「無能武官!」


 魔女は注意を魔王に向けながらも、ウェイズに怒声を浴びせた。


「ここを突破されたら、ヘルリオットの結界は崩壊する!」

「指示をしてください」


 ウェイズは、自らよりも能力が高く、賢い魔女に正しき判断を仰いだ。しかし、魔女は声を発しない。その理由を、ウェイズは理解した。

 言えるはずがなかったのだ。魔女には、秘策があるのかもしれないが、それを今、声に出せば魔王に知られることになる。魔女は、魔王を出し抜こうとしている可能性もあった。

 ウェイズは、何も言わずに「レイリーシェル」の中心部へ向かって走りはじめた。知っていたからだ。そこには「塔」があり、そこから結界を紡ぐ魔力が集結しているということを。

 武官であった魔王クレーも、当然ながら知っているはず。それでも、真っ先にそこを狙わなかったことには、何か理由があるはずだった。

 単に、じわじわと街のすべてを破壊するためかもしれない。今の破壊魔となっている「魔王」の考えるところなど、人知外のことではあった。


「魔術を放ってこないね? まだ、身体が癒えてはいないんじゃないのかな?」


 魔王は魔女に背を向けると、急降下してウェイズの後を追うように、地上を駆けだした。地面を蹴ると、それだけで爆発が起こる。


「待ちなさい! あんたの相手は、あたしたちよ!」


 見えない翼を消すと、魔女はそのまま地上に落下した。屈伸運動を使って着地すると、すぐさま魔王を止めるために駆け出す。天士だけは、高度を低くするだけで、相変わらず空を飛んでいる。そのまま、魔女を飛び越し魔王まで一気に間合いを詰めた。


「贖罪を!」

「馬鹿げているね」


 天士の短い詠唱は、透き通る声で空気を振動させるというよりは、脳内に直接響いているような感覚だ。どこまでの距離を、この声は支配するのだろうかとウェイズは考えた。そもそも、天士の容姿はどう見ても「人間」ではない。ただの魔術士の想像など、軽く凌駕する世界にいるのだろう。

 天士の魔術によって、魔王の足にどこからともなく現れた植物のツタが巻き付く。一瞬動きが止まったところで魔女が追いつき、魔女は低姿勢から魔王の腹部を狙って短剣を突き出した。その切っ先は、わずかにだが魔王の身体をとらえた。黒の布が切れ、そこからうっすらと血がにじむ。しかし、やはりかすり傷だ。それでも、これまで無傷で来た最強の魔王に与えた確かな一撃。「無敵」ではないということの証明になると考えられる。


「とらえたわよ」

「かすり傷でそこまで嬉しい?」


 魔王の言葉に、焦りはなかった。むしろ、この程度で光を見出そうとする人間を、憐れんでいるかのような眼差しで、魔女を見下した。その腹部にはもう、血は見えない。一瞬で癒してしまったようだ。

 激しく突風が吹き荒れる。その風は、自然に起きたものではないということはすぐに知れた。魔女の動きを補佐するように、魔女が一歩後退し、そこから魔王へと間合いを詰める際に追い風となっていた。ただでさえ素早い魔女の出足だが、天士の仕業であると考えられる。


「レーゼの受けた苦しみを、あんたは償うべきよ!」

「せや! 先生の仇!」

「……馬鹿々々しい」


 魔女が再び短剣を突き出したところを見計らって、魔王は右へ飛び退くと、容赦なく魔術の構成を展開させた。魔女はそれを見て、唇を噛みしめると、天士に向けて合図を送る。何をしようとしているのかは、分からない。

 魔王は、飄々としていた。今となっては、レーゼだけの仇ではすまない。魔王クレーは、あまりにも罪を犯しすぎていた。

 魔王が展開した構成は、大きく大地を揺れ動かした。足場が悪くなった魔女は、態勢を崩して膝をつく。それをすぐさま、天士がカバーにまわる。


「魔女さん!」


 大地の揺れを無効化させるには、再び飛べばいい。大地から地を浮かせることで、揺れを関係ないものとすることが出来た。しかしそれによって、魔王クレーは魔女の欠点を確固たるものとした。


「魔術が使えない魔女とは、笑い種だな」

「あたしは魔術士である前に、人間よ! そして、あたしはサレンディーズの血を引くもの!」

「血統にこだわったところで、いいことなんてないよ」


 晴天だった。雲一つない、昼下がり。しかし、一瞬にして黒々とした雲がこの地に覆いかぶさった。まるで、この世の終わりを告げているかのように、音もなく密集してきた。よく発達した積乱雲だ。


「こんな世界の、何が面白い?」


 魔王の問いには、悲壮めいたものがあった。魔王がなぜ、「魔王」に覚醒したのか……いや、「魔王」という「闇」に堕ちたのか。その所以が、そこにはあると魔女は感じた。

 イレギュラーには、意味がある。何故、イレギュラーとなったのか。意味もなく、人間の力を超える必要性はない。その属性が「闇」であろうと「光」であろうと、意味がない摂理などは存在しえない。


「世界が面白いかどうかなんて、関係ない!」


 魔女は凛とした声で、応対する。自らの力を超えたイレギュラー「魔王」を前にしても、臆することはない。それは、背後に天士なるものがついているからではなかった。魔女の「性格」と言ってしまえばそれまでだが、魔女がまた、「イレギュラー」という存在として、これまで生きてきた過去があることは、関係しているだろう。


「つまらないものにしてるのは、あんた自身よ! 万物には可能性がある……命がある限り、可能性は潰えない!」

「だったら、僕からヘルリオットを守って見せてよ。レーゼも元魔王も、壊れてしまったじゃないか。魔女。キミは万能じゃない」

「万能じゃないからこそ、可能性があるって言ってんのよ! この…………愚か者!」


 そのとき、魔女の身体から激しい風が巻き起こった。その風は、上昇気流を作り上げると、積乱雲を取っ払うほどの勢いをもって昇っていく。その風は熱を帯びていたのだろう。雲を温めると大粒の雨へと変え、土砂降りとなる。

 天士、魔女、そして魔王は、同じようにその雨を受ける。すべての穢れを洗い流していくかのように、天から雨は降り注ぎ続けた。

 この地方は、雨が少ない地域である。それゆえに、黄塵が吹き荒れていたのだが、魔王と魔女の力によって、これまでにない歴史をつくる。


「魔女さん……今の」

「……展開図がなかった」


 魔王は、怪訝な顔をしていた。そして、我知れず疑問を口に出していた。それだけ、ありえないことを、魔女はやってのけていた。


「天士、お前の仕業かい?」


 魔女の後方で構えている天士は、まっすぐに魔王を見据えていた。そして、口元にふわりと笑みを浮かべる。


「俺の力やない。これは、魔女さんの奇跡や!」

「魔女を……」


 瞳を閉じ、静かに目を開ける。


「魔女をなめんな」


 その魔女の瞳は、黄金色に輝いていた。



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